二
お昼のワイドショーではいつもの真面目そうなアナウンサーと司会の生意気そうな顔をした中年が映っている。
「えぇそれでは次の話題に移りたいと思います。先日発生した、隔離病棟からの脱走患者による連続殺人事件についてです」
そうアナウンサーが言うと、画面にデカデカとボードが映し出される。
「もう連日報道されていますが、今一度おさらいさせていた抱きたいと思います。
まず事件が起こったのは、◯◯病院の精神疾患患者の隔離病棟です。本来なら二重の扉に鍵のかかった窓があり、脱走することは難しい状況でしたが、職員が換気のため窓を開けていたのを閉め忘れ、その窓から脱走したと見られています。
その後、精神疾患を患っている患者は、パニックになり森に逃走したと見られています。」
そういうと、付近の地図が出される。
病院の裏手は森になっており、第一現場と書かれている。
「脱走に気づいた職員2名が急行したところ、患者はブツブツと何か呟いている様子でした。この患者は重度の幻覚、幻聴を抱えており、下手に近づくのは危険だと思った職員の1人は応援を呼びに、もう1人は刺激しないよう遠くから見守ることにしました。
しかし、突然患者が走り出し、見守っていた職員は後ろから追いかけたところ、患者は職員を付近に落ちていたと見られる石で撲殺し、そのまま森へと逃げていきました。その際に職員が持っていたロープを盗んだと見られています。」
そしてボードに映る地図は第二の事件と書かれた場所に移動する。
「そこから3時間ほど森を彷徨った患者は、病院から3Km離れた神社の近くで、10代の少年2人を殺害します。その際に少年らが持っていたと見られる、刃渡り10cmのナイフを盗み、近くにいた19歳の少女の手をさらい、移動を開始します」
地図は、第二の事件現場と第三の事件現場と書かれた場所を結ぶところに変化する。
「少女は、患者が自分に対して、攻撃性を示さないことを察しました。しかし連絡手段、スマートフォン等を持っていなかったため、勇敢にも1km離れた交番に誘導することにしました。常にブツブツと呟き、何かと会話しているようであったと、少女は証言しています。
人の少ない林道と畑道を選んで通った少女の勇気は非常に賞賛されるべきものですが、残念なことに交番で勤務中であった警察官が返り討ちにあり刺殺されてしまいます」
「当時、2人体制であるはずの交番が、患者の脱走による応援で1人出払っており、被害者の30代男性警官しか、現場にいない状態でした。被害者の男性警官は、少女を保護した後、警察に応援を要請しました。しかし、交番に戻った隙をついて、患者は行方をくらまし、消えた患者を探そうと、交番から外に出たところを後ろからナイフで10数回に渡りさされています。」
「そして、そのまま近くの畑の手入れをするために歩いていた70代女性が患者により刺殺されています。その後、患者は一度、交番の中に入りましたが、少女が拒絶すると外に出ていったともようです。ふらふらと外を歩いた患者は、悲鳴や騒ぎを聞いて外に出てきた近所に住む50代の女性を刺殺しました。その後駆け付けた警察官6人に向かって刃物を振り回し、攻撃を仕掛けてきたので、1人の警官が発砲し、患者は病院に運ばれましたが、すぐに死亡が確認されたもようです。
これが、静かな田舎町で起きた6人の死者を出した事件のあらましです」
アナウンサーがそう説明すると、カメラが引き、スタジオの重々しい雰囲気が映し出される。
「いやぁなんど聞いてもとんでもない話だよねぇ」
と偉そうな司会の男性が切り出す。
「そもそもさぁ、なんでこの隔離病棟はさ窓から出られるようになっているのって話だよねぇ。これ、病院が責任は極めて大きいんじゃないですか?先生方これはいかがなんでしょう」
そうふると、弁護士とプレートに書かれた若い男性の顔が映る。
「まあ法的に考えると、病院側の過失は当然あると思いますね。患者さんは、心神喪失ということで、自分のいる場所がわからない状態ですから、脱走するリスクは考えられるわけで、窓の閉め忘れという完全なヒューマンエラーによって、引き起こされているわけですから、安全配慮が足りませんよね。よってですね、被害者の損害賠償請求という民事責任はもちろんのこと、場合によっては刑事的責任、そして何よりもですね、このような大きな事件を引き起こしたという道義的な責任が伴ってくると思いますね」
「いやぁ本当、病院何やってるんだってそう思いますよね。実際のところ精神科の病棟ってどうなってるんですか。○○先生」
やたらと難しい言葉を連発する男の顔が、画面外に消えると次に心理カウンセラーと書かれた線の細い女性が映る。
