(39)最終日-8 眠り姫
エレベーターから降りた白木と桃子が何も考えずに通路を進もうとしたら、警察に進路を遮られた。
道をふさぐ警察官の奥からは騒がしい声が聞こえてくる。
何か起きたらしい。
それも、1本しかない通路を完全封鎖するような何かが。
「通れないの?」
「駄目です」
「どうしても~?」
「駄目です」
目的の土産物屋がすぐそこだからだろう。
通行許可を得ようと桃子が粘っている。
そんなに粘っても無駄だろうから、さっさとエレベーターに逆戻りするか、階段でも上って回り込む方が早いだろうにと白木は思う。
指摘するのも面倒なので、桃子が諦めるのを待つ。
ところが、なかなか桃子が折れてこない。
白水館を出る時間が決まっているのにこんなことに時間を食うのは、お馬鹿さんのやることだと思う。
もっとも、チェックアウトまでまだ時間があるので、暇つぶしがてら遊んでいるのだと言われれば、納得してしまう程度のことなのだが。
「桃ちゃん、警察官さん困ってるし、そろそろ諦めて迂回したら?」
「そうだね。そろそろ解放してあげてもいいかな!」
どれだけ桃子が偉いのだ。
それでも、絡まれていた警察官は解放される予感にほっとしている。
「あ、いや。白木さんに二階さん、少し手を貸していただきたい。こちらに来ていただけますか」
だというのに、封鎖通路の奥から江戸川の声が聞こえてきた。
白木、桃子、警察官そろって顔を見合わせる。
「江戸川警部がお呼びですので、どうぞ」
なんとも言えない表情で警察官が壁際に避けた。
「来いって言われてるけど、桃ちゃんどうする?」
白木的には、江戸川を無視する方を推したいのだが。
「来いって言われてるんだから行こうよ。ここを通れるんだからラッキーじゃん」
「きっと面倒事を押し付けられるよ」
「ぱぱっと終わらせるか無視すればOK」
「無視ねぇ」
姪ながら図太い娘である。
まぁ、知っていたが。
さっさと封鎖通路に入っていく桃子に渋々白木も続く。
封鎖されていた通路はなかなかに悲惨なことになっていた。
血を流している人こそ既にいないが、そこに倒れていたのだろうなという跡が血だまりの形で生々しく残っている。
医療には疎い白木だが、被害者が生きているとはとても思えないほどだ。
そんな悲惨な場所の壁に八子がもたれかかっている。
目は閉じている。
血で汚れてはいるが、本人が傷を負っている様子は見られない。
目の前でショッキングな現場でも見せられて気絶したのだろうか。
八子のほほを江戸川がパチパチ叩いているのが少し不思議だが。
「クオンちゃんどうしたんですか?」
「そのことであなた方の手助けを貰いたくて呼んだんです。彼女の意識を戻していただきたい」
「ほえ?」
「八子黒音が一岩浅黄を刺したんです。うちの者が見ていたから間違いない。その八子が逃げないように、うちの者が拘束した。そこまでは特に問題は無かったらしいんですが」
「はぁ」
「一岩浅黄を止血して控室に運んだりしている間に、八子の様子がおかしくなったらしくて」
江戸川が八子を見る。
「いや、一岩を刺した時からおかしかったのか? まぁよくわからないんですが、場に不釣り合いに笑って、これで私は1人になれると言って意識が無くなったらしいんです」
「はぁ」
江戸川が言っていることがいまいちわからない。
聞いている限りだと、江戸川もよくわかっていないようだが。
「八子黒音には何が何でも話をしてもらわねばなりません。このまま眠ったままでは困ります。あなた方、彼女とは仲が良かった方でしょう? 彼女がこうなった原因など知りませんか」
仲がいいのは桃子だ。
白木は桃子を見た。
桃子がチラと白木の方を見て、無理といった感じで首を横に振る。
「残念ながら、僕達じゃお役にたてないみたいで」
「そうですか。困りましたね」
困った様子で江戸川が八子の頬を叩き続ける。
叩くといっても、軽くペチペチとやる程度のことなので、熟睡している人なら起きなさそうだ。
「本当にクオンちゃんが一岩さんを刺したんですか?」
「間違いありません。自分達が見てたんで」
見たことのある警察官が横から言う。
一岩か八子か、どちらかに付いていた警察官だろう。
その言葉を聞いた桃子は難しい顔で八子を見下ろし、腰を下ろして、八子の頬をかなり強めに叩いた。
ばちーんといい音がしたので、なかなかの衝撃のはずだ。
手加減しまくっていた江戸川は目を丸くしている。
「起きてよクオンちゃん。一岩さんを斬っちゃったっていうんなら、理由を教えてよ。クオンちゃんがなんでそんなことをしたのか、モモ、すっごく気になってるんだから」




