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1章4

動物たちに行儀正しくするんだよ、と一匹ずつ言い含め、城を出発した。

皆悲しそうに鳴く。僕も同じ気持ちだったが、ここはお互いのために引いてはならない。

なぜか兵たちもむせび泣いていた。……なんで君たちまで? てかさ。いい加減鎧脱ごうよ。


クローディアは見送ってくれなかった。

代わりに、投げつけられるように貰った旅装束もかなり役に立った。

何故あんなに怒っていたのか理解できない。


フードのついた外套は、強烈な日差しと風を凌いでくれた。頑丈なブーツは山道をものともしない。簡易なテントと寝袋。火打石で暖を取り、食料や水も豊富だった。ゆっくり二日かけて街道に出る。


小雨が降り始めてきた。

フードを更に深く直し、大きな木の下で雨宿りと、現在地の確認をしていると、ずんぐりとした大きな馬が引く幌馬車が通った。

荷物がかなりたくさん積まれているのか、木製の台車は車輪ががっちりと地面に食い込んでいる。


ギシギシと大きな音を立てて、僕の目の前で幌馬車は止まった。

幌馬車の前部には広い運転席。

大柄を通り越して巨躯。雨を凌ぐために、大きなフード付きマントをしっかり被っているため人相はよく分からない。だが、その分厚いマントを通してもガタイの良さが伝わってくる。


「よう、兄ちゃん! 長旅みたいだな。暇だし、街で一杯奢ってくれんなら乗せてやってもいいぞ」

車上から声がかかる。

「助かります! お言葉に甘えます!」


雨足が強くなってきた。フードが無ければずぶ濡れだ。

窓ガラスなどこの世界にはない。雨は馬車が移動した分、等比級数的に降り注ぐ。


「俺はヴォルフガング。ヴォルって呼んでくれ。見ての通り行商人だ。兄ちゃん。どこまで行くつもりだい?」雨もどこ吹く風と言った口調で、フードをかぶったまま話しかけてくる。

「タケルです。タケルって呼んでください。見ての通り旅人です」自己紹介なので、相手に向き直ってちらりと見た。

「行先は……ベ、ベルーガです」一瞬のちら見。

たったそれだけ。驚きで言葉が詰まってしまった。


「タケル。タケルか……うん。良い名前だ」僕の名前を反芻し、言葉をつづけた。「ベルーガ。ちょうどいいな。俺と同じだ。ま、ここいらの街道なら、そうだよな。あそこはすっげえぞ。帝国中から役者気取り共が集まるから、美男美女だらけだ」

「イケメンは、全員敵です」

「がははは。同感だ。特に俺みたいな獣人は見た目のせいで碌な仕事がねえ。人は見た目が一〇割っていうからな」


雨を凌ぐフードの下。

トカゲのように大きく割れた口元が見えた。

爬虫類のような舌がチロリと見えた。

フードの奥では爛々と獰猛に輝く大きな瞳が、光るかのように煌めく。

ワニの様な分厚い皮膚。

手綱を持つ手は、ゴツい爪、筋肉が荒縄をよじられたように高低差深く隆起していた。


明らかに人間ではない生き物だった。


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「兄ちゃん何モンだお前。許可証見せたらVIP待遇だったぞ。普段なら二時間は行列に並ばされんのに」

「たまたま。運が良かったんですよ」


クローディアから貰った通行証は、凄まじい効果だった。

街の入り口である関門の番人は、当初無礼に振舞うことが仕事だと言わんばかりの態度を前面に押し出していた。

偉そうな態度をとる人は偉いと勘違いしやすい。

通行証が使えるかペコペコ頭を下げながら渡した。

番人は水戸黄門の印籠を見たかのように、態度を一八〇度くるりと変えペコペコ頭を下げ始めた。

ほとんど無審査で、行列を横目に見ながら通り抜けることができた。


中心地へ向かう街道を通る。辺りは凄い人混みだ。

これが星屑の街ベルーガ。


雨は一層振り続けるが、人混みは途切れることなく続く。みな一様にフードを被っているが、楽しそうな空気が伝搬してくる。区画があるようで、僕たちが通った道は基本的には食材を扱う店がほとんどのようだった。

