貴女が落としたのはどの聖女ですか?(執着ver)
「君だ」
泉の精が馴染みのセリフを問いかける前に、勇者は満面の笑みで聖女の手を取った。
『選択の泉』の上、泉の精の左右に並んでいた聖女そっくりな聖女たちは、選ばれた聖女を残してかき消えた。
『選択の泉』は、異世界を股に掛けるマッチングシステム。あまりにも多い婚約破棄に心を痛めた神々から作られた。
希望すれば異世界や並行世界から候補者が集められ、選択者が選択した相手の世界に行くことになる。その空いた隙間に別の人間を喚ぶ事ができる。
選んだ相手が元と違っても、元からその人間だったと神々から思わせるようになっているので、誰を選んでも問題ない。
つまりパートナーに不満がある方が『選択の泉』に落ちるのだが、選ばれてしまうとパートナーを変えられない。
「なんで毎回私を選べるのよ! みんな同じなのに!」
選ばれた元の聖女は悔しそうに勇者をにらみつけた。
「君は特別だからね」
にっこり笑う勇者から全速で自分の手を取り戻した聖女は、泉の精に泣きついた。
「またお願いしたいんですけど!」
「かまいませんよ。ただ、こちらの方が諦めるとは思えないのですが」
「私だって諦めません! こんな粘着質な執着、私の世界じゃ通報案件です!」
「ひどいなぁ。私は君のことを愛しているだけなのに」
「私が対面する相手を端から脅すのが? 成人女性の外出を制限して、外出時も必ずつきそうのはモラハラです!」
「これでも譲歩してるんだよ? ちゃんと勇者聖女として世界平和のために働いてるじゃないか。早く誰にも見つからない場所に君を監禁して抱きつぶして私だけを見て欲しいのに」
「はい、アウトー! 選択神様、救済処置をお願いします!」
「わかりました」
聖女の訴えを真摯に受け止めた選択神は他の神々と話し合った。
「しかし溺愛と変質的な執着の区別が難しいな」
「そうなんですよね。本人たちが幸せかどうかでしょうか?」
「前回みたいな光源氏タイプもあるからねぇ」
「どちらかを勇者聖女の立場から離せば」
「たがが外れて危険では?」
今回は2人を反発する存在にして同じ世界で出会えないようにしたが、世界平和をもたらした勇者の願いは聖女との再会で、問題は解決しなかった。
「こうなっては従来通り婚約破棄ですかね?」
「いや、あの執着から逃れるには逆行しかないんじゃないか?」
「召喚する聖女も勇者も変えられんから難しいのぅ」
システムの限界に神々は唸った。
「今の世には、婚約破棄も逆行も必要なのでしょうね」