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最終話⑩

公爵家であり王族の婚約者となるアンジェリカが王宮にいるのは、不思議な事ではない。

寧ろ、不思議に思われるのはソフィーの方だった。

彼女には王宮へ出入りできるような権限はない。

そして元々、秘密裏に招待していたのだろう。

ルーカスが招いたことも、聞かされていないようだった。

アンジェリカは真っ先にソフィーを見て、顔を強張らせる。


「ソフィーさん……! 何故、貴方が此処に!」


一歩、足が踏み出される。

激しい剣幕を受けて、ソフィーは動揺するしかなかった。

どう説明するべきか。

ルーカスの呼び出されたと言えば済む話ではある。

だがそれを話すと、余計に話がこじれそうな気がした。


「それは……」

「私がお誘いしたのですよ。展覧会開催には王家も少なからず関与しています。これはその、顔合わせですね」


するとスヴェンが、柔らかな笑みを浮かべながら口を挟んだ。

勿論、そんな事実は一つもない。

まさかルーカス達を庇っているのか。

思わずソフィーがハッとして視線を上げると、アンジェリカもようやく彼の存在に気付いたのか息を呑む。


「ヴァンデライト!?」

「お久しぶりです、アンジェリカ様。こうしてお話しするのは、学院の時以来でしょうか」

「幾ら貴方であってもこのような狼藉、許されると思っているの!? 同じ轍を踏むという言葉も知らないのかしら!?」

「私は馬車馬のように働く身。轍があるからこそ、馬車は走り出すものです」

「私のせいだとでも言うつもり!?」

「それは考え過ぎです。貴方は実に模範的な(・・・・)ご令嬢なのですから」

「く……! 王家は一体、何を考えて……!」

「そしてこれは、殿下も了承なさった上でのことです。ですよね、殿下?」


そうして彼はルーカスに同意を求める。

今一番、この状況に焦るべきなのは殿下なのだ。

婚約者以外の女性を王宮に誘った事実は、どう歪曲されても不思議ではない。

だがルーカスは顔色一つ変えなかった。

焦りすら感じていないのか、指し示されたままに小さく答える。


「そうだな」

「ルーカス様! 何故ですの!?」

「お前の真意を問うためだ」

「な、何を仰って……」


そうして再びアンジェリカの目はソフィーを捉えた。

今の状況に慌てることしか出来ない、一人の少女を見る。

すると何か得心が行ったのだろうか。


「そう……そういう事だったのね」

「え?」

「全て、貴方の計算通りという訳?」


動揺のまま聞き返すと、彼女は僅かに口元を歪めていた。


騎士ナイトに守られて、お姫様気分? それとも、見せつけているつもりなのかしら?」

「あ、アンジェリカさん……」

「王家から認められなかった貴方が、何故この王宮に我が物顔でいられるのか。その浅はかさの行方を教えて頂きたいところですわね」


その視線は明らかな侮蔑が込められていた。

場違いな事に気付いていない愚か者。

恥を知れと言いたいようだった。

だが、何故だろうか。

ソフィーはその様子に覚えがあった。

かつて学院の頃に非難された時と同じ既視感を覚える。

あの時は他の事を考える余裕などなかったが、今だからこそ分かる。

アンジェリカは、何処か無理をしていると。

今までの発言を聞いていたスヴェンが今にも口を開きそうだったので、ソフィーはもう一度向き直った。

逸らしかけていた視線を真っすぐに、両手を握り締める。


「この度の無礼は謝罪します。ですが私も、家名を背負う立場として一歩でも進まなくてはならないと気付いたのです。貴方が忠告してくれたように」

「……」

「アンジェリカさん、教えて下さい。学院時代、貴方が私をどう思っていたのか。確かに当時の私は、人との関わりを恐れる情けない身でした。煙たがるのも当然だと思います。ですが今になって思い出したんです。あの時のアンジェリカさんの、不安げな様子を」


