(14)4日目-3 サンセットクルーズ
九之坪と二階が危うく海に落ちそうになったのを白木が支える。
「すみません! だから、どこかに掴まって歩きなって言ったでしょ桃ちゃん。何やってるんだよ」
「だって急に大きく揺れるとか思わなかったんだもん! あ、九之坪さんごめんなさい」
白木と二階が揃って頭を下げる。
九之坪は苦い表情ではあるけれど、特に怒っている様子はない。
むしろ、青島と喋っていた時より機嫌よくなったように見える。
「落ちなかったので問題なしですよ。でも、二階さんは、叔父さんの忠告に従っておいた方が良かったかもしれないね」
「うぅ~」
「まぁ、それはそれで、過ぎたことだから忘れて。白木さん、僕、あなたと少し話してみたかったんです。二階さんのおかげで話すきっかけを作れたみたいだから、怪我の功名っていうのかな?」
「え? 僕とですか?」
「モモいい仕事した?」
白木と二階がきょとんとした表情になる。
九之坪はくすりと笑った。
九之坪の興味は完全に白木に移っている。
九之坪との仲を深めようと思っていた青島からしてみたら、いい迷惑だ。
けれど、もう、九之坪の気をひくために良い女を演じる必要はないだろう。
青島は気を抜いた。
「ああ、そういえば。青島さん」
「ひゃい!?」
そんな時に九之坪に振り向かれたものだから、青島の声が裏返ってしまった。
「驚かせてしまいました? すみません」
悪いと欠片も思っていない調子で九之坪が上辺だけの謝罪をする。
なにせ彼の顔は笑っているのだから。
その態度も顔も、いちいち青島好みで悔しい。
「聞いた話なんですけどね、ここら辺の海のどこかに、夕焼け時だったか日没後だったかに恋人と参ると、恋が実るって願掛けのできる岩があるらしいんですよ」
「は? 願掛け?」
「ええ、願掛け。僕はそこら辺に興味が無いんで細かい所は忘れてしまったんですけど、そういうのがあったなと思って」
「それをなんで私に?」
「好きそうだなと思って」
それだけ言って九之坪は白木の方に向き直ってしまった。
青島への話は終わりらしい。
そんな九之坪の方に二階が踏み込む。
「九之坪さん何その話! 細かい所思い出そう!?」
「うわっ。二階さんもこういう話に興味あったの? まいったな。これ以上は知らないんだよ」
「えー!? 九之坪さんデキル男でしょ!? きっと思い出せるよ。頑張れ!!」
「そんな言われても……。困ったな」
九之坪が本気で困った様子を見せる。
そんな彼に詰め寄っている二階の肩を白木が軽く引いた。
「桃ちゃん。お兄さん困ってるよ」
「九之坪です」
「これはご親切にどうも。名前をきちんと憶えてなくてすみません。改めて、九之坪さん困ってるよ。我儘言わないで謝りなよ」
「ぶー。おじちゃんも九之坪さんもロマンスが足りないよ! そんなのだから30超えても結婚できないんだってお父さん達言ってるもん」
「いやそれ、今は関係ない話じゃ」
「30超えても結婚できないって言われてしまうと、僕も条件に当てはまってしまうんだけど」
九之坪の発言に、二階と白木が九之坪をじっと見た。
二階白木コンビはすぐに九之坪から目をそらし、互いに視線を交わし合って、白木だけが疲れたように息を吐く。
次いで、白木は軽く頭を下げた。
「流れ弾すみません。うちの姪にデリカシーが無くて」
「いえいえ。嫌みが無いので逆に潔いですけどね」
楽しそうに九之坪が笑う。
二階は不服そうに騒いでいるけれど、男2人から相手されていないので、そのうち飽きるだろう。
それより何より、あの3人の輪に青島は入れそうにない。
「恋人と結ばれる願掛け岩か」
船べりに手をかけ青島は海上に視線を投げる。
陽が更に落ちてあたりは暗くなってきている。
願掛け岩にしめ縄がしてあったりしても、気付けなくなる確率が高くなるだろうなと思えた。
そもそも、恋人と参る場所は決められた場所でなければならないのか。
2人がそこが願掛け場所だと思えば、そこで良い気がする。
素直に願掛けもいいが、どうにも浮気がちな阿二を人気の無い場所に連れ込んで、少しお灸をすえてみるのもたまにはいいかもしれない。




