(17)4日目-6 暇潰しのお誘い2
「どうして僕が総合商社勤めだとご存じなんです?」
「姪御さんが言ってましたよ」
話の出所はそこかと、白木は頭が痛くなった。無意識に頭を抱える。
「桃ちゃん、人のことをペラペラ喋らないで欲しいんだけど」
「自慢したくなるほど大好きな叔父さんなんでしょう」
笑いながら九之坪がショットする。
笑いながらだったせいか、手球はどの的球にも当たらなかった。
ショット権が白木に移る。
九之坪がファウルだったので、手球を自由な場所に置ける権利付きだ。
無難に、先ほど狙って外した1番球を狙うべきだろうか。
「僕が商社勤めなのは認めますけどね。だからって、不思議事件に対してこれといった答えとか出せないと思いますけど」
「そうですか? まぁ時間はありますし。推理ごっこも楽しいと思うんですけどね」
推理ごっこは白木も嫌いではないが。
雑念を持ちながらショットしたからか、的球と一緒に手球もポケットしてしまった。ファウルだ。
ショット権を失ったことだし、少しくらい話に乗ってみるのも悪くないかもしれない。
「ちなみに、不思議事件ってどんなのなんです?」
軽く話題を振ってみた。
「やっぱり興味あります?」
「深入りはしたくないですけど、聞いてしまったからは気になるというか」
白木の返答に、九之坪が満足したような表情になった。
それから、九之坪は思い出したようにポケットから手球を取り出す。
置き場を考えているようだが、中々決まらないようだ。
お喋りに頭を使い過ぎているからかもしれない。
「この企画が始まった4月26日夜、2人が亡くなりました」
亡くなったのは赤津五十一と伊五澤橙吾の2人。
両名とも死亡理由は溺死。
部屋風呂に入っている中での出来事だった。
司法解剖によると、赤津には軽い脱水の症状が見られたらしい。
脱水で意識が遠のき、桶にはった水の中に顔をつけたままになってしまったのではないか。
伊五澤の体からは多量のアルコールが検出されたので、入浴中に睡魔に負けたことによる溺死では、と結論付けられた。
「聞いた限りだと不審なところはありませんね」
「僕もそう思います」
九之坪が手球を置く。
「次の不思議事件が起こったのが2日目4月27日。4人亡くなりました」
亡くなったのは開聞岳登山に参加していた4人。
黒澤五十鈴、小緑十四郎、七海茶和子、六斉堂美緑。
山の頂上で、衆目の前で突然飛び降りたのだという。
それまで4人に不審な行動は見られなかった。
健康状態に不安があっての自殺とも考えられない。
悩みに悩んだ警察は、死亡した4人のうち3人が契約社員やパートアルバイトといった不安定な就労状況であったことに目を付ける。
そうして、将来への不安による自殺ではないかと結論付けた。
主婦の黒澤に関しては、3人の話を聞いているうちに共感して同調してしまったのではないだろうかと。
「原因不明すぎて棚上げしたと聞こえますね」
「棚上げしたくなる気持ちはわかりますけどね。僕も開聞岳登山には参加してて、現場にいたんですけど――」
九之坪が当時のことを話してくれる。
「そんなこんなでして。僕だったら、被害者が夢遊病者だったとか、催眠に掛かってたんじゃないかって上に言いそうです」
「夢遊病者って、そんなにぽんぽんいるもんですっけ?」
「いないと思いますよ。でも、将来の不安や共感で自殺よりはマシじゃないですか? まぁ、自殺か不審死で片付けられるんでしょうけど」
15番球。茶と白のストライプ色の的球を九之坪がポケットした。
「そして次。シーカヤック体験から戻ってきた僕達が、こんな目に遭う原因になった事件ですね。事件が起こったのは4月28日から29日にかけて。4人亡くなったそうです」
亡くなったのは大ハンヤに参加していた4人。
四国紫、紫尾十二愛、橙山十令三、三枝朱絵。
部屋の掃除に入った作業員が、それぞれの部屋で寝た状態で亡くなっている4人を発見したという。
4人からは共通の毒が検出されており、死因は毒死で間違いない。
けれど、なぜ毒を摂取したのか、もしくはさせられたのかがわからない。
死亡者達が生前に不審な行動をしたり言ったりしていなかったかの情報が欲しいらしい。
「僕、その人達と全く面識ありませんけど。そりゃ、昨日大ハンヤには行きましたけどね。全く会ってないし。僕に話せることなんてなさそうなんですけどね」
厳密には八子とは会っているのだが、九之坪に言う必要はないだろう。白木はそう判断した。
「それを言ってしまうと、僕たち、一緒に大ハンヤを回っていた人間にも言えることは大して無いんですよ。祭り当日、4人とも普通に騒いでただけでしたし。あえて言うなら、昼にはしゃぎ過ぎたのか、夜には疲れきってたってことくらいですかね」
「大ハンヤ、地味に歩きますからね」
「ええ。あの日は僕もかなり疲労していたような気がします。普段車酔いしないのに、帰りのバスの中で気分が悪くなってしまったり。まぁ、他の人も寝入ってたりで、似たようなものだったと思いますが」
思い出しながらなのか、ゆっくりと九之坪が喋る。
途中で、頼んでおいた飲み物と軽食が来た。
九之坪がそれを食べ始めたので、白木もつまみつつ、自分の記憶と話を照らし合わせる。
たしかに大ハンヤは白木も疲れたが、普段しない車酔いになったり寝入ったりするほどの疲労度だっただろうか?
疑問が湧いたが、いかんせん、白木と九之坪では祭りの参加日程とメンバーが違う。
行動とメンバーが違えば疲労度も変わるだろう。
「って、いたーーーー!!」
静かなクラブの中に甲高い声が響く。
なんだなんだと声の方に顔を向けると、お怒りの形相の桃子が入口でドアを開けはなっていた。
そういえば、夕食をラウンジで一緒に食べようと誘われていたのだった。
すっかり忘れていたことを白木は思い出して、あちゃーとおでこに右手を乗せた。




