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TOKYO異世界不動産 2軒め  作者: すずきあきら
第一章 ケンタウロスの部屋探し
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4

広いだけでは、便利なだけでは部屋はダメ? で、選んだ部屋は・・


「ひっ! ぁ、あの……!」


 つぶらな目を見開いて緊張する少女。


 あわあわと何か言いたげだが、視線はさまよっているし、目尻に涙まで滲んでしまっていた。


 ミリアと源大朗、それにキア。


 大井競馬場の、ケンタウロスダービーの宿舎に来ていた。


「挨拶だ、クレア。こちらは夷や不動産の方々」


「あ! こ、こんにち、は。クレア、です」


 ミリアに言われ、ぺこっ、頭を下げる。もう涙がこぼれていた。


「おいおい、泣くなって。怖くないから、なっ。ほらっ」


「わたしはキア。こっちは、源大朗。いちおう社長」


 代わってキアが言い、


「いちおうってなんだ。これでもいちおう社長で店長……、ぁ」


 源大朗が自爆する間も、クレアは姉ミリアの目を何度も見上げながらおどおど震えていたが、


「だいじょうぶだ。問題はない」


 ミリアに言われると、ようやく落ち着いたようにうなずいた。それでも姉の手をしっかりと握りしめている。


 サテュロス、と呼ばれるクレアは、二本足だ。


 ために、一見してふつうの十歳くらいの少女に見える。


 違うのは、ミリアの真っすぐな長い髪に対して、くるくるカールしたショートヘア。その髪の間から、これもくるっ、と巻いた角が二本生えている。


 もっとも違うのは脚で、膝から下が白くふんわりした毛をまとった動物の脚だということだ。


 足に当たる蹄が割れていた。


「羊の」


 キアのつぶやきに、


「こっちの世界では、な。ケンタウロスが馬に似ているのも、サテュロスが羊に見える、ってのもだ」


「うむ。ケンタウロス、サテュロス、という呼び名もだが、他の言葉も含めてこちらの世界に倣っている。われらケンタウロスの一族だが、まれにクレアのようなサテュロスが生まれて来る。めずらしいことだが、驚くほどではない。豊穣の化身、福を呼ぶとして、むしろ大事にされる」


 ミリアが言うと、改めて源大朗に顔を向け、


「ところで、なぜクレアがいるとわかったのだ。その、もうひとり、いると」


 問う。


「それか。なに、かんたんだ。向こうの世界ならともかく、こっちで暮らすにはいろいろと手間がかかる。それはミリアひとりでは難しいことも多いだろう。たとえば、その蹄鉄、とかだ。舗装用のクッション付き蹄鉄に履き替える、なんかも、ひとりでできることじゃない」


「でも、競馬場のスタッフが」


 源大朗の言葉にキアが。


「もちろんそれはある。けど、プライベートな部分でのサポートは難しくないか。この宿舎も、ずっといられるわけじゃないってのは、さっき聞いたしな」


「そのとおりだ。だが、それだけで」


「それだけじゃないぞ。最初に高田馬場で見た、いま住んでいるアパートだ。ふつうのトイレ、人間が使うトイレだが、ミリアは使えない。入ることもできないはずだ。なのに、トイレットペーパーやタオルがきちんと用意されてた。床マットや、便座シートもな」


 源大朗の言葉に、ミリアもキアも、あっ、となる。


「それで」


「まだある。その、ミリアが腰、というか、馬体の尻に巻いているパレオだが、そういうのは基本、ケンタウロスは気にしないもんだ。例のダービーでも、見たことがない」


「これ、か」


 言われてミリア、自身の馬体を振り返りなが、やや頬を染める。毛の長いシッポがフルン、フルン、と揺れた。


 ケンタウロスの馬体部分は、こちらの世界の馬とほぼ同じと言っていい。


 ただし、その股間の部分は通常、奥に引っ込んでいて、露出はしていない。だからケンタウロスたちは気にしていないし、こちらの世界でも規則などはない。源大朗の言ったとおり、ダービーなどでもそうだ。


「けど、そういうの、おしゃれ」


 キアが言う。


「ああ。クレアがつけてくれる。わたしは気にしないが、ファッションだというし、クレアがいいなら、と」


 他のケンタウロスたちは身につけていないパレオを、ダービーのスタッフが勧めるわけはまずない。


 そのうえ自分では付けられないもの、となれば、


「いっしょに住む、くらいの相手がいる。それも人間型の、な。最初、ボーイフレンドかと思って黙ってたんだが、妹だったとは、な」


 いちおう源大朗的にも気を使ったらしい。


「でも、居住人数は1名って」


 キアの言葉には、


「済まない。クレアはいっしょに住んでいるわけではない。クレアはまだこっちの世界に来て三か月だ。いまは行政支援の宿舎に住んでいる。半年はそこにいられる制度だ」


「それで、いまはひとり暮らし、で、間違いじゃないんだな」


「ただ、頻繁にわたしの部屋に来ているし、泊まってもいく。身の回りの世話してくれているのでな。それで……」


「お、お姉さま! クレア、やっぱり、お姉さまと、暮らしたいです。クレアには、お姉さまが必要、なんです」


 それまで黙っていたクレアが急に、堰を切ったようにしゃべり出す。ミリアをけんめいに見つめ、その手をギュッ、と握る。


 ミリアも応えて握る手を強める。が、堪えきれないように、抱きしめた。


「クレア!」


「お姉、さま……ぅ、くっ!」


 しかしミリアの身長では、抱き上げる、となって、クレアは宙に浮いた足をぶらぶら、やがてパタパタ、と振り始める。


「ぁ、すまん! つい、力が入ってしまった。大事ないか、クレア」


「は、はぃ、クレア、お姉さまなら平気です。あばらがちょっと痛む気がします。けど、きっと平気です。痛いのも、うれしいです」


「クレア!」


「お姉さまっ! ……うぎゅぅ!」


 バタバタ!


