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第1章-1

初投稿です。

よろしくお願いいたします。


「放課後、教室で待っていて下さい」

手紙にはそうしたためられていた。


青少年のIT機器普及率は93パーセント。そんな現代社会に靴箱に手紙とは……胸がきゅんきゅんした。

わざわざみんながいない時間帯に呼び出される。高校生にとって夢にまで見るシチュエーション。

これはもうあれだよな。間違いないよな?


ドアにつく小窓から覗くと、誰もいない教室に彼女一人だけがいた。ボリュームある薄茶色の髪。西日が反射する。栗色のボブカットに天使の輪がきらめいている。

最近急接近した僕たちは、傍から見ても仲が良かったはずだ。昼休みや休憩時間などは、彼女のほうからわざわざ僕の席の近くまで来ていた。


____タイプ? 優しい人が好きかなぁ。

____私は外見より中身重視だよ。

____ちゃらちゃらしてる人より真面目な人の方が全然いい。


頭の中に、最近彼女が言ったセリフが浮かんだ。思えば恋愛関係のセリフが多かったのもすべてはこの日のための布石だったということか。

思い返すだけでドキドキしてくる。ドアガラス越しに覗いていたことが少し恥ずかしかった。

彼女が僕に気付いた。小さく手を振って応えてくれた。にこやかに笑う彼女。ピンクと白だけのモノクロで構成されたような柔らかな笑顔。開いた窓からふわりと風が入り込む。カーテンがたなびき、彼女の髪も優しく揺れた。


「待った?」ドアを開け、声をかける。

「ううん。さっき来たとこ」微笑んでそう答える彼女。

まるで恋人のような会話。恋人? まだ早い。……まだ。


しばらく、世間話が続いた。登下校の途中にあるパン屋の話。数学の先生のヅラ。流行りのタピオカミルクティー。僕は次の話題に移りたいが、中々切り出せないでいた。


会話が止まる。


「あのさ」そう言いながら彼女は伏し目がちになり、髪を指でもてあそび、くるくると指先にからめる。

会話のテンポの境界。何かを伝えようとするときには、誰だってワンテンポ入れるだろう。


「なに?」僕はにこりと笑顔を作り、短いワンセンテンスを返す。

緊張しているのがありありと分かる。そんなに緊張しなくていいのに。君からの返事はすべてOKに決まっている。


「うん。あのね。今日呼び出したのは聞きたいことがあったから」

「そうなんだ」

「あの、……ね」

「うん。なにかな。焦らないでいいよ」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

「あのぉ、えっと。……リョウ君って」

「…………え」

「リ、リョウ君って彼女とか、いるのかな!?」


OK分かった。お願いします誰か10秒前までの一ミクロンも学習しない愚かなニューロンをもつ僕をいっそのこと殺してください。

やっぱり顔かよちっくしょおおおおおお!

______________________________

____________________

__________


いつもと同じく、()()()に愚痴りに行った。


「なんつーか……すまん()()()。俺が謝るのもなんだが」


イヤホンを外したリョウは、面倒そうに、且つ、申し訳なさそうにそう答えた。

漏れ聞こえる音から察するにクラシック。モーツァルトだか何だか分からないが、下手に音楽のことを聞こうものなら蘊蓄が始まるので無視。モーツァルトの出自やフルネームなどに興味はない。


幼馴染のリョウは、超が付くレベルのイケメンだ。言うならば正統派骨格美形というか、子供からお年寄りにまで好かれる全方位殲滅型イケメン。リョウが通る先には桃色のハートマークしか残らない。


満員電車の中の視線は中づり広告よりもこいつの顔面に集中しているし、毎週三回ペースで告白されており、月曜日と水曜日と金曜日の放課後は必ずどこかに呼び出されていた。今回は木曜日だったのでそのルーティンが崩れたが、そんなことはどうでも良い。


考えてみれば、先ほど勘違いしてしまった彼女も、僕と一緒にいることが多いリョウの近くにいただけで、僕の近くにいたかったわけではないのだ。単にグループ内の会話の中に僕が紛れていただけで、僕ら(・・)は仲が良かったが、僕と彼女の仲が特別親しかったわけでもない。


