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天滅の魔王-破天編- 1  作者: A.A.
8/12

疾風の型

―時は少し遡り、朝



「失礼する、アリムはいるか?」

 ゼレスは難民達が暮らしている集合住宅地にやって来た。この集合住宅は1棟につき軍の者達が八人程度が住むことを想定されて作られたモノの空き家を使っている。造りがしっかりしているため、難民達からも評判はいい。

「あ、師匠(せんせい)。おはようございます」

 彼女には『ゼレスでいい』と言ったのだが、『教わる側が名前で呼ぶなんておこがましい』と、こう呼ばれている。

「もう身支度は済ませたのか?」

「はい、お弁当も作ったし準備万端です」

「そうか…なら、行くぞ」

(なぜだろうか、他の者とは会話が続かないのにアリムはそれがない)

「待ってくださいよ師匠」

 『本当に昨日の涙を盛大に流していた者か?』と思う位今の彼女は笑顔に溢れていた。そして、足並みをそろえて進み出す。

「あの、師匠って彼女とかいるんですか?」

「いない。私にはここ(エスカル)と民を守ることしか考えていないからな」

「…ラブレターとか貰わないんですか?」

 ジト目になり、何か言いたげにしている。

「貰いはするが、全て出向いて断っている」

「師匠って、堅物かなにかなんですか?」

「部下によく言われるが、私は気に留めていない…。というより、なぜこんな質問を?」

「単純に気になったんです。『師匠みたいなカッコいい人に猛アタックする人いるんじゃないかっ?』て」

 少し間を取り、自分から話し出したことのないことをなぜか自然に話し出してしまう。

「あぁ、いる」

「…どんな人なんですか?」

「やたら私の身の回りの世話をする人が。断る度に私の部屋を掃除したり、夕食を作ったり、お弁当を持って来たり色々と。しかも、遠出でもしていない限り毎日だ」

「身長は私より少し小さくて銀髪のロングヘアー、そして何よりアリムのように真っ直ぐ私を見つめてくる青眼(ブルーアイ)が特徴だ。」

 彼女は少しため息をつくと、呆れたように言う。

「…普通に付き合っちゃえばいいじゃないですか?」

「まず、私には恋愛というモノがよく分からない。それに、仮に付き合ったとしても…」

「…聞き方変えます。師匠はその方のことをどう思っているんですか?」

「私にどうして好意を寄せるのかよく分からないが、彼女と一緒にいて悪い気はしない。普通にしていたらいいお嫁さんになっていがただろうに…」

「そこですよ!師匠は少なからず、その方に好意を抱いているんですよ!」

 その言葉には、驚きを隠しきれない上に信じられず、改めて確認する。

「私が…好意を?」

「はい。好きでもなければ一緒にいて『悪い気はしない』とか『いいお嫁さんに』とか言ってる時点でどう考えても好意を持っているとしか思えません」

 その言葉は、嘘だとは思えなかった。今までそんなこと(恋愛)は考えたことなかったから、気にもしなかった。

「そうか…私がフィルティアに好意を…」

「それがその方の名前ですか…師匠、そのフィルティアさんは今どちらに?」

「手紙によると、『昼にお弟子さんの顔を見に来ます』となっている」

「なら今週末、その方とデートしてください」

「どうしてそうなる?」

「女性は好きな人が自分をちゃんと見てくれないと傷つくんです」

「そんなモノなのか?」

「でも、男性も同じですよ。師匠にも分かるようになりますよ」

 そして、ふと最初に浮かぶはずの疑問が浮かんできた。

「そういうアリムは恋愛をしたことがあるのか?」

「ないですよ。私には相手が見つかっていませんから」

「それは…残念だな」

「いいえ、今はディネア様に救っていただいた上に、師匠に教わることができるという幸せがあるからいいのです」

 そして、二人は訓練所の前まで来ると立ち止まる。

「一応先に言っておくが、私の修業はすごく厳しいぞ?」

「望むところです」

 二人は中へと足を運ぶと、部下達の姿があった。

「おはようございます、大佐、アリムさん」

「おはよう」

「おはようございます」

「私はアリムに剣を教えている間、頼んだ。あと、訓練用の剣を幾つか借りるぞ」

「承知しました」

 そして、武器庫に入り、剣が置いてある所で振り向く。

「アリム、どの剣がいい?」

「私は…うん、これがいい」

 多くの剣士の部下はソードを手に取ったが、彼女が選んだのはレイピアだった。レイピアは刃が横にない分、相手に当て辛いので敬遠されていた。その面、ソードは安定しているからよく使われる。ちなみに私の剣もソードだ。

