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(41)最終日-10 

「白木さん」


 横に寄ってきていた江戸川が囁きながら白木の脇を肘で突く。


「一連の事件の動機はわかりました。上手く話を誘導して、不審死個々の真相も聞き出していただけませんか」

「それって警察の仕事じゃ?」


 表情は動かさぬよう白木も小声で答える。

 謎だらけの殺人がどのように行われたのかは多少気になるが、休日にタダ働きしてまで知りたいのかと問われると疑問だ。

 警察が骨を折って真実をほじくり返して、結果だけ教えてもらえるのが楽でいいのに。

 八子が勝手に色々べらべら喋ってくれないだろうか。


「私がどうやって標的を殺してきたかが気になりますか?」


 白木が物欲しそうに八子を見て願ったからだろうか。

 八子が鼻で笑った。

 笑われるくらいで種明かしをしてくれるのであれば、それに越したことはない。


「お願いします」


 白木は軽く頭を下げた。

 隣で江戸川が動揺している。


「頼んだのは私ですが、あなたにはプライドはないのですか」

「ないですねー」


 この部分に関しては、だが。

 江戸川と白木の小声でのやり取りが聞こえていたのだろう。

 八子がクスクスと笑っている。


「いいですね。そういう無駄なプライドが無い人、私好きですよ。素直に頭も下げていただきましたし、白木さんにはお話ししましょう」


 小声で話したつもりが八子にまで会話が聞こえていたからか、江戸川は渋い顔になる。

 逆に八子は笑顔だ。


「それで、どこから聞きたいです?」

「どこからって?」

「どの日の殺人についてから聞きたいですか?」

「初日の。えーと、2人溺死したんでしたっけ?」

「溺死……。ああ、ええ。初日の溺死からですね」


 1週間前のこととなると記憶のつながりが弱いのか、八子が少し考えるような仕草をする。


「初日というと、4月26日の赤津五十一と伊五澤橙吾の溺死事件ですね。ですがあれは溺死で不審な部分は無かったはず。あれも殺しだと?」


 手帳をめくりながら江戸川が(いぶか)しがった。


「そうですよ。私と、あちらの黒音が1人ずつ殺しました。初日ですから、警察に尻尾を掴まれないように気を付けたんです」


 伊五澤橙吾を殺したのは女黒音。

 夕飯時に酒をたらふく飲みながら女をナンパしまくっていた伊五澤のくせに、八子の見たところ、彼は酒に弱そうだった。

 夜の誘いに乗ったフリをして時間を打ち合わせて部屋に行き、更に酒を飲ませて泥酔させ、頃合いを見計らって部屋風呂に誘導して水没させた。


 彼が息をしなくなったことまで確認して八子は部屋を出た。

 そして自室へ向かったのだが。

 途中、体がすっかり冷えてしまったと廊下で体をさすっている赤津五十一と遭遇した。

 食事会で冷たいものばかり飲みすぎたのが原因らしい。

 男黒音の標的だったので、意識の主導権を女黒音と交代した。


 ならば風呂にでも入ればよいではありませんか。ここは温泉宿なのだから。と、八子は続けた。

 けれど時刻は0時間近。

 宿自慢の大浴場はもうじき営業終了しそうな時間だ。


 部屋風呂でも(ひのき)風呂だし、そちらに入ろうかしらと赤津が口にする。

 体を芯まで温めたいのであれば、”熱い”湯に”肩”まで長時間浸かるのがいいらしいですよ。と、八子は嘘の情報を混ぜて伝えた。

 熱い湯で長風呂して脱水症状を起こし、弱ってくれれば、後で殺しやすくなるかなと思っての行動だった。

 それが、八子の話を信じた赤津が言われたままに実行し、脱水を起こして、意識を失った場所が悪くて溺れ死んでしまうとは。

 八子にとってはラッキーな死亡事件だった。


「赤津さんの件は、半分は事故死にも聞こえるね」

「事故死ととるか、死ぬように誘導したととるか、警察の方で好きにしていただけばよいと思いますが」


 八子が江戸川を見る。

 江戸川は困ったように眉根をよせた。


「その件は、今、自分の一存では判断できない。保留だ」

「じゃぁ、次の件ですかね? 4月27日は、開聞岳登山に行くよう餌を撒いておいたんですよ」

「やっぱり誘ってたんだ? 桃ちゃんも、前の晩のご飯か何かで登山のこと聞いて、山登りたいとか言い出したもんね」

「だって、こんな時じゃないと登山なんてやらないし」


 桃子が唇を尖らせる。

 そんな桃子を八子が優しい目で見た。


「非日常は、人に、普段と違う行動をとらせやすいですからね。そこに、金銭的負担は一切ない、むしろ、お土産が増えるような至れり尽くせりのイベントがぶら下げられれば、そこそこの人数が食いつくと思いました。たとえ、苦労を伴うイベントだとしてもです」

「餌を使って企画参加者の半数を開聞岳登山に呼び込めた。だが、そこに君は参加しませんでしたね。なぜです」

「なぜ? 当たり前でしょう? 私は、私を含む企画参加者全員に、”標高900m以上の高所に行き、高さを認識したら飛び降りる”という暗示をかけたんです。それに自分が巻き込まれてはたまりません」

「暗示かぁ」


 開聞岳頂上から飛び降りた人物達の行動に関しては、暗示にかかっていたようだったと九之坪が言っていた。

 彼の読みが正解だったわけだ。

 桃子は腕を組みつつ首をひねる。


「でもモモ、暗示かけられた記憶ないよ?」

「行きの、鹿児島中央駅から白水館までのバスの中のBGMを使って暗示をかけましたからね。帰りの、白水館から鹿児島中央駅行きのバスで暗示を解く予定ですよ」

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