妙に恋愛がらみの話が多かったのも、リョウに聞かせたいだけであって、僕への答えではない。

わざわざ人目のない教室で、リョウに彼女がいるか聞き出すのも、競争相手が多い極上の獲物を自分が狙っていると誰にも知られたくないからだろう。

そこで、獲物に詳しそうな人畜無害な僕を呼び出して情報収集を図った。


哀れな僕は浮かれて、盛大な勘違いをして、恥をかいた。


きっと、これが事件の真相だ。

……だが、推理してたとえそれが事実でも、何の意味もない。真実はいつも一つかもしれないが、そんな真実は知りたくなかった。


被害者は僕かもしれないが、もしかしたら、万が一と、限りなく透明に近い淡い期待を抱き、何度

も何度も何度も何度も、この手の勘違いをしている僕のせいでもある。


「けっ! イケメン様はおモテになってたいっへん羨ましいですなあ」

言葉とは裏腹にリョウが悪いなどとは思っていない。悔しさ20%嫌味20%羨ましさ60%で錬成された言葉だった。

だがリョウは言葉通りの意味にとったようで、かなり厳しい目つきになった。

「……別にモテてねえよ。大体好きじゃない子から告白されたって……」

「リョウくん? お話聞いてたのかな? 告白されてたら困ってたIF話とか全く聞きたくもないんですけれども? いい加減お前の伝書鳩(キューピッド)になるのはうんざりなんだよ!」

自虐風自慢超悔しい! 羨ましい!!


「また好きになってたのか?」

返す刀で心をざくっと抉られる。


リョウが僕の肩に手を置く。

「タケル。知り合った女の子をすぐ好きになるのはお前の悪い癖だ。誠意の問題だ。考えたことあるか」と言い放った。真剣な声だった。

「お前が僕の何を知っているっていうんだ」肩に置かれた手を乱暴に振り払う。

「6歳の時に担任の先生に初恋してから、振られた数が今日でキッチリ100人目。その程度なら知ってる」


リョウは2ヶ月年上の従兄弟で、3歳から僕の家に住んでいる。当然毎日のように顔を合わす。つまり、僕のことを何でも知ってやがる。


「うるさい! まだ振られてないしっ! 好きになることの何が悪いってんだ! そもそも誠意って何だよっ!」

「愛や恋。そんな形のない感情ってのは、もっと大事に二人で作り上げるもんだ」

「リョウくーん? 愛とか恋とか言ってて恥ずかしくないのか? そんなもん理想論だ。テレビとか映画とか漫画にしかないフィクションなんだよ!」

「俺の考えは真逆だ。恋愛に理想を求めないで、一体何に理想を求めるっていうんだ」

「結局、女は僕みたいなモブモブした地味男じゃなくて、顔が良い男が、大好きっていう____」

「タケル。俺はその言い訳が、大っ嫌いだ」

リョウが珍しく、怒気の含んだ声を上げる。


「人は見た目なんかじゃない! 顔とかイケメンがどうとかなんだっていうんだ」

……あっれぇ? 僕、どっちかと言うと被害者だと思うんだけど? なんで説教されてるんだろ?

だが、あまりに真剣に語られて僕は気圧されてしまった。


「そ、そうだね。その通りだね。落ち着こうね。人は見た目じゃない、よね」

「おい。タケル。その子の何に惹かれたんだ?」

「よぉくぞ聞いてくれた! めっちゃ可愛いいんだよ! 目がぱっちりしてて。髪の毛とかサラサラでさあ、顔がタイプどストライクでさぁ……?……あ」

「人は見た目じゃない。言ったよな?」

「で、です、よねー」

「そんなもんで好きになるお前の「好き」には誠意がない」

はあ、とわざとらしく大きなため息を吐き、話を続ける。

「そもそも好きになった相手にお前は何かアクションを起こしたのか? 結果的に伝令役にしちまったのは悪いとは思う。だが、何もしないでウジウジグダグダくだを巻くお前を、慰めるつもりはない」


