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仔猫殿下と、はつ江ばあさん  作者: 鯨井イルカ
第一章 シマシマな日常
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パチッ

 色々とゴタゴタが続いた音楽会だったが、ついに本番の時刻を迎えた。部隊に設置された巨大なガラス板には、魔王が事前に収録した開会宣言の映像が映し出されている。一方、袖では、ドジョウすくいの衣装に着替えたはつ江とシーマ十四世殿下が、大きなザルを手に持って向かい合っていた。


「はつ江、こんな感じで大丈夫か?」


 シーマが尋ねると、はつ江は、どれどれ、と口にしながら、ザルをヒョイッと頭に被ってしゃがみ込んだ。


「ちょっとほっかむりが曲がってるかねぇ……はい! これで大丈夫だぁよ!」


 はつ江はシーマが被った手ぬぐいの位置を直すと、ニッコリと笑った。


「ああ、ありがとうな、はつ江」


「どういたしましてだぁよ! それにしても、お城にドジョウすくいの衣装があったなんてねぇ」


 はつ江が感慨深そうに声を漏らすと、シーマは脱力した表情でザルを頭に被りながら、尻尾の先をピコピコと動かした。


「ああ、ボクも驚いたよ、しかも踊り用の音楽の音源も持ってたし……兄貴のやつ、たまに思い立ったように、仕事をほっぽり出して異界の民俗学を研究したりするからな……」


「ほうほう、そうなのかい。ヤギさんはお勉強熱心なんだねぇ」


 シーマのぼやきのような呟きに、はつ江は感心しながらコクコクと頷いた。すると、シーマは尻尾の先をクニャリと曲げた。


「勉強熱心というか、物好きなだけな気もするけど……まあ、今回はその物好きが役に立ったから、良いんだけど」


 シーマがそう言うと、はつ江はニッコリと笑った。


「あとでヤギさんにお礼を言わなきゃだぁね!」


「ああ、そうだな……」


 二人がそんな会話をしていると、足音がトコトコと近づいて来た。二人が顔を向けると、足音の主はマロとウェネトだった。


「殿下、はつ江さん、そろそろ出番ですが、準備はよろしいですか?」


「二人とも、大丈夫?」


 マロとウェネトが尋ねると、シーマとはつ江はニッコリと笑った。


「ああ! 任せてくれ!」


「任せるだぁよ!」


 シーマとはつ江が同時に返事をすると、マロとウェネトは安心したように微笑んだ。そうこうしていると、ガラス板に映し出された魔王が、コホンと咳払いをした。


「えー、ちなみに、今回は歌姫の歌の他にも、ちょっとした出し物を予定しているから、存分に楽しんで欲しい。まずは、異界の伝統的な踊り……ドジョウすくいだ!」


 映像の魔王がそう言い放つとともに、会場には軽快な三味線と鼓の音が流れた。


「シマちゃん、いくだぁよ!」

「ああ!」


 はつ江とシーマは気合いに満ちた声でそう言うと、ひょこひょことした動きで、舞台上へ出て行った。

 それから二人はひょこひょことした動きのまま舞台中央まで移動し、観客席に向かってニッコリと笑った。そして、頭に被ったザルを手に取り器用に動かしながら、音楽に合わせてコミカルな動きでドジョウをすくう様子を再現した。息の合った二人の踊りに、観客席は笑い声と拍手に包まれた。

 曲が後奏にさしかかると、シーマとはつ江は手を振りながら、ひょこひょことした動きで舞台袖に戻っていった。観客席からは、二人に向かって盛大な拍手が送られた。


「よし……なんとか上手くいったぞ」


 舞台袖に戻ると、シーマは安堵のため息を吐きながら、そう呟いた。すると、はつ江はニコリと微笑んで、シーマの頭をポフポフとなでた。


「うんうん、シマちゃんとっても上手だっただぁよ!」


 はつ江になでられたシーマは、思わずゴロゴロとのどを鳴らした。しかし、すぐにハッとした表情を浮かべて、コホンと咳払いをした。


「ま、まあボクにかかればこんなものだけど、はつ江の教え方も分かりやすかったからな!」


「そうかい、そうかい! それは、良かっただぁよ!」


 シーマとはつ江のやり取りを見て、マロとウェネトはニコリと微笑んだ。


「では、次は僕たちの番ですね」


「二人に負けないくらい、会場を沸かせてやるんだから!」


 マロとウェネトがそう言うと、シーマとはつ江はニコリと微笑んだ。そうしていると、舞台上のガラス板に、再び魔王の姿が映し出された。


「えー……続きましては、当代一の笛と竪琴の名手による、童謡のメドレーをお楽しみください」


 司会者のような魔王の言葉を受けて、マロとウェネトは凜々しい表情を浮かべた。


「マロ、いくわよ!」

「はい、ウェネトさん!」


 二人は声を合わせてそう言うと、背筋を伸ばして舞台へ進んでいった。二人はゆっくりとした足取りで進み、舞台中央で足を止めた。そして、観客席に深々と頭を下げると、各々の楽器を構え、演奏を始めた。聞き慣れた童謡のメドレーを、大人たちはしみじみとした表情を浮かべ、子供たちはウキウキとした表情を浮かべながら聞き入っていた。

