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TOKYO異世界不動産 2軒め  作者: すずきあきら
第二章 物件調査は真夏のビーチで
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2

なんと、今回も間取り付です。それもいっきに2点! ご覧あれ~、です。


 ……事情は、約一週間まえにさかのぼる。


 いつもの夷やの店内。


 うららかな午後の日差しの中、ソファーでいつものうたたね、そこへ、


『昼寝かい。いい御身分だね』


『ふぁあ? ……ぬわっ! お時婆、じゃない、オーナーじゃないか。いや、ほら、昼寝なんかじゃなくてこれはだ、どうしたらもっと客が増えるか、売り上げが上がるか、瞑想を、だなぁ』


 突然の声に跳ね起きる源大朗の目の前、子どもくらいの身長の老婆が仁王立ちしていた。


『ふんっ。さっき通りかったときも寝転がって、顔に新聞乗っかってたがねえ。おまえさん、一時間以上も瞑想してたのかい。仕事熱心なこったねえ』


 年齢不詳だが、七十歳に近いのではと思われている。名前も、お時、としか知られていない。


 だが異常に元気だ。もともとこの辺り一帯の地主で、いまはおもに銭湯・富士見湯の番台にほぼ一日いる。


『んー、ま、まぁ、いつまで経っても景気も良くならないし、どうやったら夷やを盛り立てられるかって、儲けをがっつり出してオーナーに……』


『あたしゃオーナーなんかじゃないよ。こんなしみったれた店のオーナーなんか冗談じゃないさ。会社の登記上、名前を貸しただけでね、ただの大家だよ。将来の大儲けなんざ、夢みたいなこと言ってないで、それより先々月の家賃、まだなんだけどね』


 ギロッ、皴の向こうから鋭い眼光が飛んでくる。


 いまの話のとおり、夷やの設立にかかわり、ここ、夷やの入る物件を提供しているのもお時なのだ。むろん家賃はきっちり取り立てる。


『うっ。ま、まぁ、そうだな、もう先々月になるか。時の経つのって、早いもんだな、ははっ!』


『このまま先々々月にする気かい。季節が変わっちまうよ』


『お茶、入りました。どうぞ、お座りください』


 まだ続きそうなお時の毒舌、もといまっとうな苦情をやんわりと遮るのはラウネアだ。笑顔で湯気の立った湯飲みをカウンターテーブルに置く。


 茶托に乗った湯飲みを一瞥して、お時、手を伸ばす。一口すすって、


『……ふん、なかなかうまい淹れ方じゃないさ。お湯の温度、茶葉の量、蒸らし時間、合格だよ』


 ラウネアを見上げる。


『ありがとう、ございます』


『あんた、たしか』


『はい。ラウネアです。あの……』


『そうかい、あんたがあの種から。ほぉ、こりゃあずいぶん育ったねえ。姿かたちも申し分ない。よほど育て方が良かったんだねえ』


 お時の目が、ラウネアを下から上まで撫でるように見回す。ラウネア、恥ずかしそうに頬を染め、


『ありがとうございます。源大朗さんのお世話がいいものですから』


 まだ視線の注がれている気がする胸を、無意識に盆で覆った。


『おいおい、それ以上はセクハラだぜ、婆。それにオレは、世話なんざなんもしてないが、な』


『ふん、従業員の健康やら働き具合をチェックするのはオーナーの役目じゃないのかい』


『いやだから、さっきオーナーじゃないって自分から』


『んなことはどうでもいいよ。あのね、アルラウネはただ土や水がいいだけじゃない。植えた者、傍にいる者の心根ひとつでどうとでもなるものさ。ちびたいびつな形にも、邪悪な毒草にもね。そこへいくと……、まぁいいさね。それと、そこの、不愛想なの、そう、おまえだよ』


