1
今日から始まりです。
毎日更新予定です。
前作を読まなくてもOKですが、キャラなど、前作をお読みいただいているとより楽しめるかと思います。
よろしくお願いいたします!
「んー、ラウネア」
「はい! 源大朗さん」
寝起きのようなもっさりしたオヤジ声と、軽やかな鈴の弾む声が交錯する。
言うまでもなく、前者はこの店、夷やの店主で、有限会社夷や不動産の社長、源大朗の、後者は同、事務員のラウネアの声だ。
東京都心、池袋西口からてくてく歩いてニ十分近く。
とても駅近とはいえない、どころか明らかにい不便な立地に、そこだけ急に小さな店がごちゃっ、と固まった、商店街とも言えない程度の商店街。
そこの、築四十年は下らない木造建築に掲げられた看板が「夷や不動産」、つまりはこの店だ。
まだ昼には早い、しかし十時の開店からはじゅうぶんに時間の過ぎた時刻。
しかし、正味十坪もない狭い店内に客の姿はない。気配もない。
そのせいか、あるいは日差しを遮るように玄関戸のガラスにベタベタ張られた不動産物件チラシのせいなのか、どよん、とよどんだ店内には、まったりというより、だらりだらりな空気と時間が流れているようだ。
「コーヒー、あるか」
とは源大朗。
すっかり擦り切れた客用応接セットのソファーに寝そべったまま、顔も上げずに聞く。
「ごめんなさい。ちょうどコーヒー、切れちゃっていて。お金がないので、新しいコーヒー買うのもちょっと、先になりそうかな、って」
「かな、って、か……」
消沈する源大朗。無精ひげをもぞもぞ掻き、ボサボサの髪もついでにバリバリ掻いていると、
「はい」
差し出されるコーヒーカップ。
「おぉ、キア!」
見上げるとそこには、制服姿の女子中学生の姿が。といっても、髪のてっぺんには垂れたネコ耳、制服のスカートからは、ふんわりと柔らかそうなシッポがはみ出している。
「……ただいま」
「おう、いま帰って来たのか。そうか。おまえは気配感じさせないからなぁ。さすがはケットシー族で、……んぁ? これ、なんだ」
源大朗、たったいまキアに渡されたコーヒーカップからひと口飲んで顔をしかめる。カップの中身をのぞき込み、
「白湯じゃねーか!」
「だってコーヒーなかったから」
「だからって、コーヒーだとすっかり思って口に入れたらただのお湯だった、てのはどうだよ。わびしさMAXだぞ。……仕方ない、向かいの「珈琲・興梠」から頼むか。金はかかるが、ツケ払いだからな」
身を起こし、店の電話の受話器を持ち上げる源大朗。ボタンを押そうとして、
「待てよ。出前を頼むより、店へ行った方が電話代がかからなくて済むな」
「それなら、コーヒーを飲まないほうがお金がかからない、けど」
というキアには、
「いや、その選択肢はない。オレはいまコーヒーが飲みたいんだ。んー、しかしコンビニ自販機のコーヒーで済ませればもっと……」
言いながらさらに悩む。
「せこい」
「お金が欲しいなら働けばいいんですけれど、ね」
これにはラウネアも苦笑い。腰まで届く長いポニーテールの髪がふるふる揺れた。
「そんなことはオレだってわかってる。けどな、モノには順序ってもんがあってな。まず店を訪ねて来る客がいなけりゃ、働こうにも働けないんだ。なぁ? オレは働きたくて、意欲まんまんなんだがなぁ。ぁあ、働きたいなぁ、うん」
「ポストにチラシでも撒いて来るとか、あるんじゃない、の」
「チラシかぁー、チラシねぇ……、そのチラシをまた作らないとなぁ。だろぉ。撒きたいんだよオレは、チラシ。んー」
「ありますよ。以前、時間があるときに作っておきましたから。あとはコピーするだけです」
ラウネア、PC机から立ち上がると、プリンターを兼ねた複合コピー機の前へと。
「とりあえず、百枚くらいかしら。ねっ」
にっこり微笑む。しかし源大朗の顔は強張って、
「百枚! んなもん、百件もポスティングしなくちゃならないってことだぞ」
「チラシ配りなんだから、あたりまえだと思う」
「だがな、百件だぞ、百件」
「あっ、はい。二百枚にしましょうか?」
「なわけないだろ!」
「源大朗いま、チラシがすごく配りたいって、働きたいって、言ってた」
「それはものの例えだ!」
「働きたいって、なんの例えなの」
「いやだからそれは……、オレは、コーヒーが飲みたいんだった。そうだ! おう」
ラウネアやキアとの掛け合い、もとい会話にも飽きたのか、この場で話せば話すほど不利と悟ったか、源大朗、上着をつかんで肩に引っかけると、這う這うの体で店を出ようとする。
だがそこに、立ちはだかるかのように、巨大な影が。物件チラシをベタベタ張った表戸のガラスに映る。
「なっ!」
思わず後ずさりする源大朗に、
「ごめんっ!」
張りのあるその声く。
なにしろ表戸の高さを越えて影が伸びている。
その上から声が降って来るのだ。
「いらっしゃい、ませ」
すばやくキアが対応する。
いつまでも入って来ない客に表戸を開けると、そこに、
「ケンタウロス、か」
馬体の上に人の上体を乗せた姿があった。続いて外へ出た源大朗が見上げてつぶやいていた。
ケンタウロスの身長、全高は二メートルをゆうに超える。
身長百八十センチの源大朗でも、真上から見下ろされる感じになる。
見下ろす顔。金色の長い髪の美女が言った。
「初めて訪ねる。わたしはミリア。見ての通り、ケンタウロス族の者だ。夷や不動産はここでよいのか」
顔立ちと同じ、男性のような硬い口調。
服装は身体にぴっちりとしたスポーツウェアで、馬体の腰から後ろはパレオのような布地で覆われている。
長い毛におおわれたシッポが、ちょっと神経質にブン! と振れた。
「そう、です」
キアが言い、
「立ち話もなんですし、どうぞ、お入りください」
ラウネアも店の中へ案内しようとする。
しかしミリアの身長は、夷やの天井高よりも高い。それで、声は掛けながら、店に入って来なかったのだ。躊躇するミリアに、
「あんた……、ミリアさんだっけか、部屋を探しに来た、そうだな」
源大朗が言う。
「まぁ! お客様ですよ、源大朗さん、あんた、はいけません」
ラウネアがたしなめるところ、
「構わぬ。この店が異世界人に多く物件を紹介していると聞いて足を運んだ。よろしくたのむ」
ミリア、こともなげに。
これに源大朗、我が意を得たりとばかり、
「よし、じゃあさっそく見に行こうじゃないか!」
「えっ」
「ええっ?」
「そうか」
次回は明日夜更新予定です。




