表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/43

最終話③

「まぁ、参加するかどうかは置いておいて、観に行くくらいは構わないだろ」


その日の午後。

リーヴロ家に赴いたスヴェンは事情を聞き、サラッと返答した。

何も言わずとも、彼はジクバールとの間で何が起きたのかを尋ねてきたので、割と簡単に打ち明けられた。

エリーゼの正体を探る者達がいること。

その筆頭である帝国貴族が、刺繍展覧会の参加を求めていることを。

のっぴきならない事態ではあるが、彼は冷静に助言してくれる。


「俺も巷で聞いたが、今日から展覧会は開かれていて、過去の作品を展示しているらしい。刺繍の腕というか、興味があるなら観に行って損はねぇよ」

「だ、大丈夫でしょうか」

「勧誘されるかも、ってか? 良ければ、一緒に行こうか?」

「良いんですか? スヴェンさんにもお仕事があるんじゃ……」

「王族の連中、こういう時の押印は何日も費やすからな。お蔭で待ちぼうけさ。だから露払いくらいにはなれるだろ」


スヴェンは気にすることなく承諾した。

予想していた通り、彼は決闘後の事後処理で立ち往生をしている。

シャルロットやアルベルトは、互いのわだかまりを解いた後で屋敷に戻っていったが、当主となる彼はそういう訳にもいかない。

王族から直々に証を受けなければならない。

溜め息交じりにスヴェンは笑った。

王族は職務怠慢のクセに要求だけは多い。

以前にもそう言っていたが、王宮の出入りを許可されているからこそ、見えるものがあるのかもしれない。

ソフィーはジクバールとの面会を通して、それとなく理解する。


「でしたら、その……お願いできますか……?」

「おう。俺も暇をしていた所だ。どうせ距離は近いし、明日から行くか」

「は、はい! 分かりました……!」


自然と予定を立てられ、思わず強く頷く。

確かに闘技場の時も、ジクバールはスヴェンを前にして日を改めた。

彼が傍にいれば、勧誘を強行されることはないだろう。

興味のある展覧会に向かえることに、ソフィーは僅かな安堵と高揚を抱く。

と、そう思った所から互いに妙な沈黙が流れ始める。

互いに一歩踏み込めないような、そんな空気。

当然だが、理由はハッキリしていた。


「それで、もう一つ聞きてぇんだけど」

「……!」

「何で部屋にこもってんだ?」


何とも言えないスヴェンの声が届く。

それもその筈。

二人は今、扉一枚を隔てた中で会話をしていた。

その扉はソフィーの自室のもの。

彼女は部屋の中でこもり切りになっているのだ。

スヴェンからすれば、微妙な空気になるのは仕方のない事。

しかしソフィーは代わりに闘技場の出来事を思い出していたので、少しだけ緊張を解いた。


「あ、あぁ……そっち……」

「そっち?」

「い、いいえ! 何でも……!」

「まぁ、別に無理に出てこいとは言わねぇが……」

「ち、違うんです……! 別に今、引きこもりたい訳ではなく……!」


慌てて否定する。

外に出たくなくて、こもっている訳ではない。

本当ならスヴェンと顔を合わせるべく、かなり張り切っていた。

なのだが、彼がやって来る前に一つ大きな問題が起きてしまったのだ。

ソフィーは自身の顔をドレッサーの前で確認する。


「化粧が……」

「ん?」

「お化粧、これで良いのか分からなくて……」

「……いつもどうやってたんだ?」

「メイドさんに任せきりで。だから、自分でやってみようと思ったんですけど……」


やってしまった。

何度目かも覚えていない化粧の程を見て、彼女は落胆する。

学院を諦めたソフィーではあるが、今まで化粧の経験は幾度となくある。

ただそれはメイドの手腕を通してであり、自分で化粧をするという経験は全くなかった。

位の高い令嬢であればあるほど、身の回りのことは従者達に任せてしまう。

なので、どうせなら自分の力でやってみたい。

今までずっと見て来たのだから、経験がなくとも出来る筈だ。

そう思っていたが、考えが甘かった。

厚化粧か、それとも薄化粧か。

よく分からなくなってしまった。

刺繍の時のように即断即決、が出来れば良いのだが。

それ以外だとどうしようもなく、優柔不断になってしまうのが今のソフィーである。