 次にお時の指名にあったのは、


『……こんにち、は』


 キアだ。奥の机で、PCをいじっていたのだ。


『挨拶が遅いよ。というか、見慣れない顔だねえ。……まさか、おまえ』


『ああ。前も見てるはずだがな。そのときとは、だいぶ変わってるかも、な』


『ほぉ、そうかい。女の子だったのかい。そういえば雄さんに聞いたような気がするね。ま、しっかりおやり』


 雄さん、香月雄二。この近くに開業する初老の町医者である。、キアの異世界からの移籍、夷やへの就職にも尽力してくれた。


『……はい。ありがとう、ございます』


 ぺこっ、と頭を下げるキア。


 一瞥してお時、改めて源大朗に向き直る。


『さてね、こんなことで油を売りに来たんじゃないんだよ。あんたにやってもらいたいことがあるのさ』


『え、そうなのか』


『安心するんじゃないよ。滞納してる家賃がなくなったわけじゃないんだからね』


『あ、ちぇっ』


『なんだい。行儀が悪い。まぁ、いいさね。ことに、仕事っていうのは……』


 そこまでお時が言ったときだ。


 ガラッ! 勢いよく表戸が開き、同時に、


『やっほー! コーヒー持ってきたよー!』


『ぁの、こんにちは』


 そこに立っていたのは、おなじみ、メイド姿のマレーヤとアスタリだ。マレーヤがトレーの上にコーヒーカップを、アスタリがコーヒーポットを持っている。


『なんだ、おまえら急に』


『だって、お客さんが来たっぽいじゃぁん。だからコーヒー持ってきてやったんだぞ! おっさんは黙ってお金出して来れば、って、えっ! お時婆さ……』


『御婆さん』


 あわててアスタリが言い直すも、お時にギロッ、とにらみ返されて、あわてて頭を下げた。


 このふたりがアルバイトとして働いている喫茶店もまたお時の店で、その店の屋根裏に住まわせていることと併せて、お時はふたりの保護者、保証人でもある。


『まったく、騒がしいったらありゃしない。なんのために店を任せてるんだか。こっちも行儀がなってないねえ』


 さっそくお時に小言を食らうふたり。


『ごめんなさい……』


 ふだんいきおいのいいマレーヤも、お時の前では塩を振った青菜のようだ。


 ひとまずふたりを静かにさせたところで、お時、


『なんだったかね。そうそう。源大朗、あんたに仕事だよ』


『ほぁ。誰かいいお客さんでも紹介してくれるのか』


『そんなのは自分で探すんだね。それが仕事だろうさ。仕事ってのはね、あたしの言う物件を見に行って、評価してほしいのさ。場所は……』


「……物件調査。それがここ、だったんだよな」


 源大朗が吐き出す。改めて、吹き抜けの天井を見上げながら頭をボリボリ。


「はい。海辺の別荘って聞いたとたんにマレーヤが」


『えー! 行きたい行きたい! 連れてって、おっさん! ぜったい行く行く! ねっ、アスタリも行くでしょ! キアも行くよね! てか、行くし! ぜったい行くもん! だってビーチだよ! 夏だし、ビーチだし、海辺の別荘だし! 水着買ってぜったいぜったい行くんだからー!』


「大暴れ、だった」


 キアもちょっと引くほどだった。


 ところがそんなマレーヤのわがままに、


『おいおい、仕事だぞ。遊びじゃないんだからな』


『いいじゃないかい。行っておいでな』


 たしなめる源大朗とは逆に、意外にもお時が許可を出した。


 これにはマレーヤ、


『えー! 海だし夏だしぃ! マレーヤもアスタリもピチピチのJKなんだからぁ、キアなんかかわいJCだしぃ! ぜったい行きたいぃー! って、えっ、はっ!?』


 さらに駄々をこねるつもりがすかされ、目をぱちぱちしながらお時を見つめる。聞き間違いなのでは、と頭の上の耳を自分でひっぱってみるほど。


『ぁ、あの』


 アスタリが聞き直す。お時、ニヤッ、と笑って、


『行ってきな。おまえたち、それに、そっちの小さいのもね』


 こうして源大朗とマレーヤ、アスタリ、それにキアの四人でここ、葉山のこの洋館に来ることになったのだ。


「ひとりだけ、ラウネアが留守番なのは、悪いことをしたがな」


「なにか、お土産を買って帰らないと、ですね。ラウネアさんに」


 そうするうちにも、


「ねえー! なにやってるのぉ! みんなおいでよぉ! こっち、お部屋も広くて最高だよ! 早くってばぁ!」


 別の部屋から出て来たマレーヤが階上から手を振る。


「遊びに来たんじゃないぞー! ……無理だな、遊ぶなってほうが。ま、やることやっておけばいい、か」


 荷物を置いて靴を脱ぎ、ホールへと上がる源大朗。アスタリも続く。


 その中で、


「なんだか……」


「ぅん? どうしたキア。なにかあったか」


 まだ靴も脱いでいないキア。


「ううん。なんでも、ない」


 首を振った。


 源太朗は階段を上りながら、


「ったく。この物件を買いたいって、知り合いがいるから調べて来い、とか、すぐ行けとか、人使い荒すぎんだろ、婆」


 漏らすとおり、お時からの指令は、この物件が価値、つまり価格に見合ったものかどうかを調べろ、というものだった。


 三浦半島の西側、つまり横須賀などの反対側に位置する、ここ葉山町は古くからヨットレースなどマリンスポーツの盛んな地域。


 海水浴場も多く、江ノ島にも近い。「湘南」地域の最も東に当たる。


 そしてなにより、相模湾を通して遠く富士山を望める眺望。それは天気によって、まるで富士の冠雪部分が空に浮いているようにも見える絶景になる。


 そのためか、海岸沿いの高台は高級別荘地として有名であり、古くから皇室の御用邸もあるほどだ。


 砂浜のほかにも奇岩が浅瀬に立つ岩場を波が洗う風景や、岩の上の松など、SNS映えする風景も多い。


 近年は、リーズナブルでおしゃれなレストラン、カフェも増え、都内からでも楽に日帰りで往復できるロケーションは、手軽なデートスポットにもなっている。


 夷やのある池袋からなら、横須賀線の逗子駅までが一時間と少し。そこからバスになるので、二時間はかからないくらいだろう。


 社用車のデッキバンで来た源大朗たちは、明治通りから甲州街道、環七、246、環八、そこでようやく有料道路の第三京浜に乗り、横浜新道、横浜横須賀道路、と通ってようやく逗子インターで降りる。


