最終話⑥
「どういう事ですか!? 彼女を参加者に選ぶだなんて!」
「落ち着いて下さい、アンジェリカ様。私はまだ、ソフィー嬢の進言を聞き入れただけに過ぎません。彼女がどのような作品を造り上げるのか、それを確認してからでも遅くはないでしょう」
「ですが、開会まで一週間を切っているのですよ!?」
翌日の展覧会場。
審査員達が集う会議室でアンジェリカは声を荒げる。
その原因は帝国貴族であるジクバールが、飛び入りで参加を願い出たソフィーの申請を受け入れたためだった。
彼は今まで推薦枠を一つ保留にしたまま残しており、今回それを使うことはないのだろうという周囲の勝手な思い込みがあった。
しかしその枠を曰く付きの令嬢、ソフィー・リーヴロのために用意すると明言したのだ。
それが彼女にとって、我慢ならなかったらしい。
「ジクバール様の推薦であることは理解しております! しかし、あまりに性急ではありませんか!? 既に他の品は出揃い、選考もほぼ済ませています! その中には、場合によっては数ヶ月と掛けている作品もあるでしょう! それ程の品々を前に、僅か一週間程度の期間でその域に達するとお思いだと!?」
「有り得ない話ではないでしょう。ソフィー嬢の実力がそれ程までなら」
「有り得ませんわ……! そのような事……!」
「ならば他の方々にも伺いましょうか。貴方はどう思われますか、バーバラ嬢」
冷静な態度で応じつつ、ジクバールは皆の意見を聞く。
すると最初に促された令嬢、バーバラが表情を変えずに動いた。
彼女は貴族学院の優等生、以前ソフィーが姉妹間の仲に悩んでいた時、多少なりとも関与していたカトレアの同級生である。
公爵家の令嬢相手に臆することなく意見を述べる。
「構わない、というのが私の意見です」
「……!?」
「父の代理という立場上、僭越ながら申し上げますが、此度の展覧会は私達貴族だけでなく平民も参加できます。身分という格差を払い、互いに切磋琢磨し、知識を共有し合う事がこの会の目的。そして当然、その域に達しない者は取り下げられます。確かに飛び入りは強く頷けるものではありませんが、ジクバール様が推薦なされたのです。良い物は取り上げ、悪い物は取り下げる。私達の慧眼で、それを判断すれば良いかと」
「……ナライジャ家のご令嬢ね? 学院では最優秀の生徒と聞いていますけれど……今の言葉は、貴方の父君の言葉にもなるのですよ?」
「理解しております。私はそのための代理、ですので」
アンジェリカの牽制も屈さず、小さく頷いた。
彼女がこの場にいるのは、あくまでナライジャ家当主の代理。
急用で王都に来られなくなった父の代わりとして、その目を任された。
だからこそ見極めるのは目だけで良い、そう言いたいようだった。
無論、バーバラ本人の意志として、かつて煙たがっていたソフィーへの詫びの気持ちも入っていたのだろう。
彼女の意志は固いようだった。
対するアンジェリカは手ごたえがないと悟り、自身と面識のある、もう一人の侯爵貴族の方を振り返る。
その侯爵貴族はつい先日王都を沸かせた決闘の関係者、ピエール・バートンだった。
「ピエール、まさか貴方も同意なされるの……?」
「……自分は何も言いません」
「っ……! 決闘で敗北したことが、そんなに堪えたのかしら!?」
「決闘の取り決めは、王家もご理解なされています。勿論、貴方の婚約者であるルーカス殿下も例外ではありません」
「そ、それは……」
「その上で自分はスヴェン・ヴァンデライト氏、およびソフィー・リーヴロ氏の行動には一切口を挟まない。言えるのはそれだけです」
回りくどいが、ピエールも他の者達に同調した。
彼の場合は王家との間で、ヴァンデライト家と対立しない取り決めを交わしている。
セルバを引っ張り出した挙句、決闘に敗北した者としては軽い処置ではあるが、それは取り決めに違反した時の処分に全て圧し掛かっている。
下手な真似は出来ないのだろう。
それはあの場で貶してしまったソフィーも、例外ではない。
本来、ソフィーの事情まで含める必要はなかったのだが、ピエールは王家に改めて彼女も取り決め内に含めるよう申請したのだ。
バーバラ同様、これも彼なりの誠意、だったのかもしれない。
今まで腰巾着のように同意してきたピエールが動かないことを知り、アンジェリカは思わず自分の隣、自身の婚約者を恐る恐る見上げた。
「る、ルーカス様……」
「……」
「ルーカス様も、あの子をお認めになられるのですか……?」
「認めるか否かは、出した作品によるだろう」
殿下はそう言うだけだった。
無表情のまま、腹の内を殆ど見せることもない。
ただ、一つの方針は定まったようだ。
愕然とした彼女の視線が徐々に下がっていくと同時に、ジクバールが声を上げた。
「反対意見も少数のようですし、これで確定としましょう。勿論、私も色眼鏡で見るつもりはありません。彼女の実力が及ばないのなら、それまでの事です」
その言葉が、会議室全体に響く。
異論はなく、彼は申し出をした時のソフィーの表情を思い出していた。
始めに会った時の臆病そうな様子と違い、彼女には確かな意志が宿っていた。
エリーゼであるか否か、この際は問わない。
自分の力で何かを成し遂げたい、そんな思いをジクバールは尊重したのだ。
そうして会議は終了する。
アンジェリカは焦燥に駆られた様子のまま、王宮へ戻るルーカスの後に付いていく。
納得はしていないようだが、婚約者を含めた殆どの者が異を唱えない状況では、呑むしかないと判断したようだ。
ピエールやバーバラも、皆に一礼をして去っていく。
すると主要な権力者が立ち去った後、他の審査員達が密かに話し始めた。
今回の会議の、異様な雰囲気に気付いたようだ。
「アンジェリカ様は、一体どうしたというのだ? 今までとは、まるで……」
「あぁ。何かに焦っているようだったな」
「ご自身の作品が、選考から外れると危惧されているのでは?」
「まさかそんな……」
「リーヴロ家の御令嬢とは、学院時代の同級生だったらしいが……何か関係でも?」
「それならば、殿下やピエール様も同じでしょう」
「動乱の世代か……最近、何かと騒ぎになるな……」
残っていたジクバールも、アンジェリカの動揺に気付いていた。
彼女の様子は明らかにおかしかった。
今まで理路整然とした、公爵令嬢らしい振る舞いをしてきた者とは違う。
ソフィーに対する明確な焦りが滲み出ていた。
その理由は誰にも分からないし、婚約者であるルーカスも理解していないかもしれない。
或いは、あの様子だと興味すらないのか。
「これは……思った以上の嵐が起きるかもしれないな」
彼は片手で眼鏡を上げながら、そんな事を独り言ちた。