「それでいいのか」

「はい。これがいいです」

「それでは、行くぞ」

 緊張しているアリムを連れて、訓練場へと向かうのだった…。




―その頃


「いらっしゃいませ♪」

「ゼラちゃん、フレンチトースト一つと特製コーヒーを一つ」

店長(マスター)、フレンチトースト一つと特製ブレンドコーヒー一つ」

「は~い♡」

 ここは城下町にある喫茶店(ぶるへん)。毎日朝からモーニングメニューを求めてやって来るお客が多い。お客さん達は優雅に店長特製のブレンドコーヒーと共に食事を楽しんでいる。店長のブレンドコーヒーは料理長にも匹敵する位美味しくて、私も休憩時に飲ませてもらってる。ちなみに(ゼラ)エスカル魔術第一部隊(ディスペアラーズ)として動いているとき以外はここで働いている。

「それでは少々お待ちください」

「それにしてもゼラちゃんは大変だねぇ、軍の仕事と掛け持ちって凄く忙しいはずなのに…大丈夫なの?」

「よく言われるけど大丈夫だよ。私はここでの時間も大切だからね」

「身体壊さないようにね?」

「はい、ありがとうございます」

『ゼラちゃ〜ん』

 店長の声を聞くと同時にカウンターへと向かう。

「それじゃぁお願いねぇ〜」

「はーい♪」

 プレートに乗せられた料理を片手で持ち上げ、テーブルへと向かう。

「お待たせしました、店長特製ブレンドコーヒーとフレンチトーストです♪」

「…うん。やっぱりこれがないと私の朝が始まらないわ♪」

「それでは、ごゆっくり♪」

 お客さんは心待ちにしていた特製ブレンドコーヒーの匂いをしっかりと堪能した後、口に含ませる。

「うん。やっぱりこの仄かな甘みと深みが口に広がっていくのがいいのよねぇ」

「今日も賑わっていますね、店長♪」

「ええ、朝からこんなに来てくれて私も嬉しいわ♪それにしても、まさか天使が堕ちてしまうとわねぇ〜」

「原因は調査中ですが、状況は深刻です。各国対応に追われていて、ディネア様もてんてこ舞いです」

「でしょうねぇ〜…まぁ、あの娘(ディネア)ならなんとかやりそうだけど」

「相変わらず『あの娘』呼びですか…」

「魔王でも私からすれば幼い者です」

「店長はいつも通りですねぇ〜」

「『いつも通り』って忘れがちだけど、本当に重要なことだよ〜」

「はい、そうですね…」

 話していると来店のベルが鳴った。

「おはよう店長、ゼラ」

「あ、ガルディおはよう」

「ガルディちゃんはいつものでいい?」

「はい、お願いします」

 ガルディはカウンターから一番近い席に静かに座った。ガルディは常連客の一人で、いつも決まって店長特製ブレンドコーヒーだけ飲みに来る。普段のガルディはピアニストで、月に二、三回演奏会を開いている。その時に弾く曲を朝、ここでコーヒーを飲みながら考えている。

「次の公演は明々後日だっけ?」

「ええ、今回はあの件を忘れさせられる位の演奏をするわ」

「ガルディさん、今回も楽しみにしていますよ」

「ええ、期待に応えられるように頑張ります」

「はい、コーヒーですよ〜」

「…うん、今日も良い曲が書けそうだ」

 彼女が書く曲は決まった型はなく、その時々で変わる。前回は静かな余興曲(バディヌリー)、その前は激しい狂騒曲(カプリチオ)だった。そして、今日も髪一面に譜面を書き出す。

「今書いてるのはなんの曲なの?」

輪舞曲(ロンド)だよ。今書いてる譜面は、『日々の破壊《Day’s blake》』の描写をしているわ」

「さっきと言ってること真逆な気がするけど…」

「全く、話は最後まで聞くものですよ?誰が『一曲だけ』だと言ったのですか?」

「へ?まさか…」

「今回は大きく二編に分けているわ。次は『終わりからの再生《Return from end》』を題材にしているわ」

「そう、今回の件の全てが終わった後の再生の風景よ」

「…ホント、なんで軍に入ったのか全く分からないわ」

「それは私のセリフよ。ここでのゼラは戦場では見せないような素敵な顔をしているわよ」

「それはお互い様、でしょ?」

「ええ、そうね…」

 そう、これが私達の距離感。皆は大切な仲間、でも過去(入るまで)のことには昨日のアリスティンのようなことにならない限り触れないようにしている。それは、他の者には知られたくないことが多いからだ。まぁ、ディネア様は当事者だから全部しってるけど。

