(22)6日目-1 止まらぬ不審死
5月1日(水)
8:30 白木宅
携帯が騒がしく鳴り続けて白木の目が覚めた。
時計の示す時刻はまだ早い。
もうしばらく寝てから折り返せばいいだろうと、白木は寝の態勢に戻る。
繋がらない権利を発動だ。
けれど携帯の呼び出しは止まらない。
仕方なく白木は電話に出た。
スピーカーの向こうからは甲高い女子の声が意味不明な言葉を並べている。
白木の頭が起きていなくて意味がわからないのか? と最初は思ったが、どうにも違う。
電話の向こうで喋っている桃子の文章が意味を得ないのだ。
「桃ちゃん落ち着いて。深呼吸してから、一番伝えたいことだけ言ってくれない?」
「死んだの」
「何が」
「人が」
「また?」
「また」
「企画に参加してる人?」
「そう。モモはあんまり話したことないんだけど、おじさんが」
桃子から見たおじさん――ある程度年のいった男性が亡くなったのだろうか。
企画参加者には1人1人警察官がついて監視兼警護にあたっていたはずだ。
その目を掻い潜って犯行が行われたというのだろうか。
少し考えてみたけれど、何が起こっているのかよくわからない。
「それで、桃ちゃんはなんで僕に電話してきたの?」
「なんで?」
疑問形の返答が桃子の口から洩れる。
しばらく沈黙が流れた。
「わかんないよ。ただ、何が何でもおじちゃんに電話したかったっていうか、近くに来て欲しいっていうか」
「僕がそっちに行くの?」
「だって、おじちゃんも狙われるかもしれないよ? 一時的にだけど、モモ達と一緒に動いちゃったし。お巡りさんがわらわらしてる場所にいる方が安全だと思うんだけど」
「でも、そのおじさん、旅館内で亡くなってたんだよね?」
「そうだけど。もう、そんな意地悪言わなくてもいいじゃん! モモは、おじちゃんも心配だし、何よりモモがおじちゃんに近くにいて欲しいの!!」
最後は大声で言い捨てて通話が切れた。
あの様子だと、かけ直したところで冷静に会話をするのは厳しそうだ。
桃子の希望どおり白木が白水館へと出向くのが、事態を一番丸く収められそうな気がする。
手早く身だしなみを整え白水館へ向かった。
館内にはすんなり入れた。
真っ先に目に入るのは、昨夜より増員された警察官の姿だ。
厳しめの視線を感じつつ歩く作業は楽しくない。
他の一般客同様、白木も少しだけ肩身を狭くして通路を進んだ。
面倒事の深みに自らはまりに行くような感覚がある。
実に嫌な事態だが、可愛い姪のためなので仕方ない。
半分諦めの境地で桃子の部屋前まで到着。
ドア前に立っていた警察官に軽く会釈してドアを叩いた。
部屋の中から物音がする。
けれど、ドアが開く前に、会釈した警察官に声をかけられた。
「どちら様で何のご用ですか?」
「えとー。この部屋の客の叔父で、姪から呼び出しを食らったんで来たんですけど。僕のことは江戸川さんがご存じですよ」
「はい?」
話している途中でドアが開く。
中から桃子が飛び出して白木に抱き着いてきた。
「おじちゃん! モモね! モモね!! もうね――」
「ああ、はいはい。ここで騒ぐと他のお客さんの迷惑になるから、部屋に入ろっか」
桃子をなだめながら部屋に戻るように促す。
そんな白木達に慌てた様子で警察官が言ってくる。
「勝手に部外者と接触するのはご遠慮願います。身の安全を保障しかねますが」
「だったらお巡りさんも一緒に部屋に入ってくればいいじゃん。おじちゃんに危険性も何もないよ。モモは1人の方が不安なの」
言いぱなっしで桃子は部屋に戻る。
警察官が一緒に部屋まで入ってくるかと、白木は入り口でドアを開けた状態で待ってみた。
けれど、動揺しまくりの警察官が部屋に入ってくる気配は見られない。
見切りをつけて白木はドアを閉めた。
用があれば何か言ってくるだろう。
「で、少しは落ち着いた?」
部屋に備え付けの茶セットで白木は勝手に茶を淹れる。
一応桃子の分まで2人分。
途中寄ったコンビニで調達したおにぎりを朝食にした。
桃子から何か言いだすまで他のことを話すのは気が引けたので、食べ終わった後は持参した文庫本を開く。
長期休暇中に読もうと積んでいた本が数冊あるので、時間つぶしには困らない。
部屋に入った時からTVで流れていた情報番組の企画が変わった。
画面には白木達が今いる旅館が映し出されている。
旅館の建物を背景に駐車場で中継をしているアナウンサーが神妙に語りだした。
白木達が巻き込まれている不審死事件についてだ。
『将棋の竜王戦も行われる由緒正しい旅館で、いったい何が起こっているのでしょうか』
「そんなのモモが知りたいよ」
茶をすすり、白木が買ってきた菓子を奪いながら桃子がぼやく。
「ねぇおじちゃん。このまま事件が解決しなくても、モモ達予定日に帰れるよね?」
「どうだろうね? 僕はそういうことには詳しくないから。警察の人に訊くしかないんじゃないかな」
「おじちゃん的にはどう思う?」
「理由をつけて帰らせないと思うね」
「やっぱりそうだよねー。ついでにさ、外に遊びに行くのもダメだよね?」
「かもね」
正直、警察官同伴でよければ外出許可が下りそうな気はするが。
桃子が出かけたいと騒ぎだすと白木にも面倒が降りかかってきそうなので、指摘しないでおく。
「ここに缶詰めな毎日なんて嫌だよーーーー!」
両手を広げて背伸びした桃子は、そのまま大の字になって畳に転がった。
すぐに、あっちにコロコロこっちにコロコロ始める。
「おじちゃん頭いいらしいじゃん。小説やドラマの探偵みたいにさ、ぱぱって事件解決できないの」
「あれは作り物だからできるんだよ。凡人な僕には無理だよ」




