序・そして終わる私の命
いつからだろう、城壁の上から王都を一望することが好きになったのは。
誰からも愛されず、見向きもされず、孤独の中で生きるしかなかった人生。
むなしい人生だったのかもしれない。だけど今、心はこんなにも穏やかだから、きっと良くはないが悪くもなかったのだと思いたい。
いつだって人で溢れ返っていた石畳の大通りも、活気に満ち溢れていた中央広場も、革命軍が通り去った今は恐怖と不安でひっそりと静まりかえっている。
ここから確認できる範囲では全てが綺麗なまま、特に被害は見受けられない。革命軍が無辜の民を襲った様子もなく、なにより悲鳴も泣き声も聞こえてこない。
良かった。民に被害が出ないかだけが心配だったのだ。
城壁の内側、城の方からは怒号と断末魔が絶えず聞こえてくる。城下の静寂とは正反対の騒々しさに、私は苦笑を浮かべる。
ずいぶんと抵抗しているなぁ。大人しくこれは自業自得なのだと受け入れれば楽なのに。
まあ、未だに城に残っていた者は傀儡の女王を利用し、民に圧政を強いて革命を決意させた、救いようのない愚者だけ。同情はしない。
本当ならば革命軍に無血開城をしてあげたかったが、こればかりはどうにもならないと諦めた。
そう、愚者どもは何を言っても、この城から出て行こうとしなかったのだから、仕方がない。私は一応、逃げるように忠告した。だが私の言葉に耳を貸さず、なんとしてもここに残ると選択したのは彼らだ。
何の罪もない使用人や、国に純粋な忠誠を誓っていた貴族たちは、適当な理由を付けて城から追放した。彼らは横暴な王と上位貴族を恨んで、革命軍に与したと報告を受けている。
なので、今城に残っているのは私を含め、民を苦しめ国を腐敗させた罪人ばかり。それも革命軍に殺されて当然な、重罪人ばかりだ。
今頃、愚者らは私に全ての罪をなすりつけて、必死に命乞いをしているに違いない。しかし屑の命乞いに価値などあるわけもなく、容赦なく殺されているはずだ。
いい気味だ。民を苦しめて自分たちだけ甘い汁をすすっていた罰なのだ。甘んじて受け入れるといい。
そして、そんな彼らを止めることが出来ず、ただただ民が苦しむさまを見ていただけの私も、もちろん同罪だ。無力なお飾りの王でも、私は彼らの、民の、国の、それらの頂点に立っていた責任者なのだから。
高所である城壁の上に吹く風は強い。私は乱れる髪をそのままに空を見上げる。
今日は快晴。抜けるような青空がまぶしくて、視界が滲んだ。
「……ごめんなさい」
口からこぼれたのは、謝罪の言葉。ずっと口にすることが許されなかった、一言。
誰からも愛されなかった私。誰からも見向きもされなかった私。
そんな私を唯一見てくださった、気にかけてくださった方が、たった一人だけいた。
私のことを見てくださったから殺されてしまった、名前だけしか知らない、騎士団長さま。
「ごめんなさい」
私のせいで、あなたさまを不幸にしてしまって。
私の幸せを願ってくれたであろうに、こんな結末になってしまって。
「ほんとうに、ごめんなさい」
謝って済むような問題ではない。謝っても届かないし、赦されもしない。
分かっているけれど、謝らずにはいられない。
「ごめんなさい」
目を閉じると涙が一粒、頬を流れた。涙の跡はすぐに風によって冷たくなる。
怒号と悲鳴に混じって、階段の方から荒々しい足音が近付いてくるのが聞こえた。
ああ、そろそろ逝かなくては。
この首を差し出してあげようとも考えたが、最期くらい、好きに死のうと思う。
目を閉じたまま、足を一歩、前へと踏み出す。障害物など何もない、足を留める場所もない。その先にある死へとむかって、たった一歩。
体がぐらりと傾いて、するりと私は宙へ投げ出された。とても高い城壁の上から、遠く離れた地面へと、ものすごい速さで落ちていく。
「……ごめんなさい、団長さま」
あなたさまを不幸にした私だけれど、叶うなら。
「あなたさまに一度、お会いしてみたかった」
最期にひとつだけ、初めて身勝手な我が儘を願った私は、やがて強い力で地面へと叩きつけられ。
「 」
一瞬で失われていく意識の片隅で、誰かが、私の名を、呼んだような、気がした。