ぐうの音も出ない正論。

イケメン憎しと言った僕自身が、結局、見た目で女の子を好きになっているという韓非子真っ青の矛盾を言い当てられてしまった。


「きいいい! ばーかばーか! イケメンしね!」と、エレガントに叫んでその場を逃げ去った。


リョウは実直すぎて融通が利かないが、行動力があり、見た目良し、性格良し、文句なくイイやつで、それは事実だ。男にも女にも人気がある。

育ってきた環境が同じはずなのに、ここまで差がでるのはなぜか。


リョウと僕の違い。それはもう見た目ぐらいしかありえないはず、女子に見る目がないからだ、と行動しない受け身な自分を慰め続けた。それが良くないことだと、薄々思っていたことだ。


……そもそも、リョウに当たるのはお門違いだ。それこそ責任転嫁だと反省する。


帰路。

どのタイミングでゴメンって言おうかな。

空振りながら振られた心と撃ち抜かれた図星、両方を癒すためには必要なこと。それは何か。


「……神社。行こうかな」


いみじくも今日でぴっちり一〇〇回目。物心ついてから振られる度に鴨南神社に来ていた。

鴨南神社は信じられないことに一〇〇〇年以上前からある由緒正しい神社らしい。


ご神体が何だとか、たまに遭遇するやたら渋い神主のおじさんの名前とか、その辺りまで調べたことはないが、そのご利益だけは知っている。

縁結びだ。


僕が神様を信じているかどうかはこの際どうでもいい。溺れた者だってすがりたい。すがりついてでも何とかしたい。


山への入り口に小ぢんまりとした鳥居がある。古いが、塗むらなく濃い朱色で染め上げられた、しっかりとした佇まい。

その奥に続くとてつもなく長い階段が見える。石段は掃き清められ、いつ来ても葉っぱ一枚落ちていない。


______________________________

____________________

__________


動機、息切れ、眩暈、空腹、のど乾いた、めんどくさい、早く帰りたい、など様々な生命活動に異常をきたすバイタルサインが自己アピールしていたが、半ば意地になっていた。

参拝というよりも、山登りという方が近い。何百段あるのか数える気にもならなくなって、ようやく頂上まで辿り着いた。


ゴールとなる最後の石段を踏みしめ、制服が汚れるのも構わずうつ伏せにぶっ倒れた。

妙な達成感。

日頃の運動不足が恨めしい。

今日はいつもより時間が遅かったせいか、完全に日が落ちていた。


仰向けに振り返ると開けた夜景。真円を描いた月が心なしか大きく見えた。

淡い月明かりの降り注いだ街。家々の明かりや車のランプ、側道のライト、遠くに見えるのは打ちっぱなし練習場の灯り。カラフルなパチンコ屋だかゲームセンター。

様々な灯火が蛍の様にちらちらと瞬いていた。 赤橙黄緑青藍紫、あらゆる色が眼前いっぱいに広がる様は幻想的だった。

その温かい光景を素直に美しいと思い、目を奪われた。


『おまちし て。おり ました』


声が聞こえた。

奥には立派な拝殿。オレンジ色に揺らめく灯籠。青が濃い月明かりが背景色を彩る。

それら全てを背に、巫女装束の少女がいた。


同い年くらいだろうか。艶のある黒髪が明かりを黒く反射し、静謐な空間を際立たせる。大理石を直接彫り出したような真っ白で透明感のある顔。水墨画の様に陰影のみで構成されているような、シンプルで奥深い眉毛。目鼻口一つ一つのパーツの作りが丁寧に配置されているようで、整い過ぎていっそ冷たい印象すら覚えた。

目の錯覚か。体全体がぼんやりと光を放っているように見え、暗さを無視して輪郭がしっかりと見える。


彼女はこちらをしっかりと見据えている。その真摯かつ直線的な視線。たじろいだ。

少し卑屈な気分になり、みっともないところは見せられない、不審者と思われたくないと思った。

慌てて、ふらつきながら立ち上がろうとする。

『どう ぞ。そ のまま』

「いえ無作法でした。すみません」


初めて見る子だった。

神主の娘さんだろうか。

天冠千早白衣緋袴と呼ばれる、神楽を舞うときに着る随分と本格的な巫女装束に、装飾された鈴がいくつもぶら下がっている剣のようなものを持っていた。

祭りの準備だろうか?


……鈴?


