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今回も間取り付きです。お楽しみください~
「さあ、どうだ」
マンションの一室。
そのリビングダイニングは、八畳に足りないほどのフローリング。照明はシーリングライト。
隣の洋室とは三枚の引き違い戸で繋がれ、戸は完全に壁に重ねられるから、六畳の洋室と繋げて十四畳の空間とすることもできた。
「わぁっ! お姉さま、きれいです!」
歓声を上げるクレア。
たしかに、殺風景な倉庫とは大違いだ。
「思ったより、広い」
キアがつぶやく。
人間ひとりならもちろん、ケンタウロスのミリアにも、これだけあればある程度はくつろげるだろう広さだ。
「たしかに良い! が、ほんとうに防音なのか」
ミリアが言うのも無理はない。
一見してふつうの洋室と変わりないように見えた。
「窓を見るといい。二重ガラスサッシの、さらに二枚重ねになってる。廊下との扉もほら、この厚みだ」
源大朗の言うとおり、バルコニーへの掃き出し窓、他の腰高窓ともに厳重な二重のサッシだ。ガラスももっとも重く厚いタイプだった。
ドアに至っては、カラオケボックスでよく見る、密閉度を高めるロックのついたハンドル式。
ミリアの楽器演奏も、室内で誰はばかることなく、思い切り何時間でも行うことができる。
「建物はSRC、つまり鉄骨鉄筋コンクリートで、外壁はもちろん隣の部屋との内壁もじゅうぶんな厚みがあるから、防音は完璧だ。それに床と天井もな。だからもう床が沈んだり破損したりを心配しなくていい」
「すごいですね、お姉さま! もう恐る恐る歩かなくても平気ですね!」
「部屋全部が防音って、めずらしい」
キアが言うのは、
「ああ。物件のほんの一部、ひと坪とか、へたすりゃ立ってるだけの半畳で、防音ルーム付、なんてのもあるからな」
それではもちろん、ミリアは入ることすらできない。
築一年。
天井高は二メートル三十センチと、とくだん高いわけではない。ミリアが上体をやや屈めなくてはならない点は、目をつぶるしかないが、
「そのくらい、問題はない。これまで見た中で、いちばんの物件だ。それに」
視線はドアから廊下へ。
「気づいたな。この物件は一階だし、玄関ドアから一直線でこの部屋に入れる。導線は一本の直線だ。ふつうそういうのは、玄関を開けたら奥まで丸見えだ、てので嫌がられるんだが」
「わたしの身体で狭い廊下をくねくね曲がるのは無理だ」
「そうそう。だからいいと思ってな。内外装ともシンプルモダンで、女性っぽいかわいいデザインとはちょっと違うかもしれん。けど、」
源大朗なりの着眼点は当たったようだ。
「いえ、お姉さまのためを思って、いろいろ考えてくださって。クレアもうれしいです! お部屋もきれいで、とても好きです!」
クレアも声を上げる。
最初のおどおど、人見知りなそぶりはすっかり影を潜めていた。
「四十四平米。月十四万円。管理費二千円。敷一、礼一」
「築浅、ってよりほぼ新築だしな。駅歩八分。ミリアの脚なら一分かもな。小竹向原は駅を出てすぐ住宅地だから、買い物は江古田だな。そっちも十分かからない。てことは、二分程度か。近い近い」
「そう、だな」
ミリアが笑みを浮かべる。その笑いが、クレアへ向かい、
「よかったですね、お姉さま!」
クレアも笑いを返して、姉にぴったりと寄り添った。
「もう返事は決まったようなもんだな、どうやら」
「ああ。この部屋に、決めた!」
*
「おしゃれな部屋は七難隠す、か」
夜の夷や。
もう営業は終わっている。表戸はシャッターが下ろされていた。
ソファーに寝そべりながらつぶやく源大朗に、
「やっぱり年頃の女の子ですもの、ミリアさんも。ケンタウロスで、固い男言葉みたいで、わたしたちも少し誤解していたんだと思います。ほんとうは妹思いのやさしい、きれいなものやかわいいものが大好きな、お姉さんなんですよね」
ラウネア、淹れたてのお茶をテーブルに置いて、微笑む。
「そうだな。オレたち不動産屋も、そういう微妙な、女ごころってのがわからないとダメかもな。……ん、ちょうどいい熱さだ」
ずずっ、とお茶を啜って源大朗、口の端をほころばせる。
「そうですねえ。女ごころ、でしたら、身近で勉強する、というのもありますよ、源大朗さん」
ラウネア、お盆を抱えたまま、わずかに首をかしげて。
「身近で? んー、キアのヤツじゃダメだろ。子ども過ぎる」
「キアさんは、そうですね。頭のいい子ですから、別の意味では参考になりますけれど」
「かといってマレーヤじゃうるさいだけだし、アスタリは、まぁ、ならないこともない、か」
「まだほかに、いるんじゃないですか。ほら」
「ほかに、か。んー! 富士見湯のお時婆さんじゃ、参考になるものもならないぞ。がめつい金の話ばかりでな!」
