(37)最終日-6 犯人は私です1
八子に付いていた警察官が1人減った。
八子に理由はわからない。
けれど、館内と館外。部屋の扉側とベランダ側の両方に見張りがいる状態からは解放されるのだと思うと、少し気が軽くなった。
だからといって、何がどうというわけではないのだけれど。
大食堂から出たら、とりあえずエレベーターで下の階に降りねばならない。
大食堂から出てすぐのエレベーター昇降口には、警察官を2人連れた一岩がいた。
八子よりほんの少し早く大食堂を出ていたはずだが、籠が来るのを待つ間に追いついたようだ。
警察官2人が付きっぱなしのせいか、やつれた様子の一岩が忍びない。
エレベーターが来た。
乗客は一岩と八子、警察官が3人。
一般客もエレベーターを待っていたのだが、八子達と共に狭い空間に閉じ込められるのを嫌ったのか、乗ってこなかった。
正解だったと思う。
空間の空気が重い。そして張りつめている。
「一岩さんは、お土産はもう買われました?」
努めて普通の調子で八子は話しかけた。
「え? お土産? そういえば、もう少ししたらこの旅行もお終いでしたね。忘れてました。どうしよう」
「1Fのお土産屋さんを見てみたらどうです? 昨日軽く回ってみたんですけど、試食したお菓子とかおいしかったですよ」
「まぁ、そうなんですね。良かった。このままだと鹿児島中央駅か空港で買わないといけなくなるところでした」
「駅と空港にも色々あるみたいですけどね」
「ええ。でも、家族には指宿の物をと言われていたので。危うく怒られるところでした」
一岩が困ったように肩をすくめた。
「私、今からお土産を買いに行くんですけど、一岩さんも一緒にどうです?」
「行きたいのはやまやまですけど、私、財布を持ってきていなくて」
「この旅館、どこの施設の支払いも、部屋番号を言えばチェックアウトの時のツケにできるみたいですよ」
「そうなんですか? 便利な世の中ですね。それならご一緒しようかしら。八子さんは先に一回り見られたんですよね? お薦めとかあります?」
一岩が本来降りるはずだった2階にエレベーターが着いた。
けれど一岩は降りずに閉めるボタンを押す。
本気で八子と共に土産屋を見て回るつもりらしい。
「ご家族のお土産指定、指宿のどういうものがいいとかってあります?」
「いえ別に。ただ、どこでも買える物以外がいいとは言ってましたけど」
「ああ。そういうのは確かに思いますよね。あげる側としても、そこでしか手に入らないものをあげたくなるというか」
「そうそう」
エレベーターが1階についた。
先に八子と一岩が出る。警察官3人は少し離れて付いてきた。
「私もここでしか手に入らない物が欲しいんです。そのために協力してくださいますよね? 一岩さん」
疑問形で訊ねながらも返事を待たず、八子はポシェットから果物ナイフを取り出した。
素早く抜いて一岩の首の頸動脈を斬りつける。
当たり前のように血が噴き出した。
「ぇ、あ」
斬られた一岩自身は何をされたのかよくわかっていなかったようで、一瞬声が出る。
そのまま白目をむいて倒れた。
一面に血が飛び散る。
現場を見た客が騒ぐ。
八子は後ろにいた警察官に羽交い絞めにされた。
警察官の1人は無線で救急要請をしている。
一岩は助かるだろうか。
駄目だろうか。
まぁ、この際どちらでもいい。
もう1人の八子との間で、今の一岩殺しは有効と判定されたから。
「んふふ。あははっ」
笑いがこぼれる。
警察から拘束される力が強くなった。
「何を笑っているんだ! 人が死にかけてるんだぞ!!」
「ああ、そうですね。すみません」
さすがに場にそぐわない態度すぎた。
笑いを抑える。
けれど完全には抑えられなくて、口の右端が上がるいびつな笑いが残ってしまった。
けれどまぁ、これくらいはいいだろう。
何せ記念すべき瞬間だ。
八子に割り振られているローグループの人間を全て処理できた。
これで、もう1人の人格を消し去る権利を持てる。
この先は八子の内面で完結できる事柄だ。
リアルの体が拘束されようがどうでもいい。