屋台の串焼きから間違いなく旨い香りが漂う。威勢の良い言葉で呼び込みをする店員。冷やかしの声がそれに応える。

大きな角の生えた巨大な魚を巨大な包丁で店先で捌いている。そのすぐ横で、バラバラになった魚の切り身が売られていた。

ぼってりとした丸くて柔らかそうな真っ赤な実。あれは何だろうか? 味の見当もつかない、初めて見る実だ。

喧噪が街に充満する。白熱灯のような強い光量の街灯は、明るく道を照らしだしていた。カラフルな傘とダーク系統のフードが半々くらいの割合で混ざり合っている。フードを被ることはそんなに場違いでもないようだった。


目的地は大きな倉庫街のような市場だった。

「ちょっと客先に荷物届けてくるから待ってろ。その後、飯食いに行こうぜ。……どうした? 唇真っ青だぞ」

「……いえ、ただの車酔いです」

「飯食えば治んだろ、ちょっと待ってろ。すぐ終わらせてくる」


目的の街には着いた。

そして僕はかなりのショックを受けていた。異世界であることはもう間違いようがない。

人間以外にもたくさんの種族がいた。

見たことのない屋台の串、魚、果物、建物の造り。その店員、街行く人々。種族名など分からない。だが、明らかに人間ではない。外国人とか見た目がどうとか、そういうレベルではなく、種族が違うということがはっきりわかり、かつ、それが周りの人々にとっては当たり前なのだ。


信じられないが、信じざるを得ない。

クローディアの言っていたことは本当だったのだ。


カルチャーショック、いや、異世界だから、ワールドショックか……。

正確な言葉は分からないが、すべきことが何なのか分からない。

日本に帰るにはどうすればいいのか、仮に帰れるにしてもそれまでどうやって生活すればいいのか。

誰かに連絡さえ取れれば何とかなるという、漠然とした楽観的な気分は吹き飛んでしまい、途方に暮れた。


顔面全体を覆い隠すフード。

そいつを叩き続ける雨音が不快に感じる。地面がぐるぐると回る。吐き気が急速に湧き上がる。足に力が入らない。膝をつき、うつむいてしまう。


「おい、タケル。大丈夫か?」

思ったよりも早く、ヴォルは帰ってきた。

僕の異常なさまを見て、すぐさま駆け寄ってきてくれる。

下を向いたまま首を横に振る。

「吐いちまえ、楽になる」


許すようなその言葉が呼び水となった。

我慢は限界を越えて、地面に反吐をまき散らした。

トカゲ顔の行商人は、大きくてゴツイ手で優しく背中をさすってくれた。

地面に膝をついて大声で泣きじゃくった。嗚咽が後から後から追いかけてくる。


雨が反吐も涙も全て押し流してくれた。


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「何があったのか知らねえけどよ。ここは星屑の街だ。ベロベロに酔っぱらっちまえば、大体のことは忘れっから、な?」


近くの居酒屋に入って席に着くまで、ずっと声をかけ続けてくれていた。

彼の優しさはとても嬉しいが、正直その辺でそっとしておいて欲しい。

泣きじゃくるまでは良かったのだが、素に戻ってしまうとちょっと、かなり、極めて恥ずかしい。


「ほれ、まずは一杯飲もうぜ。安心しろここは俺が持ってやるから」

「いや、約束ですので」

「真面目か。いーんだよ。そんなもんどうでも良い。死んだかーちゃんに口酸っぱく言われてたんだよ。困った人がいたら助けてやりなさいってな。お前が困ってないようには見えねえんだよ」

