(15)4日目-4 帰れなくなった人達
クルーズ船が岬に帰りついた時、陽はとっぷりと暮れていた。
それでも気持ち程度の照明は確保されていたし、マイクロバスの停まっている駐車場はすぐそこだ。迷子になる要素などない。
なのに、いざバスに乗りこんでみると、2人足りなかった。
参加者の顔と名前をぼんやりとしか覚えていなかった白木は、正直全く気付かなかった。
けれど、ここ数日、運営提案イベントにフル参加していた九之坪と御茶屋が気付いた。
「阿二君と青島君がいないな。誰か何か聞いてないか?」
マイクロバスの先頭で御茶屋が声をかける。
多少ざわつきは起こるものの、これといって明確な答えは出てこない。
そんな中、あ、と九之坪が声をあげた。
「そういえば、僕、青島さんに願掛け岩の話をしたんですけど。そこに行ったとかないですかね?」
「その話私も聞きましたよ。というか、九之坪さんとお話したような?」
「そうそう。僕は一条さんから聞いたような気がします。僕の記憶だと岩の場所が不明なんですけど、一条さんならご存知で?」
「ごめんなさい、私もわかりません。あ、でも、この話を教えてくれた八子さんなら」
「……え? 私ですか? すみません、私が聞いた話でもここら辺の海域としか。どなたから聞いた話だったか忘れてしまいましたし。どなたか、詳しい場所がわかる方、いらっしゃいませんか?」
八子が助けを求めるように周囲に視線を投げる。
願掛けの噂話はここにいるほぼ全員が知っているようだが、岩の場所だけは誰も知らない。
この調子だと、岩の場所は、白木達にもたらされた噂話には含まれていなかったのかもしれない。
九之坪が半腰の姿勢で立ちあがった。
「まぁ、2人共いい大人ですし。行動を束縛しすぎる方が野暮かもしれません。10分か20分待って、それでも来なければ置いて帰っていいのでは?」
「俺も放置でいいと思うね。2人とも若者だし、自由に色々やりたい年頃だろ」
七野があくびをしながら言う。
七野の場合は心配がどうのより、疲れてきたからさっさと帰って寝たいのかもしれない。
「船から降りる所までは2人ともいた気がするんだよな。いくら暗いからって海に落ちてはいないだろうし。それなら、20歳過ぎた大人のプライベートに踏み込みすぎるのはヤボかもな」
御茶屋も不在者2人を気にし過ぎない案に賛成する。
一条や八子、桃子といった若者組は特に主張はせず、そもそもが部外者の白木は口を挟める立場ではない。
阿二と青島がいないことに気付いてから15分後、マイクロバスは白水館に向けて走り出した。
2時間弱ほどかけて旅館に帰りつく。
到着時刻は21時を超えていた。
「きちんとしたお食事処の営業時間は9時までだったはずだから~、ラウンジで軽いものでも食べるしかないかなー。確か、今日の夜はラウンジメニューがタダの日だったし」
あくびをしながら桃子がぼやいた。
食事事情は白木も人ごとではない。
白木の場合はコンビニにでも寄って何か買うか、ファミレスに入るかの2択くらいだが。
水に濡れて地味に疲れているので、コンビニで調達率の方が高くなりそうな気はする。
バスが止まった。
乗降口の扉が開く。
背広の男が乗り込んできた。
「なんだ?」
「誰?」
「警察です」
背広の男が警察手帳を出して頭上に掲げる。
車内のざわつきが一発で消えた。
「なんで警察?」
「わかるわけがないよ」
代わりにヒソヒソと小声が流れる。
「あなた方も参加している企画の参加者に再び変死者が出ました。これまでの死亡事故と関係があるかもしれません。関係者から広く事情聴取を行っております。ご協力ください」
「また?」
「また誰か死んだの? この企画呪われてるんじゃない?」
「呪われてるというかおかしくないか?」
疑惑の声が車内に溢れる。
周囲では「またか」といった声が出ているけれど、そこら辺の事情を白木は詳しく知らない。
昨日の朝方に、不審死した人が出たという話を桃子から聞いた気がするようなしないような。
その程度の認識だ。
そんなことをぼんやりと考えていて、白木は大切なことに気付いた。
そろそろと右手を上げる。
「あのー。僕、今日のシーカヤック体験だけ企画の皆さんとご一緒させてもらっただけの部外者なんですけど。その事情聴取、僕も受けないと駄目ですか?」
「は?」
わけがわからないといった表情で警察官が白木を凝視する。
「すみません。もう一度」
「僕は部外者で、今日だけたまたま企画参加者のみなさんと一緒に動いていただけなんです。事情聴取されても何も答えられませんよ?」
「あー」
警察官が困ったように虚空を仰ぐ。
判断に困ったのかどこかに電話をしだした。
その相談もすぐに終わる。
「とりあえず事情聴取するとのことでした。企画に参加していないからといって、犯人でないとは限りませんから」
「そうですか」
特に抵抗せず白木は大人しくなる。
こういうのは、無駄に逆らわずに流すのが一番早く解放されるもの、そう思えたから。




