(8)3日目-3 大ハンヤ3
4月28日(日)
11:12 鹿児島県鹿児島市仙巌園
島津家の庭園に設置された舞台に怪しい集団が登った。
陰陽師の着る狩衣をまとっている集団だ。
これだけなら良いのだが、何故か、演者全員の顔が覆面で隠れている。
「なにあれ。怪しさが限界突破してるんだけど」
橙山の感想に水澪も同感だ。
演者の紹介が軽くなされて踊りが始まる。
陰陽師っぽい雰囲気にピッタリな、和楽器や鈴で奏でられる演舞曲で、どこまでも凝っていて面白い。
「太宰府まほろば衆。太宰府の歴史・文化を伝えることが基本コンセプト。大宰府と言えば菅原道真だから、彼をモチーフに雰囲気作りをしてる……のかな? 梅の花の柄付きの衣装もあるようだし」
スマートフォン片手に九之坪がつぶやいた。
IT系の個人事業主らしい九之坪はさすがに調べるのが早い。
おかげで、水澪達、周囲にいる人間は労なく情報を手に入れられる。
「あんま期待してなかったんだけど、この祭り結構楽しいんじゃね? なんか、ハガレンの軍服のコスプレみたいな衣装のチームもあるみたいじゃん」
九之坪と同様にスマートフォンをいじりながら阿二青人が言った。
「ハガレン?」
質問を返したのは青島未紗十だ。
「鋼と錬金術師って漫画があってさ。略してハガレン。あれ? 知らない? ほら、こんなやつ」
阿二が青島の方にスマートフォンを差しだす。青島が阿二に寄った。
やたらと近い距離で寄り添う2人はカップルのように見えなくもない。
意外と、この企画中に意気投合して付き合うようになる組もいるかもしれないな、と水澪はなんとなく思った。
水澪自身には、そんな兆候が欠片も見られないのが悲しいところだが。
「何? ハガレンの軍服みたいな衣装のチームあんの? 俺にも見せてくれん?」
「あ、俺にも」
阿二の周囲に三枝朱絵と四国紫も集まってきた。
「ハガレンとやらはわからないが、軍服なら私も興味がある」
御茶屋まで首を突っ込んで、おぉーと騒ぎだす始末だ。
そこまで騒がれると水澪も少し気になる。
けれど、あの、男だらけの集団に混ざるのは気が引ける。
「軍服チーム、JR九州櫻燕隊っていうんだ? 名前から中二感が溢れすぎててヤバイー」
「JR九州はさくらとつばめって新幹線を持ってるからね。それから取ったんだと思うよ」
「今度はゴロ良すぎ~」
橙山と紫尾も集団に混ざっていて、加わっていないのは八子と水澪の2人だけだ。
「八子さんは見に行かないの?」
「今見なくてもいいかなって。これだけみんなの興味があるんだったら、そのうち実物を見るでしょうし。踊っている方達の服装を見るのが今は優先です」
八子はチラっとだけ水澪に視線を向け、すぐに顔を舞台に戻した。
集団行動に加わらない仲間ができたことで、水澪はほっとする。
「JR九州櫻燕隊はこの会場では踊らないんだな。午前の演舞は終わってて、次は中央駅東口広場で12:24と」
「15時からウォーターフロントパークってのもあるぞ。帰りのバスに乗るなら最終的にウォーターフロントパークにいないとならないわけだから、先に昼飯食ってから、こっちの部を観に行く方が無駄が無くてよくないか?」
「そう言えば、どっかのお店でお昼を食べるなら、食事代ツケにしといていいよって運営さんが言ってなかったっけ?」
「そう言えばそんな言ってたね。お店の場所どこだろ? ダンス会場とお店の場所を見て、移動が楽になる方のダンス見ればよくない?」
青島が手提げ鞄から折りたたまれた紙を出して広げる。阿二はスマートフォンを操作する。
「阿二さんどっちの会場の地図出してます? あ、中央駅ですね。じゃぁ僕はウォーターフロントパークの場所を」
その横で九之坪もスマートフォンをいじって青島と阿二の方に出した。
「タダ店、ウォーターフロントパーク近くの商店街にあるみたいだね。んじゃ、まず昼を食って商店街でブラブラして、良い時間に会場に移動すればいいって感じかね?」
四国が一同を見回す。
彼の周囲にいる全員が異議なしと答えた。
輪に加わっていない八子と水澪にまで確認のような視線を向けられたので、2人でうなずいておく。
水澪達2人だって櫻燕隊とやらに興味がないわけではない。話し合いの集団に加わる必要性を感じていないだけだ。
「じゃ、そういうことで。この会場でまだ見たい踊りがある人がいるなら、それまで見てから動くけど。誰か何かある?」
四国が再び全員を見回す。
全員首を横に振った。