「だいじょうぶだから」……何なんだこの人の優しさは。何か嬉しいのに涙出てきた……。

「どう見たら大丈夫なんだよ。お見通しだっつーの。あぁーお姉ちゃん! その注文俺たちのだから! ほら、来たぞ。グイっといけ」


超絶グラマラスな定員さんが大きなジョッキを二つ持ってきた。

どん、と机に乱暴に置かれた。衝撃でブルルンと揺れる。

これがベルーガ……すっげえ……。


「何だよお前。女好きか?」

「むしろ嫌いな生物がいるんですか?」

「いねえな! ガハハッ! おっぱいに! 乾杯!」

「おっぱいに乾杯っ!」


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「だからぁ、ぼくはいったんれすよぉ、きみにめいわくかけたくないってぇ」

「あーもう。何回おんなじこと言うんだよ。格好つけたこと後悔してんだろ? ホントはもっと話したかったくせに。そういうとこあるよなお前」

「うっさいうっさい! あんなめんどくさいおんなっ!そんなわけないじゃないれすかっ! ぼくはもうにどとみためなんかにはまどわされないのれす」

「うるせえ騒ぐな。他の客に迷惑だろうが。がっつくんじゃねえよ。童貞かお前」

「はあぁっ!? どーてーれすよっ!? なにがわるいれすか!? そもそもうまれたときはみんなどーてーなんれすよ! はやいかおそいかのちがいでにんげんのゆうれつきめるふーちょーがまちがってるんれすよ!」

「うるせえ! ガハハッ! おーいお姉ちゃん! ここに汚ねえ童貞転がってるぞ! 空のジョッキと一緒に下げてくれやっ!」


店員グラマラスさんは、ヴォルをジロリと睨みつけ、荒々しくジョッキを下げる。


「タケル、いい加減そのフードとれよ、みっともねえな」

「なんかぁ、ずっとかぶってたからあ、ぬぎたくないっていうかあ、さっきまでないててぐちゃぐちゃだからぁ、はずかしいっていうかあ」

「うるせえ、被って赦されんのは皮だけなんだよ!」


オヤジギャグ全開だ、このおっさん。昭和か。裾が凄い力で引っ張られる。


「やめてくらさい! やめて! やぶれるぅ! たいせつなふくなんれすぅ!」

「うっせぇ! じゃあ自分で脱げや!」

「さーせん、いますっぴんなんで」

「あったま来たこのクソガキ!」

「わかりましたすいませんぬぐじぶんでぬぐからひっぱらないでちぎれるみちみちいってる」


もうすっげえめんどくさいんですけどこの人。騒いだせいで無茶苦茶注目されてんじゃん。


「皆々様! ご歓談中失礼いたします! 今から何と! 旅人タケルがフードを脱ぎますよ!」


ヴォルフガング!? 何やってんだ盛り上げんな!

ヴォルは立ち上がり、声を張る。太いがよく通るバリトンは、店の中にいる者たち全員の耳を刺激したようで、こちらに全員の目が注がれた。


男のストリップなんて面白くもなんともねえんだよ! んだあ?! なに始まるんよ! 脱げ脱げ! 


そしてアルコールで頭のねじが吹っ飛んだ酔いどれたちはそれに乗っかってきた。


「脱―げっ! 脱ーげっ!」

ヴォルは周りの酔っ払いまで巻き込んで、変な波を作ろうとしていた。

わっしょいわっしょいと言い出しそうな変なリズム感の合いの手を体中で表現する。

大きな体でのそのボディランゲージは目立ち、注目を集めた。

妙に様になっている。


脱―げっ! 脱ーげっ! 脱―げっ! 脱ーげっ! 脱―げっ! 脱ーげっ!


野太い声たちが一緒になってコールを始めた。

完全にヴォルに乗せられた野郎ども。

ふざけんな酔っ払いども!盛り上がんな! 逆に脱ぎずらいっ! 