「違いますっ! お時さんじゃなくて! マレーヤさんやアスタリだんでも、キアさんでもない、源大朗さんのすごく身近にいる女性ですっ!」
「なんだ、ラウネア。なに怒ってる。おかしいぞ。お茶、お代わりもらえるか」
「もぉおっ! もう知りません! お茶も勝手に自分で淹れてください!」
ぷんっ! とラウネア、口を尖らせて身を返す。長いポニーテールが、ファサッ、と翻った。
「おいおい、冗談で……」
源大朗がそこまで言ったときだ。トントントン、奥の階段を降りて来る足音。
キアだった。店内のほうに顔を出し、
「お風呂、行って来る」
見れば、手にお風呂セットを抱えていた。
「お、風呂か。どら、オレも行くかな」
身を起こす源大朗に、
「ヤだ。源大朗とお風呂なんか、行かない」
「なんだよ。いっしょに入るわけでもないし。富士見湯まで行くだけだろ」
いっしょに入る、のところでキア、これ以上ないほど顔を赤くして首を振る。目を逸らして、
「ラウネアは、どう、なの。お風呂」
つい訪ねてしまった。言ってから、ハッと口をつぐむ。しかしラウネア、笑って、
「わたしはアルラウネなので、新陳代謝みたいなものはないんです。あ、でも泥をかぶったりしたら、汚れちゃいますけれど」
そこまで言ったとき、
「キア、遅ーい! 先行っちゃうよー!」
「キアさーん!」
外でマレーヤとアスタリの声。キア、急いで、
「いま、行く」
裏口からパタパタと出て行った。ぺこっ、会釈しながら。
バタン、と締まるドア。
「なんだ、最初からマレーヤたちと行くところだったのか。先に言えばいいのに、なぁ」
「きっと恥ずかしかったんですよ。キアさんも年頃ですから」
「まだ子どもだろ。……子どもを働かせてるオレって、うーん、いやいや、ちゃんと給料も払ってるし、法律的には問題ないし、部屋だって」
「源大朗さんも、アパートのお部屋にお風呂、あるのですよね」
「んー、アパートの風呂は物置になっちまってて、もう半年以上も使ってないしなぁ」
源大朗がバリバリと頭をかく。
「んぁー! 風呂に行きそびれちまった。ちょっとそこまで行って来る。いや、もう今日は仕舞いだな。キアが帰って来たら戸締りよろしく、な」
それだけ言うと、立ち上がる。裏口へ向かう源大朗の背中に、
「ぁ、源大朗さん! んもぅ! ……呑み過ぎないように、してください。知りませんよ、明日二日酔いでもっ!」
投げつけて、ラウネア、ふーっ、と息を吐き出すと、自分のパソコンデスクの椅子に、座り込んだ。
「ちゃんと言わないと、ダメでしょうか……」
*
「お姉さま! お夕飯、できました!」
あたたかな湯気を上げる温野菜が山盛りに入ったカゴをテーブルに乗せ、クレアが笑顔で椅子に座る。
「うむ。美味しそうだ。クレアは料理が上手だな」
その対面、こちらは馬体の脚を折って床に座ったミリア。さっそく手を伸ばすと、ほかほかのニンジンをつかんで頬張る。
「えへへ、うれしいです。お姉さまは野菜しか召し上がらないので、いろんな野菜料理を作りたいです。こんな素敵なお部屋とキッチンがあるんです。クレア、お姉さまのためにもっともっとがんばりますっ!」
とクレア。こっちも、セロリをつかんで美味しそうに食べる。
「そうだな。いい部屋だ。この部屋にしてほんとうによかった」
「クレアは、広い倉庫でも良かったです。けど、やっぱりおしゃれな部屋で、うれしいです! ぁ、でもお風呂はどうしましょうか。ここのお風呂だと、お姉さま、入れないです」
「当分は競馬場の施設が使える。クレアは心配しなくてよい」
「そうお姉さま、言うと思ったんです。じゃーん! 見てください、ビニールプールです! これをリビング、ここで広げて、お姉さま、入ってください。これならバスルームの蛇口からホースをつないで、シャワー、使えます!」
「そんな仕組みまで考えてくれたのか。クレア、なんていい子だ。よく気の付く、気立てのいい我が妹よ!」
「お姉さまに褒めてもらって、クレア、うれしいです!」
「クレア!」
「お姉さま!」
しばし抱き合う姉妹。
約十分後。
「……今晩はいっしょに寝ようか。クレア」
「いいのですか。うれしいです」
「これだけの広さだ。寝藁もたっぷり敷けるだろう。ひさしぶりに横になって眠れる」
「はい。お姉さま。いっしょに眠ります。手を繋いでいてくれますか?」
「もちろんだ」
その晩、ミリアは夢を見た。
立ったまま眠る、十五分ごとに目覚める睡眠とは異なる。これまで経験したことのない深い眠り。そして夢だった。
夢の中で、ミリアとクレアは同じ姿になっていた。
四本足のケンタウロスとも、二本足のサテュロスとも異なる、奇妙な三本足の姿。
しかし不思議と違和感はなく、どこにも不自由もなく、ふたり、同じ姿であることをよろこび、最初からそうであったようによろこび合って過ごした。
朝に四本足、昼に二本足、そして夜は……。
明日も更新予定です。