05 神さまのいうとり
今朝は肌寒くて、冷え性の私は六月になっても毛布を手放せないでいる。
寒くて起き出すと、少しだけ身体を伸ばす。
薄手のカーディガンを羽織ると朝食の準備をする。
お母さんは私がやる必要は無いと言ってくれるが、病院勤務で疲れている両親を支えたくてやってると、自然と一通りの家事は出来る様になった。
目覚まし時計が鳴る。
目覚まし時計がなる前に起きると嬉しい気分になる。
今日はいい日になりそうだ。
病院の勤務表を見ると父は休み。
お弁当は母と私の二人分でいい。
お弁当を詰め終わると両親が起きてきた。
雨が降っているので、父が車で送ってくれる。
車で学校に向かうと金原くんを見かける。
彼は魂消祭予選の生贄である。
予選の内容は「彼を取り殺す事」である。
過去の魂消祭の生贄達は異能の持ち主で、逆に霊達が返り討ちにあって予選自体が成り立たない事例の方が多いと聞く。
最近は世話役側の人権意識が高くなり、その影響から取り殺すまでもなく戦闘不能になったら勝負が終わる事が多い。
しかし、開催する土地の神の裁量により取り殺すまで終わらせない場合があったり、勿論、不慮の事故は起こる。
私、個人としては彼の命には関心が無い。
桜尋様が彼の命を奪う事はあり得ない。
三島くんもそこに不安は無いだろう。
それよりも、金原くんの能力の方が気になる所である。
送ってくれた父にお礼を言い教室に向かうと沢部先生から声をかけられる。
「昨日、理科準備室の鍵を勝手に開けて、そのままにして帰ったでしょう?」
「はい、三島くんと話をしたくて」
「私達の事は、バレない様にそういう話をする時は図書室に隠し戸の中でするの」
「三島くんは何も言いませんでしたから、それで良いかと思って…失礼しました」
「三島くんは今、疲れているからね」
「彼、大丈夫なんですか?」
「………今度から気をつけてくれたら、それでいい。続きは図書室でするわよ」
沢部 奈緒先生、二十八歳国語教師で三島くんのクラスの担任。
未婚で彼氏無し、癒し系で眼鏡は学校では地味な物をかけているが、プライベートでは可愛い赤フレームをかけているのを見かけた事がある。
私と同じくらいの身長で、少し肉付きが良い。
七夜河の世話役の一人で主に会計役をしている。
異能の能力は持たないが、術式の引き出しは多いそうだ。
図書室に着くと、地理の棚の本を浅く星を描く様に引き出し、引き出された本に向かって指を弾くと扉が現れた。
「やり方はわかったね。あと私の連絡先を渡しておくから、相談したい事があったら連絡して」
「はい、ありがとうございます」
「私、あなたのお目付役になったから、お礼はいいわ仲良くしましょう」
沢部先生はニッコリ笑う。人気があるのがわかる、私も沢部先生は嫌いじゃない。
他の先生とは違い職業として教師をしている感じがしない。人間として暖かいのだ。
「あと、これね雑費とお給料。
必要な物があったら雑費から出して、領収書は一万円以下ならレシートでも大丈夫だから」
雑費には大きな封筒に見た事もない束が入っている。
給料は十万円、こんなに貰って大丈夫なんだろうか。
「頑張ったらもっと貰える様になるわよ、水織さんは学生だけど異能があるから、すぐに倍になるかもしれないね」
「こんな特殊な役割だから、銀行振り込みは出来ないの。毎月、私が手渡すから受け取ったら印鑑を準備しておいてね」
怪しいお金。世話役の人への報酬の出所が気になる。今度、探ってみようと思っていたら予鈴が鳴る。
「ほら、授業始まったよ」
沢部先生と別れ教室に向かう。
午前中の四時限はすぐ過ぎて昼休み。
ミコト達とお弁当。期末テストが近いのにバイトに忙しいミコトの勉強を見る。
春原ミコト、十六歳。小学校からの友達、クラスで一番仲が良い。
懐が深くてとても明るい。
基本的に誰も信じない孤独な性格の私が唯一好きな友達。
魔女と呼ばれる暗い私とは真逆な性格だと思っていたが、周りの友達が言うには「どこか似ている」らしい。
彼女のおかげで人並みに友達が出来て、普通の女子に紛れ込むことが出来る。
家が経済的に恵まれてなくて学校が終わるとバイトばかりしている。
予習、復習も含めて勉強する時間が無いので、私が勉強を見ている。
彼女を見ていると、いつもギリギリという感じなのだが、それでも底抜けに明るい。
