最終話⑦
展覧会で申請を行った翌日、ソフィーはリーヴロ家の屋敷に舞い戻っていた。
スヴェンも結局、王家からの承認はまだらしく、同じように戻るしかなかったようだ。
以前から利用しているリーヴロ領の宿泊施設を借りる形で、延長の依頼を出したらしい。
ソフィーの両親的には、屋敷の一室を使っても構わないと言ったのだが、それは彼が断った。
カトレアを含め、年頃の令嬢に気を遣わせる訳にはいかないとのことだ。
それでもこうして屋敷に訪れているなら、あまり変わらないのではというのがソフィーの感想だった。
遠慮の仕方がズレていると思いつつ、今日も彼女はスヴェンを屋敷に迎え入れる。
彼はソフィーが展覧会に参加すると言った時、最初こそ驚きはしたが、否定することはなかった。
やりたいようにやってみろ、と笑顔で背中を押したのだ。
アンジェリカの件は勿論だが言っていない。
仮に言ってしまえば、彼がまだ学院の時と同じく殴り込みに行きかねない。
騒ぎを起こすなと、ルーカスに牽制されたばかりだ。
折角、参加を受理された手前、胸の内にしまっておくことにしたのである。
「動乱の世代、ですか?」
「俺達の学年が、そう呼ばれているのさ」
するとスヴェンはかつての事を思い出したようで、学院時代の仇名を語る。
ソフィーはその名について全く心当たりがなかったが、どうやら貴族間でも噂される程の名称らしい。
「女王様気取りのクライトネス家、それに追随するバートン家。対してヤンチャしまくった俺に、ソフィーと来たもんだ」
「う……」
「型破りな奴らばかりだったし、加えて第三王子のルーカス殿下も加われば……まぁ、動乱の一言だよな」
「……確かに、そうかもしれませんね」
そこまで聞くと、ソフィーも苦笑いしか出来ない。
成程、動乱の世代と呼ばれても仕方はない。
アンジェリカに問い詰められた時、他の令嬢達が向けていた反応も、きっとそこに起因しているのだろう。
自分がそういう認識だったことを改めて知り、彼女は恥じるしかなかった。
「やっぱり私は、悪い意味で有名だったんですね……?」
「俺ほどじゃねぇから安心しろって。学院始まって以来の暴力沙汰を起こした俺が言うんだから、間違いねぇよ」
「それって結局、ピエールさんが勝手に転んだだけなんですよね……?」
「まぁな」
「まぁなって……スヴェンさんは何も悪くないじゃないですか……」
「あんな仇名、気にするモンでもねぇよ。そういう事を言う奴らは、別の功績を積めば揃って口を閉じるのさ。あのアンジェリカだって、あれ以来俺に近づこうともしねぇし」
対するスヴェンは、あまり気にしていないようだ。
寧ろ厄介な人間と距離を作れて良かったと思っているのかもしれない。
何にせよ、昔の悪評は今の評判で覆せることは彼が証明している。
だからこそ、ソフィーは意気込んだ。
「そ、そうですよね! 汚名返上という言葉もありますし! そのためにも、展覧会に参加するって決めたんですから……!」
「……」
「……? どうかしたんですか?」
「いや、何でもない」
どうにか励ましを得て気力を取り戻す中、スヴェンは神妙な表情をする。
何かあったのだろうか。
展覧会に参加をする意志を固めた時から、彼の様子が少しおかしい気がするとソフィーは勘付いていた。
明確におかしい点が言える訳ではない。
ただ、何となく雰囲気が違うような気がするだけだ。
この感覚に、ソフィーは昨日対面したルーカスを思い出し、そのまま話題に上げる。
「そう言えば、ルーカス殿下はあらゆる才能に秀でた人間国宝と聞いています。最近だと、新たな学術の理論を組み立てたとか」
「らしいな。あれだけの才人は、建国以来見ないレベルだってよ」
「……でもスヴェンさんは、学院の武闘大会で優勝したんですよね?」
「あの時の話か」
学院の頃はあまり覚えていないが思い返す。
スヴェンが優勝した武闘大会には、ルーカスも参加対象だった。
同級生、といっても令息令嬢の括りで纏められていたので、年齢はまちまち。
同じ時期に入学したというだけで、大会の参加にも区分けはされていなかった。
つまりそれは、王族である彼を武術で制したことになる。
人間国宝に勝ったというのは、かなりの事ではないのか。
そう思っていると、彼は言い難そうに答える。
「あれは殿下が棄権したんだよ」
「そ、そうだったんですか?」
「殿下は天性の飽き性でな。俺との戦いには興味があったみたいだが、他の連中と連戦するのが面倒だってことで棄権したのさ。でも……」
「でも……?」
「優勝後に、殿下が俺に勝負を仕掛けてきたんだ。呼び出しを喰らって、これが一番手っ取り早いってな」
「しょ、勝負はどうなったんですか?」
「一応、俺の勝ちだな」
「勝ったんですか!?」
「向こうが勝手に飽きて、負けを認めただけだけどな」
