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今日から新章です。なにやらリゾートで楽しそうだけど、仕事は?
「海だぁ!」
弾ける声とともに、波打ち際を駆けていく三人の少女。
いや、三人、と言ってよいのか。
なにより、素肌をわずかに隠す水着のボトムから見えているのは、にゅっ、と伸びた、あるいは房飾りのようにフルフル揺れるシッポ。
頭の上にはピンと尖った、またはふんわりと丸い耳も。
「ほらぁ、アスタリ、遅ぉい! キアもぉ!」
先頭で手を振るのはマレーヤ。追いかける、というよりしぶしぶついて来ているのがアスタリとキアだ。
「マレーヤ、そんなに先に行ったら危ない、です」
「……水、こんなにいっぱい」
とくにケットシー族のキアは、膝下まで浸かるのもいっぱいいっぱいで、それ以上とうてい進めずにいる。
洗われるネコが風呂場でこの世の終わり、という顔をしている……ほどではないが。
「シッポがぶんぶん……、ありゃだいぶ興奮、いや、緊張してるな、だいじょうぶか」
とは、三人から離れ、浜辺でぼんやり眺めている源大朗。
アロハシャツに短パン、ビーチサンダル。手には、溶けかけのソフトクリームが。足元にはいくつものバッグやリュック。マレーヤたちの荷物の番を命じられているのだった。
「にしても、なんで海なんだ。オレは不動産屋だぞ。仕事に来たってのに、ったく。どうなって……、ぅん?」
ぼやく源大朗の視線の先で、
「きゃぁっ!」
短い悲鳴とともに、さっきまで浅瀬に立っていたキアの姿が消えた。とたん、源大朗、手のアイスを投げ捨てて、
「なんだ!? 海棲の亜人か? キア……!」
ビーチサンダルを脱ぎ捨て、波の向こうへ駆け出そうとするところ……、
「……いや、違う、な」
ホッと胸を撫でおろす。ふぅー、と息を吐き出すと、ボリボリ頭を掻きながらUターン。
たったいま捨てたアイスを眺めおろし、
「ま、いいか」
どっかり、荷物の上へと腰を下ろ直した。
そのキア。
「……けほっ! え、えっ、なに、やめて。ちょ、っと」
水から顔を出し、あわてて立ち上がる。そこへ、
「ぷぁーっ! ぁははは! キ~ア!」
続いて自ら飛び出して来るのはマレーヤだ。どうやら潜って近づき、キアの足をすくったらしい。
飛びつくマレーヤに、
「い、いや」
「え~! キアもぉ、いっしょに泳ごうよぉー! ね、ねっ!」
「ぁ、うっ……うう、ぅ!」
「ほら、嫌がってるじゃないですか。ダメですよ、マレーヤ!」
いつの間にかアスタリもそばにいて、マレーヤを止めようとする。
人間なら十四歳換算のキアは、紺のワンピース水着。
マレーヤは赤の紐ビキニ。
アスタリはレインボーカラーの、やはり三角ビキニだった。どれも前日マレーヤが率先して、池袋のデパートの水着コーナーで買ったものだ。
スピンクス族のマレーヤとアスタリも、ケットシーのキアと、ざっくりと同じネコ科と言える。けれど、
「だぁーって、せっかく海に来たんだしー! 楽しまないと損じゃぁん! あのおっさんが海なんて連れて来てくれるの、超レアなんだしさぁー!」
どうやら海も水も、こっちは平気のようだ。
「ぅー……」
それでもキアは動かない。と思うと、ブルブルッ! とつぜん全身を震わせて、身体の水を弾き飛ばす。
尖ったフサフサのシッポも、ふだんは帽子の中に隠れている垂れ耳も、まだ濡れた毛が膨らむように立ち上がっている。
「なぁにぃ、怒っちゃヤぁーだ。ほら、ほらぁ!」
毛が膨らむのは怒ったり警戒している徴だ。無視してマレーヤ、キアに背後から抱きつくと、
「んー! キアの匂い、いいねいいねー! ずっとくんくんしてたーい!」
「ヤ!? だ、離して」
「えー、いいじゃぁーん! ぉ、ちょっと育って来ましたかな。このへんがまえより膨らんでる気がするよー! やっぱりこんなスクール水着みたいのじゃなくてぇ、かわいいビキニにすればよかったのにー」
「び、ビキニなんて、無理、だから……、ひゃ、ん!」
マレーヤの手はキアの胸のあたりをさわさわ、往復している。びっくりしたキアがしゃがみ込んでしまうと、
「こら! いいかげんにしないと、ほんとに嫌われますよ」
咎めるアスタリに、
「ほぉ~、アスタリ~、少し太ったんじゃなぁーい?」
「え、えっ! そんな、自分では……、わたし、太りました?」
人間で言うと十七歳換算で、亜人の専門学園でも高等部に通っているのマレーヤとアスタリ。
ふたごでも、その身体付きは少し違うようで、マレーヤはいかにもスレンダー。
アスタリはというと、マレーヤに較べるとわずかながら肉付きがいい。体重などほとんど違いはないのに、顔つきに似て全体に丸みを帯びて見えてしまう。
「ぅ~ん! アスタリはこのや~らか~いのがいいんだから! えいっ!」
こんどはマレーヤ、アスタリに抱き着くと、水着のヒップをなで回す。
「きゃっ! やめて、お尻、大きいの、イヤなんだからぁ!」
「よいではないかよいではないか~!」
「……」
風向きがすっかりアスタリに向かって、とりあえず矛先をまぬがれたキア。なんとなく砂浜へと目を向けると、
「ぁ」
そこにはずっと立ったまま、こっちを見つめている源大朗が。
「……あいつら、なにやってるんだ。さっきから」
手にしたイカ焼きをひと口、かじり取るように頬張った。
*
「わぁー、けっこうきれいじゃぁん! ね! いいねいいね! 海辺の別荘!」
着くなり、荷物を投げ出してマレーヤ。さっそく上がり込んで、あちこちをバタバタ、走り回っている。
「おい、勝手に入るな。部屋をいじるなって」
こっちは源大朗。重い荷物をようやく玄関脇に置いたところだ。
海から歩いて十五分とちょっと。
そこだけちょっと高くなった土地に建つ洋館ふうの別荘。
これが今日の宿。そして今回の源大朗の目的なのだ。
「でもほんとう、いいところですね。古いのに、手入れが行き届いている感じ。いますぐ住めそうで」
玄関ホールから、階段を通じて吹き抜けの二階まで見上げて、アスタリが言う。すると階上から、
「ねえねえ! シャワー浴びてさっぱりしようよぉ! 海から帰って来たばっかじゃん! 早く早く!」
マレーヤが身を乗り出して手を振る。
どうやらバスルームは二階にあるようだ。
「あいつ、また勝手に、ったく」
文句をこぼす源大朗の横で、キアはだまって周りを目でチェックしていた。
「……」
「よかったですね、この物件。これならリフォームもいらないくらいだし、こういう古い洋館の雰囲気が好きな人なら、きっと気に入ると思います」
「ああ。まだ細かいところはわからないが、おおむね、感じはいいな。お時婆さんも喜ぶだろうぜ」
アスタリの言葉に、源大朗も満足げにあごの無精ひげを撫でた。
明日も更新予定です。