 そして、再び来客のベルが鳴りいた。

「いらっしゃいま…」

「やぁゼラちゃん、おはよう」

 この青年はセイル、私に何度もプロポーズしてくる奴らの中で一番しつこい。うざさなら彼を超える者はそういない。

「おはようございます。ご注文は?」

「ゼラちゃんの愛、じゃ駄目かな?」

「そんなメニューはありません」

「いいじゃないか、僕等は愛し合っているんだから」

「…近寄らないでください」

「今日こそは絶対に…」

『ちょ〜っと待ちなさい』

 店長が厨房から戻って来たようだ。多分この騒動が聞こえて、気になって来たんだろう。その笑顔はいつものおっとりとしたモノではなく、何か威圧感を放っていた。

「店長さん、今はちょっと大…」

『ひとまず、黙りなさい♪』

「ギャアアアアアアアア!!!!????」

 すると彼はその場でのたうち回るようにジタバタしながら叫び声を上げる。他の客は常連さん以外は驚いていた。まぁそうなるのも仕方ない。店長は元々ディネア様の父、アイオロフの代のエスカル魔術部隊第一部隊のエースだった。その頃の二つ名は戦慄の凶者、無尽蔵にも等しい魔力量をその身に宿し、圧倒的な風魔法の応用でなにもないところで戦場を諸々巻き込んだ爆発を起こしたり、氷漬けにしてしまったりしてしまう。敵にとっても、味方にとっても、まさしく凶者だ。

 そして、威力を弱めると彼は恐怖のあまり、その場でガタガタ震えている。

「さあ誓ってください、『この娘(ゼラちゃん)にもう手を出さない』と」

「わわ、わかった!もう彼女には手は出さないから許してくれええ!!!」

 彼は四つん這いになりながら、勢いよく店を飛び出した。

「店長、ちょっとやりすぎですよ?」

「あんな人にはこんな可愛い娘を任せられないわ。ゼラちゃんはもう少しキツく当たってもいいと思うわ」

「もう、お母さんみたいに振る舞わないでよぉ」

「そうして不貞腐れてるあなたも可愛いわ♪」

 どうしてこんなにも親子みたいに見えてしまうのか?それは、とある争いで親を亡くして行く宛もなく、路頭に迷っていた私は店長に拾われ、彼女に育てられたから。魔術はもちろん、料理や裁縫など色んなことを全て彼女に教えてもらった。そして、ここ(ぶるへん)はまさしく私達の家に等しい。

「いつも私を支えてくれて、ありがとうね」

「そう思うなら少し位『お母さん』って呼んでほしいわねぇ〜」

「それは…無理です」

 もし店長を『お母さん』と呼んでしまったら、亡くしてしまった親の笑顔が消えてしまう気がしたからだ。

「…まぁそうでしょうね。でも親ってね、もしずっと会えなくなるなら必ず願うことがあるの」

「…それは?」

「『私達にいつまでも囚われないで、あなたの人生を歩んで』ってね。自分達が子供の決意を鈍らせたりするのが親は一番恐れるからね」

「そういうもの…でしょうか?」

「ええ、ゼラちゃんにもわかる日がきっと来るわ」

「本当かな?」

「『私もゼラちゃんも認める素敵な相手に巡り会えたら』、ね?」

「本当に巡り会えるかな?」

「会えますよ、きっと」

 お客さん達が親心丸出しにして私を見ているのに、そのときはなにも言葉を発さず、店長に抱き寄せられ、頭を撫でられ続けられた…。



『ハアアアアアア!!!』

「甘い!」

「アヴッ!?」

 態勢をわざと崩したゼレスに向けられたアリムの剣は躱され、殴られるかと思ったらデコピンだった。

「うーん、さっきのは決まったと思ったんだけどなぁ…」

「確かに、アリムの攻撃は鋭さと重さを兼ね備えている。さっきのは普通の人なら決まったと思っただろう」

 一瞬目を輝かせたが、すぐに戻った。なにか自分に足りないモノがあると悟ったようだ。でも実際、彼女の剣撃はまともに受けると殺られかねない。どうやったら小さな人間の少女にそんな力が宿るのか、それは剣に魔力を纏っているから。しかも彼女の剣は軍で使われている訓練用のレイピアだったが、魔力を纏うと刃が見えないオリハルコンでさえ断ってしまう断絶剣へと変わる。『昨日ディネア様に教えられただけでそこまでやれるのか?』と疑わざるをえなかった。