「やれやれ、二時間以上かかったな」


 けっきょく電車と変わりない。


 ヨットハーバーの逗子マリーナに近い森戸海岸へ直行し、マレーヤたちの海水浴に付き合ったわけだ。


「わさー、海風が気持ちいいー!」


 窓から身を乗り出して、マレーヤ。


 隣の窓から顔を出した源大朗は、カバンから出した登記簿や土地の測量図、建物の間取り図などを見ながら、


「こっちが南。日当たりはすこぶる良好だな。土地は約二百四十平米、七十坪ってとこか。建物が百二十平米、と」


 チェックする。


 お時からの仕事を、珍しく真面目にこなしていた。



1階

挿絵(By みてみん)


2階

挿絵(By みてみん)



「しかし築五十年越えてる物件にしちゃあ、ずいぶん程度がいいな。十年くらいまえにリフォームでもしたのか」


「数日まえにハウスクリーニングが入ったんじゃないですか。ほら、物件を見に来るって連絡が行っていれば」


 とアスタリ。源大朗に並びかける。


 その間にも、


「先にシャワー使っていいよぉ、キア。マレーヤ、ベッドメイクしとくからー! ……あれぇ? もうシーツもピローカバーも完璧なんですけど」


 あいかわらずひとりで騒いでいるマレーヤだが、ベッドカバーを外して、そこにもうすっかり整えられたベッドを見て、首をかしげる。


「オレもそれは考えた。だがな、昨日今日念入りに掃除したくらいじゃ、昔年のダメージってのはごまかせるもんじゃない。ここはなんていうか……」


「この家って、まえのオーナーがいつごろまで住んでいたんですか? ぁ、ごめんなさい、お話を遮ってしまって」


「ん、いやいい。ええと……、二十年まえ、だな」


「二十年! えっ、それからずっと空き家なんですか?」


 アスタリが驚くのも無理はない。


「そうだ。わかっただろう。家ってのは、住んでないととたんに荒廃する。こう、きっちり施錠して誰も入れなくしておいても、だ。エクステリアからして、朽ちて来る。住んでりゃ、それはそれで使用感、経年変化からいろいろ古びては来るが、さわらなければずっと保たれるってんじゃないんだ」


「そうですよね、ここは、なんていうか」


「ずっと丹精込めて住まわれてた」


「はい、そんな感じ、です」


 言ってから、源大朗もアスタリも、なんだか不思議な感覚に襲われていた。


 感じていたことを口に出しただけなのが、なぜか急にうすら寒いような風を背中に浴びたような。


「閉めましょう、か」


 源大朗が同意するまでもなく、アスタリが両開きの窓に手をかけ、閉じる。


 外は快晴の陽気だし、暑いくらいで風はむしろ歓迎だというのに。


 とはいえ、


「きゃぁー! 冷たいーっ! え、えっ、なにっ!? お湯、出ないのぉ? ウソ! 寒い寒い寒ーーーい!」


 真水のシャワーではまだ寒い。


 バスルームから響くマレーヤの声が、それを証明している。


「あいかわらず騒がしいな」


「湯沸かし器、点いてないのかな。ガスの元栓が閉まっているのかも。わたし、見てきます」


 アスタリがそう言って部屋を出ていく。


 源大朗も二階のホールへと出て、


「……ぁ」


 洗い髪のキアとぶつかりそうになった。


「おう、なんだ、おまえもう、シャワー浴びたのか」


「う、ん」


 うなずくキア。その肌は上気して、羽織った薄手のパーカーから覗いている。


「はぁ?」


「な、なに」


 じっと見つめる源太朗に、キア、後ずさり、思わずパーカーの前の合わせを掻き合わせる。


「いや、おまえ、ノーブラなのな……ぶわっ!」


 その言葉が途切れたのは、もちろんキアのパンチが源大朗の顔面を見事にヒットしたから。


「え、エッチ! セクハラ……!」


 バタバタ駆けていく後姿に、長めのパーカーの裾からはみ出したシッポがひょこひょこ揺れるのが見えた。


「おー痛て! ……キアが浴びてたときまでは、お湯が出てたってことか。急に故障したって。妙、だな」


 打たれた顔を押さえつつ、源大朗はつぶやいた。


明日も更新予定です。

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