唯一の友達。
恩人の為にも、私は協力を惜しまないつもりだったが、これからはどうなるのだろう。
私は恋をしてしまった。
ミコトを助ける、三島くんに恋をする。
ちゃんと両立出来るのだろうか。
放課後、今日は父が休みだから夕食の買い物には行かなくていい。
桜尋様の所へ向かうと、黒国くんと今城さんが弓の稽古をしている。
普通に挨拶すると壁がある。
今城さんも、ちょっと引いている感じ。
桜尋様を呼んで貰い、魂消祭の打ち合わせの皮を被った、三島くんの情報収集。
桜尋様は三島くんの情報を惜しげ無く提供してくれる。
「頑張れよ、応援してるからな」とニコニコしている。
桜尋様には小学生の、まだ私が糸を出す能力が無かった頃に助けて貰った。
小学校でコックリさんが流行り、夜中に家で寝ている時に初めて幽霊を見た。
幽霊は毎晩私が寝ている時に現れ。
「眼をよこせ、一つくれたら、も一つよこせ」と言って、身体にのしかかってくる。
両親は不安定な私を心配して、職業柄、色々な病院の先生に診察を依頼した。
だけど原因は幽霊なので、手の施し様がなかった。
祖母の勧めで、桜尋神社にお祓いに行った時、初めて桜尋様に出会った。
「さくやちゃん、お化けが見えるのか?」
「うん、眼をよこせって言って、私の上に乗るの」
「そいつは悪いお化けだな、さくやちゃん、可哀想だな」
「うん、怖いし困ってるの」
「さくやちゃん、カゴメカゴメの唄を知ってるか?」
「うん」
「今度、お化けが出たら唄ってみな」
「うん、わかった。お兄ちゃん」
「いい子だな」
「うん、お兄ちゃん何で昔の人みたいな服を着てるの?」
「ああ、これか、これは神様の服なんだよ」
「面白いね!眼が四つある、本当に神様?」
「ああ、俺はこの町の神様だから、さくやちゃんを絶対、助けるよ。」
「いいか?カゴメカゴメだよ」
優しい声だった、私はこの人の言う通りにすれば助かると思った。
そして、夜になり、幽霊が出た。
神様の言うとおり、カゴメカゴメを唄うと、身体中から白くて綺麗な糸が出た。
それを見た幽霊は逃げだそうとしたが、すぐに幽霊の全身を縛り上げ繭状になり動かなくなった。
「さくやちゃん、神様だけど大丈夫か?」
窓の外から神様の声が聞こえる。
「お化け…繭になって動かなくなった」
「ちょっと入るけどいいか?」
「うん、お化け…何とかして」
「はい、お邪魔します」
「さくやちゃん一人でやったのか?」
「うん、怖かったよ、カゴメカゴメ唄った」
「そうか、この繭は神様が持って帰る」
「ありがとう。もうお化け出ない?」
「そうだな、お化けが出たら、またカゴメカゴメを唄うんだ。それと…これをあげよう」
神様は緑のプラスチックで出来た虫籠をくれた。
よく駄菓子に売ってある虫籠だ。
「これは魔法の虫籠だ、捕まえたお化けを摘むと虫みたいに入れることが出来る」
神様が繭に触れると、繭は手のひらの上に乗るくらいまで小さくなった。
「こうやって入れるんだ、虫籠に入ったらお化けも怖くないだろう?」
「うん、怖くない、小ちゃいもん」
「このお化けは神様が持って帰るよ」
「そのお化け繭になって死んだの?」
「いや、多分、朝になったら繭は消えると思うよ。でも虫籠に入ってる間は繭が消えてもお化けは小さいままだから安心していいよ」
「わかった、神様ありがとう」
「困ったら神社においで、車には気をつけてな」
…………。
「どうした?さくや、ボーっとして」
「なんでもない、考え事」
「珍しいな、考える前にすぐ行動、行動しながら罠を張って相手出方を観て作戦を考える。決断の速さで相手を翻弄して負けに向かわせる。それがお前の喧嘩の仕方だろう?」
「でも三島くんは強敵だわ」
「そりゃそうだ、俺が大事に育てたんだ、あいつはすぐに動かない。相手の思考が固定するのを窺って、死角から攻めてくる。戦ってわかったろ?さくやにとって、戦いにくい相手だ」
「ああ、そうだ忘れてた。ほら虫籠返しとくぞ段から取られたろ?」
「なんとか三島くんを動かす方法は無いのかしら?」
「あいつは逃げると決めたら、捕まらない。捕まっても、さくやの糸は通用しない。秘剣で斬られるからな、力攻めは相性的に無理だろう。でも女の子には武器がある」