 演奏が終盤にさしかかったころ、舞台袖には大きなトートバッグを下げたローブの二人組がやってきていた。


「あと少しで、僕たちの番か……」


「ああ、そうだな……」


 ローブの二人組が不安げに声を漏らすと、はつ江はニッコリと笑った。


「大丈夫! 一生懸命やれば、みんな楽しんでくれるだぁよ!」


「ああ、ここまで来たら、君たち自身が楽しむことが大事だとおもうぞ!」


 はつ江とシーマがフードの二人組を励ましていると、演奏を終えたマロとウェネトがパタパタと舞台袖へ戻ってきた。


「お二人とも、そろそろ出番です。是非、楽しんできてください」

「あれ? 今更緊張してる? ここまで来たら、勢いよ、勢い!」


 マロとウェネトにも声をかけられ、黒ローブと灰色ローブは苦笑を浮かべた。


「みんな、ありがとう! よーし! じゃあ、やれるだけやってこうようか!」

「ああ、そうだな! お前たち、恩に着るぞ!」


 ローブの二人組が気合いを入れると、舞台上のガラス板に魔王の姿が映し出された。


「えー、続きましては、異界から来た二人組が色々なものに変身します……どうぞ!」


 相変わらず司会者のような魔王の言葉が響くと、ローブの二人組は凜々しい表情で顔を見合わせて頷き合った。それから、大きく息を吸い込み……


「ららっらっらーらららららー♪」

「らっららららららららららー♪」


 アカペラで歌いながら、跳びはねるように歩いて舞台の中央に移動し……


「限りなく#黒色__ブラック__#に近い」

「#灰色__グレー__#!」


 ……決めポーズとともに、コンビ名を披露した。

 観客席が唖然とするなか、二人はマンボのリズムを口ずさみながら、トートバッグを床に置いた。そして、灰色ローブがトートバッグの中から、金色の厚紙で作った星形の飾りを取り出し、黒ローブの背中に貼り付けていった。それから、二人でトートバッグの中から段ボールで作った額縁を取り出すと、それを背中に当てて観客席に背を向けた。そして……


「夜空!」

「曇り空!」


 自分たちが仮装……もとい、変身したものの名を高らかに叫んだ。観客席は、依然として静寂に包まれている。


「ダメ、だったのかなぁ……」

「どう、だろうな……」


 観客席の反応が見えない二人は、小声で弱音を吐いた。すると、観客席からパチッという小さな音が聞こえてきた。二人が顔を見合わせると、パチパチとした音は段々と増えていいき……



「うひゃひゃひゃひゃひゃ! いいぞ、お前ら! おもしれぇじゃねぇか! その調子でもっとやれ!」



 ……どこからともなく響いた灰門の笑い声とともに、会場は笑い声と拍手に包まれた。

 観客席の反応を受け、ローブの二人組は安心したように微笑んだ。


「……やったね!」

「……ああ! この調子でどんどんいくぞ!」


 二人はそう口にして頷き合った。そして、再びマンボのリズムを口ずさみながら、トートバッグの中から次の仮装……もとい、変身に使用する道具を取り出した。


「チョコレート!」

「コンクリート!」


「板海苔!」

「洗濯ノリ!」


 二人がゆるい変身をするたびに、会場は笑いの渦に包まれる。舞台袖ではマロとウェネトがうずくまりながら声を殺して笑い、はつ江がしみじみとした表情を浮かべながら、コクコクと頷いていた。


「懐かしいねぇ、孫が小さいころ、テレビにあの仮装がでると、お腹を抱えて笑い転げてたっけ」


「へえ、そうなのか……しかし、この変身手品、魔界中ではやりそうだな……」


 はつ江の隣で、シーマが感心したような表情を浮かべて、ローブの二人組の演技に見入っていた。ちなみに、別所で舞台の様子を見ていた魔王も、珍しく声を上げて大笑いしていた。

 かくして、ローブの二人組が会場を沸かせる大活躍をしながらも、歌姫の出番が迫っていくのだった。

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