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(11)3日目-6 明日のお誘い

「あ」


 飴を口の中で転がしつつ桃子が言った。


「なに?」

「いやね。何も考えずに黒音ちゃんを晩ご飯に誘っちゃったけど、何か用があって1人で行動していたんじゃないのかなって。運営の用意してた大ハンヤ見学ツアーで来てるなら、他の人も一緒にいそうだし」


 桃子の意見に白木は呆れた。

 飴の不味さを少し忘れる程度には呆れた。


「桃ちゃんね。いまさらそれを言いだしちゃうわけ? ご飯誘う前に確認したんじゃないの?」

「うっかりってやつだよー。うっかりは誰でもあるじゃん?」


 欠片も悪びれる様子なく桃子が開き直った。

 相変わらず八子はにこにこしている。


「運営さんの用意してくれたバスでは来ましたけど、特に問題ありませんよ。実は、運営さんが夕食に指定してきたお店のメニューが私の苦手なものだったんです。それを食べたくなくて、適当に理由を付けて逃げてきちゃって。二階さんに夕食に誘っていただいて、美味しいご飯を食べられて、逆に助かったというか?」

「そうなんだ~。モモってばグッジョブじゃん」

「たまたまね」


 褒めるとどこまでも桃子が調子に乗りそうなので、白木は釘をさすのを忘れない。

 その様を見て八子がくすくすと笑った。

 ごまかすつもりで白木は咳払いする。


「で、八子さんはどうやって旅館に帰るの? 運営が用意したバスで帰るのなら、バス乗り場まで送っていくけど」

「おじちゃん何言ってるの? 一緒におじちゃんの車で帰ればいいじゃん」

「桃ちゃんね。人には色んな都合があるものなんだよ。なんでも自分のペースに巻き込んじゃいけません」

「車で連れ帰っていただけるのであれば、大変ありがたいのですが」


 申し訳なさそうに八子が小さくなった。


「僕の車でいいの?」

「むしろ乗せていただきたいというか。帰りに使うつもりだったのは、20時にウォーターフロントパークの駐車場から出発予定のバスでしたから、今から乗り場に向かうと間に合うか微妙ですし」


 白木は腕時計に目を向けた。

 時刻は19:42。

 最速で動くなら、今から会計を済ませてタクシーを拾ってウォーターフロントパークに八子を送り届けるとして――。

 考えるだけ無駄としか言いようがないほど間に合わない。


「僕の車が無かったら、どうやって帰るつもりだったの?」

「最悪電車で帰ればいいかなと。指宿駅からはタクシーを使えばいいですし」


 至極もっともな意見であるけれど、学生の身分で、タクシーを拾えばいいという考えに行きつく大盤振る舞いっぷりが清々しい。

 八子黒音。

 清楚な見た目をしているのは、財力のあるお嬢様だからなのかもしれない。


「まぁいいや。ご飯食べ終わったし、指宿までそこそこ時間がかかるし、帰ろうか」


 白木は立ちあがった。

 3人分の会計を済ませて店を出る。


 駐車場にはすぐに着いた。

 白木と2人の時は助手席に座る桃子だが、今回はさすがに後ろに乗った。

 八子と一緒に後部座席で喋るなり寝ていてくれると、白木としては気楽でとてもよろしい。


 車を転がし始めても、女子2人は寝ずに喋っている。

 桃子が大ハンヤの興奮を語り、八子が上手いこと合の手を入れてくれている感じだ。

 それも30分も経つと落ち着いてきて、桃子が軽く伸びをした。


「はぁ~。運営、結構面白いイベントを観光案内で出してきてくれてるのかも。ってことは、それに乗っていくのが、この企画を最大限楽しむ秘訣? 明日って何かイベント提示されてたっけ? 黒音ちゃん覚えてる?」

「明日のイベントですか? 私も覚えてませんけど、何かあったような気がしま……あ、そういえば、イベント予定の書かれた紙を持ってきてたような」


 八子がポーチを開く。几帳面に折りたたまれた紙がすぐに出てきた。

 八子が紙を開く横で、桃子はスマートフォンのライトで紙面を照らす。


「明日はシーカヤック体験とサンセットクルーズが提案されていますね。参加予定の人は29日0時までに旅館受付で申し込みを、となっていますから、帰ってから参加申し込みをすれば大丈夫だと思いますけど」

「シーカヤックってなんだっけ?」

「カヌーみたいな乗り物で海を渡るみたいですよ」

「何それ面白そう! おじちゃん、明日はこれ行こうよ!」

「運営さんが提案してるイベントに参加するなら、いいかげん僕とじゃなくて企画参加者さんと行ったら? 八子さんととか」


 とても仲良しさんが1人でもいれば、そんなに仲良くない人だらけの中でも大丈夫だろう。

 そうすれば白木は晴れてお役御免。休みの生活に戻れる。

 桃子は企画参加者と仲を深められて、白木、桃子、2人にとって良い結果となる。


「黒音ちゃんと行くのも楽しそうだけど。モモはおじちゃんとも行きたいんだよね。だからさ、おじちゃん、モモ、黒音ちゃんで動くってのは?」

「それはちょっと」


 白木の接待対象が増える最悪のパターンだ。

 何がなんでも辞退したいところである。


「それなら、企画のイベントに白木さんが乗っかってしまっては? これだけルーズに組んでる旅行企画ですから、部外者が1人増えるくらいOKが出そうですけど。運営さん、旅館の受付を通して、質問は常時受け付けているようですし。問い合わせてみては?」

「そうなの?」

「ええ。初日に、白水館に向かうバスの中でガイドさんが説明なさってましたよ。二階さん、覚えていませんか?」

「忘れてたよ! 黒音ちゃんよく覚えてたね! 凄いね!」

「それほどでも。それじゃぁ、旅館に帰りついたら、まずは受付に行きましょう」

「はーい」


 白木は行くとも行かないとも言っていないのだが、今更口を挟める雰囲気ではない。

 運営、部外者は駄目だと切ってくれと、心の中で祈っておいた。




 女子2人を旅館に送り届けて1時間後。

 白木の体験ツアー参加の許可が降りたと桃子から連絡が来て、白木はがっくりと肩を落とした。

 姪から解放される日はまだ来ないらしい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いや~、前回「インテリジェンスが~」って言ってたのはですね、この様々な鹿児島案内的な描写ですよええ。 まあね、そりゃあ今どき、ちょちょいとネットで検索すればいくらでも出るって話かも知れませ…
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