「色仕掛け?ちょっと心の準備がいるわ」
「お前も年頃になったな、ちょっと喋りにくいぞ。」
「うるさいわね」
「段の前じゃ、女の子みたいに俺に敬語使ってたくせに」
「見抜かないでよ、もういい。女の子の武器ってなんなの?」
「男は度胸、女は愛嬌って昔から言ってな、やっぱり笑顔なんだよ女の子は。子供の頃はお前、もうちょっと笑ってたし可愛かったぞ、ああ、昔は千倍は可愛かった」
「知ってるでしょ?私、笑顔にコンプレックスあるの」
「ああ、気にしてるのお前だけだ。歯がギザギザになってるからって誰かに言われたんだろ子供の頃の話だ、もう気にすんな」
「でも、この歯で笑えない」
「笑った方が絶対可愛いからな!つか段を落すにはそれしか武器は無いからな、今日から毎日笑顔の練習だ「笑顔 練習」でネットで検索しろ。女子力磨きより地道な笑顔、これが男を制するんだ」
「努力するわ」
「ああ…ここで今すぐ練習しろとか残酷な事は言わねぇから、頑張れよ」
私の日課に笑顔の練習が組み込まれた。
「じゃ、帰るわ」
「おお、暗くなってるな、馬で送って行こうか?」
「いい、寄るところあるから」
「そうか、なら車に気をつけて帰れよ」
昔から私の神様は変わらない。
「車に気をつけて帰れよ」と言われると、桜尋様と話したなって感じがする。
雨は止んで雲の間から星が見える。
これからの計画に備えて買い物を済ませる。
体育バッグはパンパンになった。
両親に期末テスト前にミコトの勉強を見ていると嘘の電話をして、ミコトにもお願いして口裏を合わせてもらう。
ここから、私の正念場。
魔女の仮面を被れば何でも出来る。
私はこの町の霊達が一番多く集まる廃病院に向かう。
坂を大分上がったその病院は住宅地を抜けて、荒れた舗装路の先にある。
A病院、地元で有名な心霊スポット。
県外からも、怖いもの見たさで訪れる人がいて、心霊特集の雑誌にもよく載っているらしい。
人間の姿を忘れて複合してしまった危険な霊が沢山いる。勿論、危険。
だけど霊よりも建物そのものが危険。
散乱したガラスや管理されていない建物は床を踏み抜いたり、壁が崩れる可能性もある。
梅雨の中、湿度で不衛生になっている。
荒れた舗装路の脇の茂みが騒つく、私の姿を見るや、逃げ出したので捕獲。
ここで騒がれると計画が台無し。
病院の入口に入る前に糸で退路を立ち、罠を仕掛ける。
外の連中は全て動けなくしている。これまで誰にも声を漏らす暇は与えない。
外の霊は虫籠に丁寧に回収する。
虫籠に回収出来なかった霊はスマホに回収する。
もう、誰もこの病院からは逃げられない。
鞄と体育バッグを病院の入り口に置いて探索開始。
懐中電灯のライトを照らす。
私の姿を見て霊達は叫ぶ。
「魔女が来たぞ!逃げろ!」
「子供を先に逃せ!逃げる事だけに専念するんだ」
「出られない!どうなってるんだ」
「あああああ、助けて、この子だけは見逃して!お願い、お願いします!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「囲め、一斉にやるぞ!」
「くそ!俺が引きつける、今の内に逃げろ!」
「なんまんだぶ、なんまんだぶ」
「ばあさん!逃げろ、くそ!掴まれ!」
「どうなってるんだ、ここで終わりなのか!嫌だ、嫌だ!お母さぁぁぁん!」
「何が目的だ、待て!金な…」
……。
全部捕まえた。こんな埃っぽい所にはいられない。
荒れた道を街灯に向かって歩いて行く。
家に着くと、一旦、霊達を虫籠とスマホから出しての拘束を解く。
八畳の部屋はすぐに埋まる。大型の霊は小さいままにしておく。
霊達は震え上がり、部屋の隅に集まっている。この部屋からは出られない。
事前に準備していたお茶と羊羹とシュークリームをテーブルの上に並べる。
…さて、まずはなんて言うべきだろうか。
悩んでも仕方無いのでマイペース。
「とりあえず、急にこんな事をしてごめんなさい。怖がらせて申し訳なく思っているわ」
「何が目的だ」震え声で左腕が無い霊が口火を切る。
「とりあえず、お茶でも飲みながら相談に乗って欲しいのだけど」
「ふざけるな!」
「変なものは入って無いから、冷めるわよ、早くお上がりなさい」
部屋の中にお茶の良い香りが漂う。
「そこの子には羊羹より、シュークリームがいいと思って、さあどうぞ美味しいわよ」