「だが、真っ直ぐ隙を突こうとするからさっきみたいに簡単にやられる。ただ隙を突くのではなく、わざと隙を作ったり牽制をかけたりする駆け引きを覚えろ」

「うーん…難しいですね」

 苦笑いを浮かべながら立ち上がり、再び剣を構えた。

「けど、剣を交えれば交えるほど分かるようになる。お前は身体の感覚がいいから、覚えるのも早いからな」

「ありがとうございます」

 彼女が剣を構えると自然と場を圧倒するかのようなプレッシャーを放つ。そのプレッシャーはディネアのそれと同じ類だ。それに、構えが剣を斜め上に向けて少し前に出していたが、身体に対して一直線になるように構える。それまでに比べて隙が全く見当たらなくなった。

 そして高速に踏み込んで懐に潜り込み剣を繰り出す。

「グッ…」

 身体を捻りながら足の位置を変え、切り返す。が、僅かに身体を後ろに傾けながら片足を反対側に回し、瞬時に切り返すことでいなすことで素早く次の攻撃に転じた。少し間合いを取ろうとしても、直に間合いを詰められ、斬撃が繰り出される。

(なるほど、隙を作るよりも無くすことを選んだか…)

「これで!」

 切り上げの動作に入る姿を確認すると同時に左拳を横腹に向けて放つ。

「ガハッ…」

 綺麗に入ると少し蹌踉めきながら後ろに下がった。その間もゼレスから目を離さないことに少し驚きを隠せない。

「確認しておくが、さっきのは始めてやったのか?」

「はい。でも、何度も見ていた動きです」

「…誰の動きだ?」

「私のお父さんです。お父さんはあの動きを『疾風(ハヤテ)の型』と言っていました。休暇のときはいつも朝に修行していて、ずっとこっそりと見ていました。でも、お父さんほど上手くは行きません…」

「もしかして、お前の父親はレイピア使いだったのか…?」

「はい、それと昨日ディネア様に教えてもらっているときに分かったんですが、お父さんも魔闘技を使っていたって」

「なんだと!?あれは元々ディネア様が生み出したモノで…」

「でも、お父さんの動きから考えると使っていないと辻褄が合わない部分があるんですよ。それは、さっきの動きでわかるかと」

「あぁ、さっきの動きは普通の人間には絶対に出来ない。どれだけ強力な風魔法を使ってもあそこまでしなやかに動けない」

「ですよね」

「でも、ぎこちなさやムラが多いけどな」

 『アハハハハ…』と苦笑いを浮かべながら、物思いに耽っている。まぁ、彼女の話からどれだけ親を愛していたのかがわかるからこうなるのも仕方ない。

「にしても、人間が魔闘技を生み出すとはな…」

(なんとなくだが、アリムがどうしてすぐに魔闘技を扱えるようになったのかが見えてきたする…)

「本当に、私のお父さんは凄いんです。でも、それでも、天使には敵わなかった。だから、私はお父さんの剣技と、魔闘技と、魔術の力で守ってみせる。ディネア様に守ってもらったように」

「なら、もっと腕を磨かないとな」

「はい、お願いしますよ、師匠?」

「言われなくとも、みっちり鍛えるからな」

『ゼレスさぁん』

 修行する気満々な二人のムードは一瞬にして霧散してしまった…。

「フィルティアか、まだお昼じゃないのに来たのか?」

「はい、あなたとお弟子さんに会いたくて会いたくて仕方なくてね。あ、あなたがお弟子さんね?私はフィルティア、ゼレスさんを振り向かせるために奔走する乙女です」

「はい、私はアリムと言います」

「それにしても、ゼレスさんの言う通り凄く可愛いですね」

「そんな…フィルティアさんも師匠の言う通り凄く綺麗で美しいですよ」

「…なんなのだ、この状況は!?」

 中々に居辛い独特な空気が二人から放たれ、これから変なことにならないことを願うことしかできなかった…。

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