少しだけスヴェンが、当時の事を語る。
人間国宝のルーカスは武術にも長けていた。
当時の剣術は全くの互角。
あれに勝る戦いは、セルバとの決闘を除いて誰もいない程だったらしい。
しかし暫くして、ルーカスは剣を置いて負けを認めた。
理由は単純、飽きただけなのだとか。
スヴェン的には侮辱に近い言葉だったが、元から彼の飽き性は知っていたので、それ以上は何も言わなかったようだ。
「でも、驚いたぜ。そんな殿下が、あのアンジェリカと婚約したんだからな」
「そんなに意外ですか?」
「意外も何も、そもそも人に興味がなさそうだったからな。他の連中だって、最初聞いた時は仰天したモンだったよ」
そう言われて思い返す。
学院の時も、そして昨日も、アンジェリカ同様ルーカスも変わっていなかった。
無表情、無感動。
何を考えているのかも分からない。
人に興味がなさそうと言われれば、確かにそう見えない事もない。
それでも彼はアンジェリカと婚約している。
王家からの意向か、それとも彼女を愛しているが故なのか。
「あの方は、アンジェリカさんを愛しているのでしょうか? それとも……?」
「ん?」
「い、いえ! ただの、はしたない勘繰りです……! 私は、これからの事を考えないと……!」
思わず首を振った。
昨日の出来事をまだ引き摺っているのかもしれない。
そんな事を考えても意味はない。
今は目の前に控えている展覧会のために準備をしなければ。
不思議そうにするスヴェンを前に、彼女は持ち直す。
するとゆっくりと、自室に入って来る者がいた。
「全く……困ったお姉さまです……」
「か、カトレア!?」
「バーバラさんから聞きましたよ。展覧会に参加されるみたいですね?」
「ご、ごめんなさい。折角、あれだけの事をしてもらって……でも、私は……」
「良いんじゃないですか?」
「えっ」
「やってみましょう。出来るところまで。それが今のお姉さまの全力なら、私も応援しますよ」
ジクバール相手に頑張ってくれた手前、とても申し訳なかったが、カトレアは気にしていなかった。
寧ろ、姉が大きな一歩を踏み出したことに安堵しているようだった。
かつてのような、刺繍を横から覗き込んでいた頃を思い浮かべているのか。
やれやれと言った様子で苦笑する。
「お話は聞かせていただきました!」
「ロゼッタ!」
「展覧会に参加なされるのであれば、手配は私にお任せ下さい! 今こそエリーゼの名を世に知らしめる時! 期間はごく僅かですが、全力でサポートいたします!」
「あ、ありがとう……!」
続いてロゼッタも現れ、ソフィーを鼓舞する。
元より街一番の仕立て屋として生業を続ける彼女である。
助力が必要だと思っていた所だ。
率先して申し出てくれたことに、ソフィーは生真面目に感謝する。
そんな中、扉の前でソフィーの両親が微笑ましそうに皆の様子を眺めていた。
「ソフィーがカトレア達と、あんなに明るくなって……」
「私も歳だな……。もう目に涙が溜まって来たよ……」
穏やかに頬へ手を当てる母と、目頭を押さえる父。
両親も一度は挫折した娘の成長を実感したのだろう。
そうして母が近寄り、目を丸くするソフィーに耳打ちする。
「ソフィー。でも、気を付けた方が良いわ」
「お母さま?」
「あの人は、本当に人気らしいから」
「!?」
「婚約するのなら、早めの方が良いわ。私達はいつでも歓迎するからね」
母親から密かな励ましを受け、ソフィーはあわあわと慌て始める。
それはまだ早いのだろう。
彼がそうしたように汚名を取り除く。
そうすればきっと、晴れて自分の気持ちを素直に伝えられる。
今までの自分と決着をつける、それが彼女なりのケジメだった。
ただ唯一、スヴェンだけは複雑そうな表情をしていた。
輪の中心にいながらも素直に喜びきれないような、そんな様子。
ソフィーの父が何かを察して、彼に声を掛けた。
「スヴェン君。何やら浮かない顔だが、体調でも……?」
「いえ、問題はありません。ご心配いただきありがとうございます、リーヴロ卿」
彼は礼儀正しい様を取り戻し、何でもないように振る舞うだけ。
誰にもその思いを告げることはない。
だが脳裏には、昨日会話を交わしたジクバールの言葉が反芻していた。
(下手に動かれる位ならば、自らの手元に置いておきたい。政略としても有り得る選択でしょう)
(問題はソフィー嬢がそれを望むか否か、という点にあるでしょうね)
スヴェンは思う。
彼女が望んでいるのは何か。
かつて失った地位や名声、または新たな居場所。
それを自分は見届けなければならないのか。
自分の思いは、羽ばたくことへの妨げにしかならないのか。
ほんの僅かなすれ違い。
早速準備を始めるソフィー達を、彼は見ている事しか出来なかった。