店員ボンキュッボーンさんも乗らないでっ!


盛大に悪ふざけが加速する。

酒の肴と暇つぶしを見つけた店中の酔っ払いたちは楽しそうに、素面だったら乗らないだろうつまらない余興に乗っかってくる。

店の全ての人たちが僕たちに注目し、自然発生的に遠巻きに輪を作り始めた。


脱―げっ! 脱ーげっ! 脱―げっ! 脱ーげっ! 脱―げっ! 脱ーげっ!



……おーけー。これ、恥ずかしがったら負けのヤツだ。かくごかんりょうした!


がんっとブーツのかかとを鳴らして、勢い良く、造りの不安なテーブルの上に飛び上がった。

開き直りだ。

僕もうっかりノリノリになってやる! 

お酒のせいだ。そういうことにしとこ!


おぉぉぉぉ! ぎゃははは! いいぞおおお! のりいいなおまえ!


ヴォルの謎の演出力によって、店内は最早カオスな盛り上がりを見せている。

焦るように店員にジョッキを頼み、注文を受けた店員さんは煽られるようにお客に渡している。

突発的に発生した売上爆増のためか、屋主である店長らしき人もノリノリである。

ついに客、店員、お店の偉い人をも巻き込んだイベントにまで育ってしまった。


「カゥーント!」

「ダァーウンんンンン!」

「「「「「5! ごおお!」」」」

「「「「「4! よーん!」」」」

「「「「「3! さーん!」」」」

「「「「「2! にー!」」」」」

「「「「「「いーち!」」」」」」」」」



楽しそうな空気が伝染し蔓延している。


飲み屋がひとつの塊となってジョッキを構える。

爆発する乾杯の瞬間を心待ちにしていた。

みんな笑顔だ。

僕も楽しくなってきた。


僕はフードの裾を持ち叫んだ。


「タぁーケぇールぅー! はっっしーんっ!!!!!」


ばさっとフード脱ぎ去った。


ノリに任せて吹っ切れるつもりだった。

冗談に任せたこの空気で、しんみりした気分を払しょくしたかったのだ。


僕の掛け声を真似て「「「「はっしーん!」」」」」と酒場にいる酔っ払いども全員が追随して乾杯しだす。

口笛と歓声が響き、みんなが盛り上がった____と思った。

「        」

「        」ドン

「        」バリン、ドン、バキッ

がちゃがちゃと、ジョッキがぶつかる音とお皿が割れる音、何かが落ちた音、壊れる音。

それら以外の、音が聞こえなくなった。


……みんなが僕を見たまま、固まっているのだ。

腕を上げたまま、まるで時間が止まってしまったかのように微動だにしない。


全ての笑顔が消えうせ、真顔になったたくさんの二対の目が僕を凝視する。

息をするのも忘れたような、先ほどまでの耳をつんざくようなガヤガヤ喧しかった飲み屋には不釣り合いな静寂が辺りを包む。


えぇぇ、何、このやっちまった空気……。


「……は、はっしーん」


恐る恐る小さく呟き滑りきった場の空気をおさめようと、

わあああああああああああああああああああぁあああ叫び声にかき消されジョッキがガチャガチャと地面に落ち割れた音がそこかしこでおこりおっさんどもが死ぬほど喚きだし店員おっぱいたちが黄色い声で叫び出しテーブルに身を乗り出しとびかかって私がもらうやだあたしのものだからきゃあめがあったそれわたしとだからこのびっtと叫びだす新顔だ劇団どこだタケルあいつタケルって名前だオレあいつに全財産賭ける今年の選挙荒れるぞとんでもねえのが出てきた椅子がバタバタと倒れ皿が割れてテーブルがなぎ倒され僕はもみくちゃになり柔らかな感触に抱きしめられ引っ張られびちゃびちゃになった床に店員ボインが転びpンツがまるみえになり酒が回り地面が回りぐるぐるぐるgるぐr

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