思い出すのは、侮蔑以外に滲み出た僅かな焦り。

今も変わっていない。

貴族としての正当な理由以外に、何か別の訳があるように思えた。

きっとそれこそが、ルーカスが抱いていた違和感だ。

だが何かを言うよりも先に、アンジェリカは視線を逸らす。


「……失礼いたしますわ」

「待って下さい……!」


背を向けようとする姿をソフィーが呼び止める。

奥手な彼女にしては、大きめの声だった。

踵を返していた足が止まり、様子を窺っていたスヴェンも驚く。


「ソフィー、お前……」

「見ての通りです。緊張のし過ぎで、手は震えてばかり。でも、知りたいんです……貴方の事を……」


自分の言葉に縋り付くように、ソフィーは声を振り絞った。

ルーカスに頼まれたからではない。

過去と決着をつけるためだ。

あの頃と同じく、閉じこもっているばかりではいけない。

アンジェリカの真意を知らなければ、いつまでも引き摺ったままだと彼女は気付いていた。

背負っても良い、捨ててしまっても良い。

ただ、そのどちらかは選びたい。

震える手に力を込めて、ソフィーは公爵令嬢の返答を待った。


「図に乗るのも大概にする事ね」


暫くして、堪えるような声が聞こえてくる。

背を向けたまま、向き直ろうとはしなかった。


「貴方のような掃けば飛ぶ子を、私が本気で憎悪するとでも思ったのかしら? それこそ自惚れだわ。あの頃も深窓の令嬢を気取っていたようだけど、私は貴方など欠片ほども認めていないのよ」


アンジェリカはそう言ったが、感情論の域を出ない。

何故、ソフィーを目の敵にするのか。

それに答えることはない。


「刺繍の良し悪し如きで貴族としての名誉など得られない。所詮はただの遊びという事を、身を以て教えてあげるわ。そして金輪際、私とルーカス様の前に姿を現さないで頂戴」


一方的に話し終えた後、今度こそアンジェリカは応接間を去っていった。

元より話し合うつもりなどなく、分かってもらいたくもないようだ。

今の言葉からも、そんな様子が伝わってきた。

彼女の姿が消え、足から崩れ落ちそうになるのを耐えていると、案じたスヴェンが近寄って来た。


「大丈夫か?」

「は、はい……すみません……」

「ったく、いきなり無茶し過ぎだろ。でも、良くやったよ」


彼は申し訳なさそうにする。

もしかすると、口を挟めなかった事を後悔しているのだろうか。

しかしこれは自分が勝手に始めたものだ。

そう言ってくれるだけでも、ソフィーは温かな気持ちになる。

するとスヴェンは、逆に今まで全く動かなかった者を視界に収めた。


「終わったか」

「……殿下」

「どうした」

「何故、二人を止めなかったのですか」

「それはお前も同じだろう、スヴェン」

「私は彼女の意志を尊重しただけです」

「ならば私も同じ事だ」

「尊重と、放任は違います」

「……」

「ご自身の婚約者について、何か分かりましたか」

「さてな」


殆ど口を出さなかったルーカスは、結局求めていた答えを見つけられなかったのか。

無表情であるために、何処か冷めた様子にすら感じられた。

或いは何も感じていないのか。

ようやく彼は椅子から重い腰を上げて、二人を見た。


「この場は締める。ソフィー・リーヴロ、展示品を楽しみにしておこう。開会までは近くの宿を使え。スヴェン、お前が決闘時に使った国賓用施設だ。案内してやれ。話は通している」


まるで今までの事などなかったように指示する。

思わずソフィーは殿下を見上げた。

彼が何のために自分達を呼び出したのか。

婚約者であるアンジェリカに対して、どう思っているのか。

そもそも何を考えているのか、本当に分からなかった。







「ッ! このッ……!」

「お、お嬢様!?」

「お願い! 今は一人にして頂戴!」


数刻後。

クライトネス家の別荘に戻っていたアンジェリカは、提げていたバッグを自室のベッドに投げ付けた。

動揺する従者にも下がらせ、苛立つ感情をそのままに肩で息を繰り返す。

公爵令嬢たるもの、常に気品ある態度を示してこそ下々は付き従う。

それでも彼女の脳裏には、王宮で出会ったソフィーとの会話ばかりが駆け巡っていた。


「ふざけないで……! 貴方はそうやって……いつも、いつも……!」


一歩でも前に進むとソフィーは言った。

だがそんな事などさせない。

彼女の刺繍など、他からすれば些細なものだ。

その程度で今までの汚名が拭えると思うなら、大きな間違いだ。

しかしそんな些細なものでも此処で許してしまえば、自分が築き上げてきたモノが崩れ落ちてしまうかもしれない。

あんな取るに足らない女如きに、奪われてしまうかもしれない。

断じて、そんな事は許さない。

アンジェリカは嫉妬に近い視線を上げる。

目の前には燃えるような赤髪と同じ、深紅のドレスが飾られていた。

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