「まぁまずですね、基本的には隔離病棟というのは、重篤な患者さん、特に統合失調症のような幻覚や幻聴を伴ってですね、暴れるような患者さんが多くいらっしゃいます。そのため、窓を壊すということもありうるんですね。なので鉄格子をつけることが一般的には多いのですが、この病院はですね、非常に自然が豊かな地域でして、自然の中でストレス環境を減らそうという思想の元ですね、鉄格子をつけず木々が見えやすいように作っていたんですね。もちろん、ガラスは強化ガラスになってまして、割れるようなことにはならなかったみたいですし、扉は2重になっていて対策をとってはいたんですけども、窓の閉め忘れるというのはあまりにもずさんな管理であると言わざるを得ないですね」
「うーーん、窓を開かないようにしておくとかそういう対策を取っておかないとねぇ。せっかく鉄格子をやめるならそういう配慮が必要なような気がするけどぉどう思います?だって実際それで6人のね、尊い命が亡くなっているわけですよねぇ」
その後も病院叩きが続き、終始病院の対応がけしからんと言った雰囲気で番組のコーナーが終了した。
「ふん、くだらん番組だな、おいお前はどう思う?」
男は隣で聞いている眠そうな男に声をかける。
「あ~この事件か~そうね~番組としては話題性があるけど、叩けるのは、病院の対応か、警官の射殺という対応に関してしかない。被害者つつくわけにはいかないし、加害者も心神喪失で罪に問えないのは確定、でもだからといって警官の射殺を叩くと、経験上マスコミの自分たちが叩かれるから~病院を集中砲火している感じかな~」
眠そうな男は意外にもしっかり聞いていたのか、病院が叩かれる理由を理路整然と述べる。
「ふん、相変わらず無難でお綺麗な奴だ。」
男はそう言いながらも自分も同様におもっていたのか少し嬉しそうだ。
「思うに、この患者は何かが見えていた。その何かに従って行動していた。故にこの事件が起こったと考えられる。私は患者の視点がないような議論はナンセンスだと思うがな。心神喪失であれ我々は動物ではないのだから」
「相変わらず口調は強いのに、お優しくて理想論主義なことですね~もう少し現実的で法的解釈にこだわればいいのに」
「他とは違った見方ができなければ、終わりだろ?」
「それはそうですね~」
男たちの議論は夜遅くまで続いていった。
とある週刊誌
【患者の虐待!杜撰な管理!隔離病棟の闇が次々と】
事件から数日たって発売された週刊誌がまた世間の話題をさらった。
「記憶に新しい、精神病患者による連続殺人事件であるが、患者が入院していた病院で驚くべき実態が明らかになった。我々の取材に答えてくれた、元○○病院の看護師によると、殺人事件の犠牲者である職員A氏を含め、多くの職員たちの間で入居者の虐待が盛んに行なわれていた。言うことを聞かない患者に対して、食事を抜く、汚物を放置する、時には汚物を顔に塗りつけることもあったという。もちろん殴るけるなどの暴力は日常茶飯事だったようだ。この病院では緑が豊かな場所でストレスを軽減し、病状の改善を謳っているが、むしろ虐待により悪化していったことだろう。虐待に反対であった職員は、同僚から疎まれ退職したようだ。たしかに精神疾患者の対応するのはストレスがたまる仕事であると慮るが、ストレスを理由として理性ある人間が、虐待を行っていいということはないだろう。」
【中略】
「死亡したA氏は虐待の筆頭格であり、今回の事件を起こした患者の担当でもあった。患者は日本トップの大学を卒業し、大手企業に勤めるエリートであったが、トラックによる交通事故の後、脳機能障害を負い、認知機能が低下していった。そのストレスからか極度の幻覚・幻聴を伴う精神病を発病し、この病院の隔離病棟に入院することになった。A氏は元々が優秀な患者に嫉妬し、患者に対して、より一層強く攻撃性を示していたという。殺人は許されることではないのは事実だが、虐待もまた許されざる行為である。直接かかわっていたA氏も含め、組織ぐるみで虐待を隠蔽していた○○病院関係者は今回の事件の責任を負うのは因果応報と言えるだろう。この事件が隔離病棟の闇を払拭する契機となることを期待している」
別日の同週刊誌
【被害者はレイプ魔?少年たちに落ちた天誅】
