(10)3日目-5 美女と炊き肉
4月28日(日)
18:00 鹿児島市街地商店街
白木が桃子に振り回され続けた大ハンヤも、残すは参加チームの順位発表と総踊りだけになった。
個性豊かなダンスショーを思う存分見て、桃子は大満足したらしい。
大満足したから、順位発表も総踊りも見なくていいと言う。
白木としては、ここまで参加したなら総踊りまで見たいのだが、桃子が更なる我儘を言いだしたせいで諦めざるをえないというか。
立場が弱い叔父の悲しみである。
「おじちゃんお腹すいた」
「知ってるよ」
「肉県鹿児島ご自慢の、美味しいお肉が食べたいの」
「だから向かってるよね、美味しいお肉が食べられる店に」
「おじちゃんお肉」
「喋ると無駄に腹減るよ」
姪を適当になだめつつ目的の店に向かう。
そうこうしていたら、急に桃子が騒ぎながら走りだした。
「黒音ちゃんじゃん! ぉーい!」
桃子が走っていく方向は白木の進んでいる方向とは違う。
白木としては桃子を放置して進んでもよいのだが、はぐれたら何かと面倒だ。
仕方なく白木も桃子に続く。
すぐに桃子は立ち止まって、清楚な見た目の女子の隣で楽しそうに喋りだした。
「企画で仲良くなった子?」
「そうだよー。八子黒音ちゃんていうの。美人さんでしょ? おじちゃん惚れるなよ」
「えと? 二階さん? おじちゃんって――」
突然の乱入者に八子はついていけていないようだ。
そんな八子に白木は軽く会釈する。
「どーも。二階桃子の叔父です。うちの姪がうるさくしまくってると思いますが、相手してくれてどうも」
「こちらこそ、姪っこさんに良くしていただいています。八子黒音です」
八子は丁寧に頭を下げてくれた。
「それで、二階さんの叔父様がどうしてここに?」
「おじちゃん鹿児島に住んでるんだ。というか、モモ達の泊まってる温泉の近くに? だからさ、遊び回るのに付き合ってもらってるの」
「そうなんですか。優しい叔父様なんですね」
八子が白木の方に軽く視線を向け小さく笑った。
その笑みは実に上品だ。
桃子も見習えばいいのに、そう白木が思うのも仕方ないと思う。
「黒音ちゃんはなんでここにいるの? って、あ。ひょっとして、黒音ちゃんも大ハンヤ見にきたとか?」
「ええ。運営さんがお薦めしてくださっていたので。二階さんも大ハンヤ見学ですか?」
「うん」
「どのチームも素敵な踊りでしたね」
「だよね! モモはさ、この、大ハンヤを見るのが、企画で一番の楽しみだったんだ!」
特にどのチームが最高だったのどうのと、桃子のダンス感想が止まらない。
それを、嫌な顔一つせずニコニコと聞いている八子は大人だ。
そして、仲良くなった友達と合流できたのであれば、桃子を友達さんに押し付けるチャンスだ。
「仲良しさんと合流できたなら、これからはその子と動くよね? 僕はここでお役御免ってことで」
「そんなわけないじゃん! モモのお腹は減りっぱなしだよ! 黒音ちゃん晩ご飯もう食べた? まだなら一緒に食べない? おじちゃんが美味しいお肉屋さん知ってるんだって。おじちゃんの奢りだよ」
我儘大王を押しつけるチャンスどころか、接待相手が1人増えそうなピンチだ。
「ご飯はまだですよ。一緒に行くのも構わないのですけど、私まで奢っていただいては悪いのでは?」
「いいよいいよ。おじさん、女の子1人分の食事代が上乗せされても困らない程度は稼げてるから。じゃ、お友達さんも一緒に行こっか」
ここで断れば男がすたる。
ちっぽけなプライドを守るために、白木は薄く笑顔を浮かべて食べ物屋への歩みを再開した。
八子も連れだって食べ物屋に入る。
炊き肉セットを3つ頼んだ。
先に飲み物が出てきたので、飲みつつ女子達のお喋りを聞き流す。
そうしていると、真ん中のくぼみに薄切り肉と野菜と出汁が入れられた鉄板が出てきて火にかけられた。
「何これ何これー!」
「炊き肉っていうんだよ。ほら、ぐつぐつした出汁の中で野菜や肉に火が通ってきたでしょ? これを取って、タレに付けていただくんだよ」
「うんまっ」
「さっぱりしていて美味しいですね。普通の焼き肉よりお野菜をたくさん食べられるしで、体にも優しそうです」
肉の余分な脂は出汁の中に落ちていることもあって食べやすい。
鉄板に盛られていた肉と野菜はぺろりとなくなった。
タイミングを見計らって、うどん、続いておじやセットが出てくる。
久々の炊き肉に白木はとても満足した。
桃子も満足したようでご満悦顔だ。
八子は鞄から飴を取り出して舐めていた。
炊き肉を美味しそうに食べていたけれど、実は口に合わなかったのだろうか?
「炊き肉、あんまり好みじゃなかった?」
「いえ、ちょっと口の中をさっぱりさせようと思って。焼き肉屋さんに行くと、お会計の時にいつも飴をもらうので、それと同じ感覚で。あ、二階さんと叔父様もいかがです?」
八子が白木と桃子に飴を出してきたので、2人はそれぞれ頂いて口に放り込む。
途端に顔をしかめた。
「まずっ」
「個性的な味をしてるね」
「私もまずいと思います」
八子が口の左端を上げて困ったように笑った。




