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1・そして始まる私の人生

 この国唯一の王女として生まれた私だが、残念ながらその生活はひどく惨めなものだった。

 女王であった母は私を産んですぐ儚くなり、唯一の正統後継者である私は乳飲み子。だから王配であった父が一時的に、国王代理として国の頂点に立つことは順当な流れだった。


 古来より女王による統治が定められているこの国だが、その判断は過去に例のあること。その決定に反対する者はいなかった。

 しかし残念なことに、母が健在の頃は知られていなかった父の本性を、清く正しい補佐官たちは知らなかった。それが後々に大問題を引き起こす。


 母は統治者として非常に優秀だったらしい。だから野心の強い父も大人しく母に従い、王配としてその辣腕を奮っていた。

 だからその理想の王がいなくなった時、父の野心が蘇ってしまったのは致し方ないことだと、今は思っている。


 男が国王になったことが歴史上に数回だけある。それは正統なる王家の血筋たる王女が、あまりに政治が出来なかった時だけの、本当に極稀な特例処置。

 つまり父が真に国王となるには、次期女王の私が聡明ではいけなかった。だから父は私のことを、無能な王女に仕立て上げることにした。


 実の父である国王代理に邪険にされ続けた、その結果。

 貴族どころか使用人にも見下され、生きる上で本当にぎりぎりの最低限な世話しかされない、劣悪な環境が出来上がった。

 立場も体も何もかも、全てがとてつもなく弱い、無能でかわいそうな王女。そう、この私のことである。


「いやぁ、これはひどい。うん、ひどいなぁ」


 朧気な幼少時の記憶にあった、清掃の行き届いていない、暗くて狭い小部屋。記憶以上にひどい室内のベッドの上で、私はあっけらかんと呟く。

 最期の女王として、城壁から落ちて死んだはずの私。享年十八歳。そんな私はなぜか今、幼少の時分に巻き戻っていた。




 父は政治の才には非常に優れていたが、人身掌握の手腕は非常に残念であった。言ってしまうと、王としては生真面目すぎる人種であり、融通がきかない石頭だったのだ。

 自分の利だけがとても大事な性悪貴族どもは、父の執政にかなりの不満を抱えていた。そしてそれが爆発したのが、私が十四歳の時。


 清濁併せ呑むことが出来なかった父は、呆気なく国王代理から引きずりおろされ即処刑。そしてすぐに、正当なる王家の後継者として私が王位に就いた。

 とはいっても、生まれた時から世話どころか教育も放棄されていた少女だ、政治が分かるはずもなく。性悪貴族どもは私を傀儡女王として、好き勝手に国を荒らし(おさめ)始めた。


 その結果、私が十八歳の時に民衆と一部の貴族が蜂起して革命が勃発。そしてお飾りだったとはいえ女王だった私は、辱めを受ける前に城壁から投身して自害した。

 天国にいけるとは思っていなかったが、まさか幼少時に戻るとは予想外すぎる。


「夢、にしては鮮明すぎるな。ろくに世話をされていない体に、喉にくるこの埃っぽさ……十歳くらいの頃だろうか」


 父の政治に耐えられなくなってきた性悪貴族どもは、邪険にされていた無能王女に目を付ける。それと同時に生活環境は改善されるのだが、それは十二歳の出来事だった。

 手と体を見下ろす。栄養不足で発育がすこぶる悪いが、さすがに幼児ではないだろう。そう思いたい。


「ふむ……それで今は……朝、だよな?」


 ベッドから降りて重い体を引きずるように歩き、ぶ厚いカーテンを開ければ、どんよりと曇った空が出迎えてくれた。うん、時間がまったく分からん。

 この部屋に時計はない。家具らしい家具は、ベッドとサイドチェスト、机と椅子くらいしかないのだ。

 サイドチェストの上に使用人を呼ぶベルはあったが、当然鳴らす気にはなれない。鳴らしたところで誰も来ないか、かなり遅れて使用人が来たとしても、嫌味を言われながら雑に世話されるだけだ。


 きゅう、とおなかが鳴いた。たぶん今は朝だろう、うん、そうに違いない。

 しかし困った。記憶通りなら食事も、水のように薄いスープと、そのままかじったら歯が折れるような、カチカチ黒パンだけ。それも日に一回、いつ運ばれてくるか分からない。

 懐かしい。あの頃は体も心も正常ではなくて、そんな生活が当たり前だと思っていた。あそこからよく回復したものだな、私。


 そういえば、性悪貴族どもに派遣されたメイドが、初めて私を見た時。

 彼女は私の亡霊のような姿に恐怖して、悲鳴を上げて大泣きしたことを思い出す。その後こっそりと医師が連れてこられて、栄養失調で危ない状態だったと言われたのだ。

 私を一目見た医師は目を見開いて呆然としていた。そしてぽつりと。


「これは、どういうこと……?」


 そうそう、掠れた声でこんな風に呟いて……ん?


「なんで、こんな……!」


 聞こえるはずのない他者の声。振り返ると知らない女性が呆然と立っていて。


 真っ黒で飾りのない、シンプルなドレスを纏った女性だ。それも、この世のものとは思えない、名状しがたい美しいかんばせを持った美女。

 顔もさることながら、プロポーションもまた、とんでもない。男の劣情を煽るだけでなく、同性の私でも赤面してしまいそうなほど、扇情的だ。

 露出が多いドレスではないのだが、体のラインを強調するデザインが逆に、彼女の妖艶さに拍車をかけている。


 え、誰? どうやってこの部屋に入ってきた?

 鍵はかかっていないから問題ないとして、ドアが開いた音はしなかったと思うのだが。

 驚いて彼女を凝視していると、室内をさまよっていた視線が、私でぴたりと止まった。そしてぐしゃりと、彼女の顔が歪む。

 その今にも泣きそうな表情は、あの時医師が見せた、悔恨のそれと全く同じだった。


「あなた、どうして……」


 彼女が震える声で私に話しかけてくる。その声があまりにも哀れに思えて、だから何か声をかけなければと口を開くも。


 ぐぅー、きゅるるぅ……。


 なんとも間の抜けた鳴き声が、室内に轟いた。私の腹から。


「あー、すまない。腹が減っていて……。申し訳ないが、何か食料を持っていたら、少し分けてもらえないだろうか」


 初対面の相手にとんでもなく不躾なことを言っている。自覚はあるが腹に背はかえられず、気まずさを隠すようにへらり笑って彼女に打診する。

 女性は先ほどとは違う意味で目を丸くしたあと、思わずといった様子で頭を抱えたのだった。

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