「……なんだこのふたり」


「ばかっぷる……、ううん、ばかしすたーず」


 キアまでが。


 それが聞こえたわけでもないだろうが、ミリア、クレアを抱いたまま、急にしゃっきりと源大朗に向き直る。


「決めた」


「ん?」


「わたしは決めた。もう迷わない。いままで、やはりクレアを近くにずっと置いておくのはわたしのわがままなのではないかと、クレアにはクレアの生活があるし、わたしの世話ばかりさせることになってはいけないと、そう思って、次の部屋はひとりで住むと決めていたのだが!」


「お姉さま、クレアも……」


「うむ! そうだ。そうする。クレア、ふたりで住もう! こんどこそ正式にふたり暮らしをしよう!」


「うれしいです、お姉さまぁ!」


「クレアっ!」


 ぎゅっ! バタバタ! 


 一連の流れを驚いて、というよりもう呆れたように眺めている源大朗とキア。顔を見合わせて、


「ぁー、あー! いいか。聞いてるかー」


「……聞いている。それより、聞いていたか」


「ああ、聞いてたぞ。つまり姉妹でふたり暮らし、居住人数は二名の物件を探す、というのに変更、でいいんだな」


「うむ! 望むところだ!」


「なんかキャラ、変わってないか……」


 約五分後。


「じゃあ、念のために聞くが、さっきの倉庫物件だ」


「済まないが、契約できない。わたしには広くてとてもいいし、競馬場にも近いしな、屋上で楽器が練習できるのも魅力的だ。しかし、クレアには不便だ」


「クレアは、ミリアお姉さまといっしょならどこでも、不便でも! ちっとも、かまいません」


「クレア……!」


「もういいから、それ」


「ま、話を続けると、ようするにこの物件はキャンセルだな。まだ契約も仮契約もしてないからキャンセル、じゃないが。他を探さないとな。で、どういう物件がいい? もうこれ以上の広さ、天井高は望めないぞ。倉庫だからこれができたんだ。エレベーターにも乗れた」


 つまり機能性、生活の利便性では、この倉庫物件にマイナス点はないわけだ。


 なのにここを選ばず、他を探すとすればそのベクトルは? なにを希望条件の第一とするのか。


「倉庫は便利。暮らしやすい。でも、おしゃれじゃない」


 キアがつぶやいた。


「そう! そうなのだ。確かにここは、わたしにとっては願ってもない物件だ。クレアも納得してくれている。しかし……、かわいく、ない、のだ」


「かわいくない」


「うむ。クレアといっしょに住むには、これからずっといっしょに暮らすには」


「お姉さま!」


「かわいい物件がいい! もっとかわいくて、おしゃれな部屋に住みたい! ケンタウロスでも、たとえ路上では軽車両でも、ガレージや倉庫は、イヤなのだ。クレアに、かわいくておしゃれな部屋に住まわせてやりたいのだ!」


 実用性だけではない。


 かわいい、おしゃれ、モダン、レトロ、かっこいい! そんなデザイン上の理由も住まい選びでは立派な動機で、ときには住みやすさよりも優先される。


 たとえ住みにくくても不便でも、ケンタウロスでも! おしゃれでかわいい部屋に住みたい。


 理屈を超えて、それはアリなのだ。


「お姉さま……!」


「わかったわかった! よーくわかった。おしゃれな物件だな。ケンタウロスも住めるかわいい物件、夷やが探してやろうじゃないか!」


 言い切る源大朗。胸を張る。


「なんでそんなに自信。……でも、少し、かっこいい、かも」


*


「ちょっと待っててくれ」


 やはり源大朗が車を停める間、先に降りたキアと、


「お姉さま! お会いしたかったです! うぅうっ!」


 クレア、さっそくミリアに飛びつき、抱き着く。


「よしよし、だいじょうぶだ。クレアもよくがんばったな」


 ミリアもクレアを抱きしめ、頭を撫でる。クルクルの巻き毛から覗く巻き角が、心なしかうれしそうに揺れるようだ。


「ときに、ここはどのあたりか」


「小竹町。練馬区。最寄りは有楽町線の小竹向原だけど、西武線の江古田も使える。便利なところ」


 キアが答える。


「競馬場から十五、六キロほど走ったか。なに、わたしの足ならなんということはない。しかしなぜここに」


 むろんミリアは車道を自走して来たのだ。


「それはな。このあたりは防音室付きの物件が多いからさ」


 と、合流した源大朗が。


「近くに武蔵野音大があってな。楽器をやる学生が多く住んでる」


「日大芸術学部も」


「ああ。部屋で楽器を練習するのに、防音室があれば願ったりかなったりだからな。家主が金をかけても防音室付きのアパートやマンションをつくる」


 その言葉通り、近くには羽沢に武蔵野音楽大学、旭丘に日大芸術学部があった。武蔵野音大の最寄りは西部有楽町線の新桜台駅、日大芸術学部は西武池袋線の江古田駅だ。


 小竹向原は、池袋駅に接続する東京メトロ有楽町線の駅だが、そこから分かれ、西部有楽町線が練馬へ、そこで西武池袋線に合流する。


 つまり西部有楽町線は小竹向原と練馬を繋ぐだけの路線なのだが、便は東京メトロの有楽町線や西武池袋線などと乗り入れている。


 こう書くと複雑で面倒そうだが、ようは多くの路線に囲まれた至便なロケーション、ということだ。



明日も更新予定です。

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