「お前が出した物なんて食える訳ないだろう!」
「そう、じゃあお香でもどうぞ」
耐熱製の小皿に炙った炭を置き、伽羅の香木をカッターで削って焼香する。
部屋の中に明るく甘い、朝の澄んだ空気に花弁が舞っているような香りが広がる。
煙は白く輝く花弁になり、霊達に降りそそぐ。
異形の者。
裸の者。土と皮脂で痛んだ乱れ髪の女。
ボロボロの布を巻き付けた者。
見窄らしかった姿は清潔になり、血色は明るく、表情は穏やかになっていく。
「喜んで貰えたかしら」
「ああ、こんな香食の供養を受けたのは初めてだ」
香食とは、お香の煙を神仏や霊が食べる事で、焼香は霊達の供養になる。
少しは怒りと警戒が薄れた様だ。
「お茶が冷めたから、入れなおすわ」
「いや、このままで結構だ」
始めは皆、困惑していたが、徐々に場の雰囲気が穏やかになる。
お茶やお菓子に手をつけてくれるようになった。
久しぶりの甘みやお茶に飢えていた様で誰もが嬉しそうだ。
子供達もシュークリームを貪る様に食べている。
人間の形をしていない霊、人間の形を忘れた霊達は、人間の形に徐々に戻っている。
ゆっくりとだが廃病院にいる霊達は供養に満足して貰えたようだ。
もう怯えている霊は一人もいない。
「ところで、なぜ俺達を連れてきた?」
先程とは打って変わり口調は穏やかなものになっている。
「すごく、馬鹿みたいな理由だと思うでしょうけど………いえ、いいわ、今日はこれで帰って頂戴……ごめんなさい」
「バカ言え、俺たちを拉致したんだ、それなりの説明が無いと納得出来ないぞ」
「今日はちょっと説明出来ないわ、恥ずかしくなってきて、今度ちゃんと説明するから」
「ここまで、供養してくれたからには、何か理由があるんでしょう?言ってみて、相談に乗って欲しいんでしょ」
白骨の老婆の霊が優しく諭してくれる。
「そうだ、内容によっては、断るからな。言うだけおじちゃん達に言ってみな」
「おねぇちゃん、困ってるの?」
霊達は口々に私に詰め寄る。
「私…三島くんと仲良くなりたいの」
「え?そんな事で俺達を拉致したのか?三島さんと仲良くなるなんて、すごく簡単だぞ?」
「アンタ、バカねぇ…仲良くなるにも色々あるでしょ」
「おおおー」
霊達が口を揃えて感嘆する。
「そうだな、魔女って呼ばれてるけど、アンタも女子だしな」
「今は魔女の話はいらないでしょ」
「こんな事しなくても、ちゃんと話してくれたら…いえ、ごめんなさい貴女が来たら逃げるわ私、だって貴女が何を考えてるか、わからないもの」
「ごめんなさい、私こんな乱暴なやり方しか知らなくて、せめてものお詫びと思って色々、頑張って準備したんだけど」
「今となっては、もう…どうでもいいよ、香木は今は高いっていうのに。久しぶりにこんな暖かい供養受けたんだ、アンタの気が済まないなら、お茶の御代り、貰えるかな」
「私も、飲みたい」
「香木の供養、もう一回いいかな?」
時間は穏やかに過ぎていく、焼香の度に霊達の姿が身綺麗になっていくのが面白くなって、値段を考えず、焼香し続けてしまった。
香木は仏具屋で一番高い物を注文したら四十万円だった。
羊羹代は二万円、シュークリームは五十個でおまけして貰い五千円。
お茶は家で一番高価な物を準備した。
接待費としては安い、領収書も切った。
霊との交流を図れた。
禁忌の家の魔女のイメージ操作。
三島くんに新たな世話役の私が好意を持っているというネタの提供。
霊達の人間関係の把握、魂消祭の噂。
今夜の収穫は大きい。
これで町に私の噂が広がれば私を無闇に怖がる霊は徐々に少なくなっていくだろう。
「今日は、供養して貰って、ありがとうな、でも今度からは普通に招待してくれ」
「ええ、他にも欲しい物があったら、言って頂戴、準備しておくわ」
「俺は日本酒が飲みたい」
「さくやちゃんは未成年だよ」
「準備しておくわ、大人に買って貰えばいいから」
「じゃあな」
霊達を見送る。
最初は自分の私利私欲で拉致したけど、喜んで貰えて良かった。
でも、あまり強引な事は今後控えよう。
三島くんはこういうの嫌いそうだから。
読んで頂いてありがとうございました!!
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