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(40)最終日-9 眠り姫の裏の顔

「起きてよクオンちゃん。でさ、モモに色々教えてよ」


 バチーン、バチーン。

 桃子が八子の頬を叩く音が廊下に響く。

 あれは痛そうだ。白木は叩かれたくない。


「起きてってば!」


 桃子が八子のおでこに豪快に頭突きした。

 今度は鈍い音が鳴る。


「いったぁああい」


 桃子がおでこを押さえてうずくまった。

 盛大に音がするほどの頭突きだったのだから、そりゃあ痛い。

 けれどその衝撃のお陰か、思わぬ効果もあった。


「――っ」


 頭突きされた八子も頭を押さえて小さな呻きをあげている。

 意識が現実に浮上したようだ。

 眠り姫を起こした桃子は満面の笑みを浮かべた。


「おはようクオンちゃん」

「おはようございます。よくわかりませんけど、私、頭突きされました? 犯人は二階さんですよね? こんなに豪快な人だなんて知りませんでした」


 八子がおでこから手を離す。

 二階を見て、皮肉気に左の口角をあげた。


「それで、なんで私は頭突きされたんですか?」

「えとー。モモとお話してくれるために起きたんじゃないの?」

「話したかったんですね、私と」


 皮肉気な雰囲気のまま八子がほほ笑む。

 これまでの八子と違う印象に、白木はおやと思った。

 けれど、今口を挟むと色々な腰を折りそうなので、とりあえず黙って成り行きを見守る。


「私があなたと話さなくてはならない理由はないのですけど。あのまま放置されていたら私は彼女に消されていたでしょうから、救ってくれたお礼に話をしてあげてもいいですよ」

「わーい、ありがと! えーと、でもさ、ここじゃなんだから、モモの部屋にでも来る?」

「ちょ――」


 八子の移動を阻止するかのように江戸川が動く。そんな彼を、


「それはちょっと遠慮させてください」


 当の八子が遮った。


「私はこの通り汚れていますから。二階さんの部屋まで汚してしまっては、清掃の人が倒れそうです」

「そっか。それもそうだね。じゃ、ここで」


 桃子が八子の前に体育座りした。

 白木は桃子のすぐ後ろの壁に立ったまま寄りかかる。

 八子の両脇には緊張した様子の警察官が待機した。

 油断しまくりの桃子に八子が何かしようとしても、大事になる前にはどうにかできるだろう。


「それで、何の話がしたいのですか?」

「クオンちゃんが一岩さんに斬りつけたって本当?」

「本当」

「なんでそんなことしたの?」

「彼女が1番球担当だったから」

「1番球……あ、ああ! おじちゃんが言ってたビリヤード!」

「話が通じましたね。それも、ビリヤードの言葉が出てきたということは、私()のゲームルールに気付いた人がいますね?」


 八子が白木の方を見てにやりと笑った。

 白木は微妙に顔をしかめる。


「私は、この体の中に2つの意識を持っています」


 八子が自らの胸に手を置いた。


「生まれ落ちた時からこの体を支配していた黒音と。彼女の男性的な部分を濃縮させた私と」

「男性的な部分ってどういうこと? クオンちゃん、頭の中だけ男の子ってこと?」

「半分正解ですかね。聞いたことはありませんか? IQの高い人間ほど思考や見た目が中性的であると」


 その話を白木は聞いたことがある。

 実際、白木の知り合いの馬鹿みたいに頭のいい奴は、男も女も中性的だ。色んな意味で。


「通常であれば、2つの性の性格を持っていようと、1人格の中で絶妙にバランスをとります。けれど、八子の場合はそう育たなかった」


 八子がやや上を向く。そうして、横髪をひと房人差し指で絡めとって手遊びしだした。


「男女で性格を分けて、女性としての得意部分、男性としての得意部分、その時々で切り替えた方が効率的で有効なのではないかと考えた。結果、人格が完全に2つに分裂した」

「でも、実は効率的じゃなかったとか?」

「いえ。2つの性格を分けるのは効率的で有効でしたよ。でも、両性格の強さが同じになると、主導権争いが起こった」


 くるくるくるくる。

 八子の手遊びは続く。


「生まれたての時はそんなこと考えてなかったんですけどね。たまにでも浮上するのが何年も続くと、本格的に欲しくなるんですよね、完全な主導権が」


 八子が手遊びを止めた。

 細い指から髪がさらりと流れ落ちる。

 遊ぶのを止めた手は胸の前で組まれた。


「だから私達は存在をかけて賭けをした。エイトボールに則ったゲームをして、対象球を先に落とし切った方がもう片方の人格を消し去れる誓いをたてて」

「そのゲームさ、どちらも8番球まで到達しなかったらどうするつもりだったわけ?」


 気になったものだから、白木はうっかり口を出してしまった。

 八子が、見抜いたのはやはりお前かという目で白木を見る。


「主導権をどちらも取れないままで終わるだけですよ」

「だから、機会を逃さないように、警察に捕まるリスクを取ってでも一岩さんを手にかけたと」

「正解」


 八子が軽く拍手した。


「ゲーム勝者さえ決まってしまえば、あとは私達の内面で決着をつけるだけ。外がどうなろうと関係ありません」

「でも、代償に社会的地位を失ったら、後の生活で色々困るんじゃない?」

「ややマイナスから再スタートするだけですよ。これまでのしがらみを捨てられるのだから、逆にスッキリするとも言えます」

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