(6)3日目-1 大ハンヤ1
4月28日(日)
9:30 鹿児島県指宿市白水館
鹿児島市で開催されるダンスイベントに参加したいと先日桃子が言っていたので、白木は移動時間に余裕を持って彼女を拾いに来た。
かろうじて運転はしてきたが、朝に弱い白木の頭はまだ半分以上寝ている。
駆けてくる桃子の血相がおかしいような気もするが、考えるのが面倒なので、思考は放棄。
「昨日開聞岳に行った人が死んだんだけど!」
助手席に飛び込んできた彼女がそんなことを大声で叫んでも、「頭に響くわ。うるさいわ」としか思えなかったのも仕方がない。
「おじちゃん聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる。んじゃ、鹿児島に行くかー」
何を言われたのか実は全く聞こえていない。
元気よくおはようと言われたのだろうという認識だ。もしくは、早く鹿児島市に行こうよー、か。
どちらでも大差無いと判断し、白木は車を出した。
「おじちゃん絶対聞いてないでしょ! だから、昨日山登りに行った人が死んだんだって!」
「あー、そう。登山に行った人が死んだんだ」
死ぬなんて大ごとだね――
「は? 死んだ? 登山に行った人が? またなんで?」
桃子の言っている言葉の意味をようやく頭が理解した。
けれど、今度は言っている内容がわからない。内容というか、流れというか、色々わからない。
「モモだってお巡りさんから聞いただけだからわからないよ。昨夜からお巡りさんが来ててさ、聞き込みしててさ。死んじゃった人達、死にたいって言ってなかった? とか、気になる行動してなかった? とか、モモは昨日何してたの? とか訊かれたんだよ」
「なんか、小説とかドラマの事情聴取みたいだね。というか、旅館出てきて良かったの?」
「昨日のおじちゃんからのメール見せて、今日も迎えに来たよってメールが来たのをお巡りさんが確認したら解放されたよ」
「あそう」
桃子のアリバイを証明するために白木まで事情聴取なんてことにならなくて良かった、と喜んでいいのだろうか。
とりあえず巻き込まれなかったようなので、白木は胸をなでおろした。
桃子の子守だけでも面倒なのに、死亡事件に巻き込まれまでした日には、長期休暇が半分どころか全て吹っ飛びそうな気がする。
それだけはごめんだ。
しかし、登山者の1人が死んだくらいでなぜ警察が動いた? と、白木に疑問が浮かぶ。
警察が動くのは事件性がある場合ではないのだろうか。
もしくは、事件性が無いと証明しなければならない場合か。
亡くなった人が事前に死にたいと言っていなかったかの確認があったくらいなので、警察は自殺の線で捜査しているような気がする。
自殺と思われるような山での死に方となると、かなり限られる。
「その人なんで死んだの? 転落?」
「人っていうか、4人らしいんだけど。頂上に着いたら端の方にフラフラ行ってて、気が付いたらぴょんしてたって」
「4人も? 意味わからないんだけど?」
「モモもわかんないよ」
「パラグライダーで降りるつもりで飛び降りたけど、パラシュートが上手く開かなかったとか?」
「だからわかんないって」
「そりゃそうね」
それに、パラグライダーの装備を持っていたのであれば、普通に事故死で処理されそうな気がする。この案はボツそうだ。
ついでに、
「桃ちゃんがケロっとしてるってことは、一緒にお風呂に入った子達は無事だったんだ? 誰か、登山に行く予定って言ってたよね」
「うん。ソニアちゃんとドレミちゃんが登りに行ったらしいんだけど、2人とも帰ってきたよ。筋肉痛で死んでたけど。誰が死んだって言ってたかなー。よく覚えてないんだけど、おじさんとおばさんだった気がする。それよりさ――」
桃子の話題が、これから向かう鹿児島市で開かれるダンスコンテストに移る。
詳細不明の嫌なことは考えたくないのか、言いたいことを言いきった後は話題に触れたがらない。
それに、昨日今日と開催されているダンスコンテストは、桃子がこの旅行で最も楽しみにしていたイベントだ。
考えたくないことを強引に忘れるには良い材料なのかもしれない。
まぁ、このご時世だ。
事件の詳細は口外禁止と言われていても、関係者の誰かがネットでお漏らししているだろう。
今日の桃子へのご奉仕が終わっても白木がこの件に興味を持っていたなら、ネットサーフィンしてみてもいいかもしれない。
そんなことを考えながら運転している白木だが、ダンスコンテストについて喋り続けている桃子の話には適当に合の手はいれている。
中身は欠片も聞いていないし覚えていない。
狭い車内に2人しかいないのに、2人はそれぞれ全く別の事に思いを馳せながら、目的地の鹿児島市へ着いた。