装飾された剣のような鈴を見て思った。音がない? ん? あれ?

……いつからだろう?


風音、木々のさざめき、衣擦れ、遠くにある街の喧騒、電車や車のクラクション。

そういったあるべき微かな物音すら聞こえない。


静かすぎて、耳の奥から高音の耳鳴りが聞こえる。さっきまで僕は、綺麗に整えられた玉砂利の上に寝転がっていた。

起き上がるときすら、音がなかった。玉砂利は、防犯ベルとしての機能がある。上を歩くとじゃりじゃりと音が鳴る。当然、僕が立ち上がっても音が鳴る。……はず。それが普通のはずだ。

ここは普通じゃない。

ぞくぞくと背筋が警告音を立てる。


『おまいり なさい』


黒目の面積が多い、大きな目が僕を覗き込むように見る。

無感情なその瞳に見つめられ、不安な気持ちはさらに高まった。ドキドキと心音が耳の奥で響く。


しっかし、可愛いなこの子。名前何て言うんだろ。

ドキドキと心音が耳の奥で……いかんリョウに怒られて反省したばかりなのに。


「え、えーっと。この神社には、な、何の神様が祀られているんですか?」

理由がないと場違いのような気持ちになり、もっともらしい質問をひねり出す。何度も通っている者とは思えない今更なセリフ。

『ごりかいもらうには。たいへんにむつかしいかと』

どうやら知ることは出来ないようだ。


『あち ら』

細くて小さな手で、拝殿を示された。参拝客だと思っているのだろう。当然だし事実だ。猫のように大きな瞳の中には、松明の炎が映り込んだのか、メラメラと燃えて見えた。


『ど うぞ』

「あ、はい」

僕の身長よりも太い、超巨大な注連縄しめなわが横一文字に吊られている。

視界いっぱいの注連縄をくぐると、これまた超巨大な本坪鈴ガラガラが釣り下がっている。

中はろうそくの明かりで照らされている程度で、薄暗い。そのため天井が見えない。

注連縄と鈴が宙に浮いているように見えるため、まるで深海の底にいるかのような不思議な錯覚を覚える。


鈴緒を握り、しっかり振ると、ガラガラと音が立った。

サイズに見合う大きな音が鳴るが不快ではない。


まあ別に神様信じてるわけじゃないけどね。二拝。一拍。パン!

神社来たらお参りするのが当たり前っていうか。パン!

ま。形だけでも取りあえず__________


どうか! どうか!! どうかあっ!!! 僕をイケメンにしてくださいっ!!

すべてを捧げます! 何でもします! イケメンなら何でもできます! むしろヤりたい!!

有象無象! 天地万物! 森羅万象! 全てが愛さずにはいられない 超 絶 イ ケ メ ン にしてください!!

おねがいいたします! おねがいいたします! おねがいいたします!!


一礼。


いつも通り全身全霊、心を込めて、お願いをした。

超神頼み……情けなくなってきた。


『は て。イケメンと は。なん でせう か』燃えた目で見つめられながら、尋ねられた。

……イケメンの定義か。考えたこともなかった。

「顔、身体などの外見的特徴が極めて優れている男、あとイケボとかあるから声もかも。誰もが好きになってしまう地上最強の生き物のことです」

『あい わ かりまし た。かな えませ う。』

「え?」


巫女さんがそう言った。大きな目が僕をギョロリと凝視する。

イケメンって結構メジャーな言葉だよな。そもそもこの子の年で知らないなんて……ん? うっそ「お願い」声に出てた? 恥ずかしすぎる。……いやいやいや、流石の僕でもそんなアホなことはしない。

絶対に声に出していない。じゃあ、なぜ?


『こえはのどがだすおと』

『いのりはこころのさけび』


え?


『わがしんいきにひびいた』

『おのれをささげ、かくごをちかう』

『いちずでおおきな、つよいいのり』

『つごう。おひゃくど。そのいのり』

『かなえませう。かなえませう』


しんいき? 神域? 何を……。


『い け め ん と な り』


巫女は、手に持った鈴剣を両手に持ち、右にしゃらんと振った。


『か の せ か い を す く い た も れ。』


巫女は、左にしゃらんと鈴を振った。

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