もういっその事、全部落としてメイドにやり直してもらおうか。

彼女は扉を開けられない自分を恥じる。

するとそんな事情を知って、何を思ったのか。

スヴェンの抑揚を変えない声が聞こえて来た。


「別に良いじゃねぇか」

「!?」

「取り敢えず、出てこいよ」

「す、スヴェンさん……! それは……それはダメです……!」

「……? 何が駄目なんだ?」

「女性にその発言は、ダメだと思います……!」


化粧を軽視する発言には、流石に黙っていられない。

思わず飛び出していきそうになり、ソフィーは踏み止まる。

化粧が何たるかを彼は分かっていないのかもしれない。

そう思い、助言する。


「お化粧は身だしなみです。何でも、という訳にはいきません。他のご令嬢方も、しっかりお化粧をします。それと同じですっ」


よく見られたいというのは、当然の思考だ。

何でも良いというのは、大雑把に過ぎる。

確かにスヴェンはあまり細かい事を気にしない性格ではあるが、少し位は気付いてほしいものである。

多少の不満を抱えていると、彼は納得したような声を上げた。


「綺麗に見せたいって言うなら、もう伝わってる」

「へ……?」

「言い方が悪かったな。折角頑張ってしてくれたなら、良し悪しは二の次だ。やってくれた事が、一番大事なんだろ」

「……」

「だから早く出てこいって」


わざわざ落とす必要はないと言われ、ソフィーは押し黙る。

結局、こういう所である。

彼は気付いた上で、そういう事を言う。

闘技場の時もそうだったが、徐々に押しが強くなっている気がする。

押しの弱い彼女には否定できない。

自分の事を見てくれている気がするからこそ、引き寄せられるように自然と扉を開ける。

自室を出て視線を上げると、当然のように彼は待っていた。

そして苦笑する。


「何を気にしてんだか。良い顔、してるじゃねぇか」

「っ~~~!」


結局、こうなる。

どんなに悩んだ所で、恥ずかしい顔を見せてしまうだけ。

赤く染まった頬は、化粧では誤魔化せない。

ずっと部屋から出られなかった自分に、情けなさすら感じ始める。

だからこそ余計に分からなくなって、しまいにソフィーは彼の腕を掴んだ。


「スヴェンさんにも、お化粧をします!」

「は、はぁ!?」

「やってくれた事が大切なら、私もやります!」

「それとこれとは全然ちが……」

「さぁ、こっちに来て下さい! 道具も用意しましょう!」

「まさか俺を練習台にする気か!? ひ、引っ張るなって……!」


これが照れ隠しだということ自体、彼女は気付いていない。

スヴェンも本気で嫌がっている訳ではないので、詮索はしない。

ズルズルと本来出る筈だった部屋に連れ込まれる。

残念ながらそれは貴族同士のやり取り、には見えない。

ただ年頃の、和気藹々とした空気があるだけだった。


そんな中、二人の様子を窺っていた者達がいる。

カトレアとロゼッタである。

彼女達はジクバールとの会談から、ソフィーが心労を患っていないか気にしていたのだ。

しかし、ご覧の有様である。

まさしく取り越し苦労。

懸念は杞憂の如く吹き飛んでいく。

打ち解け合う声を遠くから聞き、カトレアは呆れた目をしながらロゼッタに問い掛ける。


「ねぇ、ロゼッタ……」

「はい」

「あの二人、まだ交際すらしていないの?」

「……はい。そういった書面は提出されていないようで」

「……」

「……」

「……頭、痛くなってきたかも」

「頭痛薬、必要ですか?」


頭を押さえるカトレアは頷く。

身内として姉が調子を取り戻してくれたのは、良い事ではあるのだが。

聞いていた自分まで恥ずかしくなってくる。

そして少し、羨ましくもある。

通りすがるメイドまで赤面する中、彼女は軽く息をつく。

そしてこの日、ソフィーとスヴェンは化粧のさせあいで一日を終えた。


「なぁ」

「はい」

「まだ返事、聞いてねぇんだけど」

「!?」

「やっぱり、他に好きな奴でもいんの?」

「……か」

「?」

「顔を洗ってきます……!」

「ったく……ヘタレるとこ、間違ってるだろ」


本当に何事もなく、終えたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