(5)2日目-4 夕食時
夕方、白水館に送り届けられた桃子は大浴場でゆったりした。
自室に帰ったらソファに座り込みテレビを付ける。
近くのローテーブルに置いたままだった紙を手に取り、今晩利用が無料になる食事処を確認した。
宿泊場所だけ提供してあとは放置に見える旅行企画だが、実は細々と気遣いがされている。
1つ目は、指宿市から足を伸ばせる範囲で開催される催しや観光名所が提示されている点。
今日の開聞岳登山のように、金銭面や交通手段の手助けをしてくれる場合もある。
2つ目は、食事代がタダになる食事処が日替わりで提示されている点。
この旅行企画、運営が確実に支払ってくれるのは、宿泊費と旅館への行き来の交通費のみとなっている。
素泊まり旅行1週間プレゼント企画と言い換えてもいい。
旅館外で食事をとりたいこともあるだろうから、と考えると、食事付きプランでないのは、運営的には経費削減上当然のことかもしれない。
けれども、食事への手当が全くないわけではない。
指定されている食事処で食べれば運営が支払ってくれるらしい。
それも、指定食事処は朝晩共に日替わり。
旅館の様々な料理を無料で食べられるというのは、かなり贅沢な話だと思う。
そのお得な話に釣られて、企画参加者の多くは、タダになる食事処に夜は集まるのではないだろうか。
誰が何時に訪れるのかは謎だが、長々粘っていれば誰かとは会えるだろう。
自分以外の企画参加者が今日どのように過ごしたのか訊ねたり、翌日以降に何をするのか話をするにはもってこいの機会だと思う。
今晩は和食の料亭がタダらしいので、気楽に浴衣姿でそこに向かう。
開店は18時から。
現在18:05。
開いたばかりだからか、桃子の他に客はまだ来ていない。
着物姿の給仕に部屋番号を伝えると、奥まった掘りごたつへと案内された。
「飲み物をお選びください」
温かい緑茶と共にドリンク表が渡される。
食べ合わせとか雰囲気なんて無視してコーラを頼んだ。
食べ物は、企画参加者には和食のコースが提供されるらしい。
お品書と書かれた紙が机の上に残されている。
何が出てくるんだろうと、桃子が紙に目を落としたその時、目の前の席に誰かが座った気配がした。
「二階さん、もうお風呂に入っていらしたんですね。登山に行くって仰ってましたっけ? どうでした?」
八子黒音が桃子を見てにこにことしている。
黒音は企画初日の晩餐会で仲良くなれた参加者の1人だ。
大学1年生の18歳。
今朝、今晩はここで夕食をとるかもと言っていたが、言葉のとおり来たらしい。
「行ってないよ。企画に参加してる人達とじゃなくて、こっちに住んでるおじちゃんと行こうと思って誘ったんだけど、振られちゃってさ。代わりにそうめん流しとカフェに連れて行ってもらったんだ」
「そうめん流し? あ。初日に配られた近辺の観光名所の中にありましたね。私、体験したことないんですけど、どうでした?」
「美味しかったよ~! ぐるぐる流れてる素麺をすくうのも楽しかったし」
「今晩のメニューも美味しそうですし、今日は美味しい一日になりそうですね。あ、私にはほうじ茶を」
給仕に飲み物を頼んだ黒音が、左の口角をわずかに上げてふんわりと笑う。そうして、お品書に白くて繊細な指を添えた。
そういえば、自分もお品書を見ようとしていたんだったと、桃子はお品書に視線を落とす。
食前酒、小鉢、前菜、吸物、造り、炊合、焼物、強肴、揚物、酢の物、止椀、香の物、ご飯、果物。
どんな料理を指しているのか桃子にはわからないものも書かれているが、何やら凄そうだ。
「ねぇね。黒音ちゃんは今日何してたの?」
「私ですか? 私は薩摩伝承館を見に行きました。昨日が移動で疲れたので、後は、お部屋のお風呂に入ったりでのんびりでしたね」
白木がお薦めしてきた過ごし方をした人が桃子の目の前にいた。
年よりくさい過ごし方だと思ったけれど、意外と普通のプランだったのかもしれない。
そうこう喋っていると料理が運ばれてくる。
桃子も黒音も未成年なので、食前酒は下げてもらった。
残った品は、軽く食べられそうなものを盛った皿2つ。
食べざかりの桃子達にかかればぺろりだ。
喋りながらのんびり皿を平らげていると、他の客もボチボチ増えてくる。
桃子達以外の企画参加者も顔を見せた。
最初に来たのは一岩浅黄だ。
ぱっとしない主婦で、50代中盤の年らしいが60を超えて見える。人付き合いは好きでないらしく、桃子達とは離れて座った。
次に来たのは黄山勘九郎。こちらも50代半ばのおじさんだ。メタボ体型で清潔感が薄く、桃子としてはあまりお近付きにはなりたくない。
彼も桃子達と仲良くするつもりはないらしく、一岩とも離れて1人で座った。
離れて座ったのはその2人くらいで、あとの企画参加者は桃子と黒音の近くに座る。
十二愛と十令三も来た。
心なし、2人ともゲッソリしている。
開聞岳登山に行くと言っていたから疲れているのだろうか。
そんなの無視して桃子は2人に手を振った。
「やっほー十令三ちゃん、十二愛ちゃん! 登山行くって言ってたよね? どうだった?」
沈みがちな2人の顔が桃子を向く。目が赤い。
「人が死んだよ。4人」