「未だ熱が冷めない精神病患者による連続殺人事件で、新たな新事実が発見された。第二の被害者である少年2人はなんとレイプ魔だったのだ。我々の調べによると、少年たち(以下少年Bと少年Cとする)は地元の不良グループに所属しており、若い女性を見つけては例の事件現場となった神社付近に、少年Bがもつ車で連れ去り、行為に及んでいたという。被害にあったと訴える女性は、我々に対して『殺されてくれて気持ちが晴れた。警察にも訴えたが何もしてくれなかった。これは天罰だろう』と述べている。少年たちは今年に入ってから、行動を活発にしており、仲が良いとされる別の少年によると『少年法が適応されるうちに好き勝手犯罪をしておきたい』と話していたようだ。少年法は本来、判断の未熟な子どもを大人と同様の刑罰では更生手段として不適切である。そのような国親思想の元、通常の刑罰ではない形態を取っている。当然、犯した罪が軽くなるわけではない。少年2人はその当たりを勘違いしていたのであろう。少年法は子どもを単に守るためにあるのではなく、今後長く社会で生きていく子どもたちが、少しでも社会で貢献できるように、矯正・教育するためのルールである。結果的に天誅を下した、幻覚が見えていたという患者は、いったい少年らがどのように見えていたのだろうか。おそらく醜悪な姿に見えていたに違いない」
【中略】
「患者と接触しながらも、唯一殺害されなかった少女は、少年BとCによって無理矢理神社に連れ去られたと証言しており、少年たちがそれまで犯してきた犯罪を考えれば患者は、少女を救ったとも見ることができる。
少女は、交番に患者を誘導したが、その時患者には何が見えていたのだろうか。おそらく、唯一危害を加えられなかった少女は、幻覚や幻聴の中でも自らを害さないものと認識されていたのだろう。
であれば、殺害された被害者たちはどのような人物であったのだろうか」
【近所いじめに悪質クレーマー!?被害者は加害者でもあった】
【悪質すぎる手口に担当者はボロボロ】
「精神病患者による連続殺人事件による第五の被害者である老婆は有名な近所いじめの主犯となる人物で、第六の被害者である女性は悪質クレーマーであったのだ。いじめ婆によるいじめ被害にあっていた、近所の住民によると、明け方に大きな音を鳴らし叩き起こし、お前のようなけがれた奴らはこの村から出てけ!と声高に叫んでいたようだ。また本来連絡しないといけない事項をわざと連絡せず、また回覧板なども見せないといった村八分とも言えるようないじめを展開していたようだ」
【中略】
「第六の被害者である女性はクレーマーとして様々な店から出禁ないし、ブラックリストに乗っている人物であった。クレーマー被害にあったとされる業者によると『本当に悪質な女性で、通販サイト業界では有名な人物ですね。通販で購入したものをわざと破損させて返品。そしてそのことを電話で延々とグチグチ言い始め、挙句の果てに怒鳴りつけてくるとんでもないやつです。正直、一度電話対応をしたことがありますが、正気とは思えないですね。精神疾患を患った人に殺されたとのことですが、この人も精神疾患があったんじゃないかと思いますね。こういう異常者が多いので、クレーマー係の人は大抵1年も立たずに精神を病んで辞めていってしまうんですよね。そういう意味ではこういう害虫が死んだことは因果応報でしょう』と述べている。我々は、複数の業者から同様の証言を取っており、この人物の悪質性が伺える。人間というのは、自らよりも立場が弱いものに攻撃をしたくなる習性をもつ生き物であるが、その攻撃性を理性によってコントロールする生き物でもある。理性を失った醜悪なモンスターになってはいけないのだ」
週刊誌を読み終えた男が、面白そうに顔をあげる。
「おい、お前もこれを読め。あのテレビの番組よりかは数倍面白いぞ」
「あーはいはい」
眠そうな男は週刊誌を受け取ると、ささっと読んでいく。速読と言えるスピードだ。
男は眉をひそめることなくサラッと読むと
「まあ、随分公正世界仮説的な記事ですね~」
眠そうな男は、眠そうな顔のままそう言った。
公正世界仮説は、悪いことをしたら罰せられるはずだ。逆に良いことをしたら報われるはずだと考える認知バイアスのことである。
「殺されたのは悪いことをしていたからだと思いたいと?当たり前だそうでなければ人間のようなメンタル雑魚が生きていけるわけないからな」
「あなたも人間ですけどね~」
眠そうな男がおちょくっても男は全く意に介さない。
「この患者の男は、醜悪な人間たちをどのように見えていたのだろうか。気にならないか?私は気になる。この醜悪さこそ物語として語り継がれるべきものだろう」
「あ~はいはい早く今日のゼミの発表原稿作らないと教授にどやされますよ」
眠そうな男の返答を聞くまでもなく男は机に向かう。彼のいつもの定位置に座って何かをカタカタと打ち込み始める。
「私たちは精神疾患者を化け物のように扱うが、精神疾患者から見たら人間は化け物に見えるだろうな。はっはっはこれは面白いジョークだ」
男の楽しそうな笑い声だけがいつまでもいつまでも狭い部屋に響き渡っていた。
END