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仔猫殿下と、はつ江ばあさん  作者: 鯨井イルカ
第一章 シマシマな日常
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ツヤッ

 魔王城の中では、シーマとはつ江はドジョウすくいの練習、レディバステト一行は演奏の練習、ローブの二人組は余興の下準備、魔王と灰門は抗魔法物質の精製にいそしんでいた。そうしているうちに、時間はどんどん経過していき、時刻は十五時になっていた。音楽会の開催予定時刻までは、あと二時間だ。

 そんな中、魔王と灰門以外の面々は、はつ江の呼びかけでキッチンへ集まっていた。一同がダイニングテーブルにつくと、はつ江がガラガラとワゴンを押しながらやってきた。ワゴンの上には、人数分のマグカップが湯気を立てている。


「お茶を淹れたから、みんな一息つくといいだぁよ」


 はつ江はそう言いながら、テーブルの上にマグカップを置いた。


「ああ、はつ江、ありがとう」


「ありがとうございます、はつ江さん」


「おばあちゃん、ありがとう!」


「……」


 シーマ、マロ、ウェネトがお礼を言うと、バステトもペコリと頭を下げた。すると、はつ江はニッコリと微笑んだ。


「いえいえ、どういたしまして。はい、頭巾ちゃんたちもどうぞ」


 はつ江は笑顔で、ローブの二人組にもマグカップを差し出した。


「ありがとう、おばあちゃん」


「ありがとう」


 黒ローブと灰色ローブが笑顔でマグカップを受け取ると、はつ江は心配そうな表情で首を傾げた。


「ところで、変身の準備の方は順調かい?」


 はつ江が尋ねると、黒ローブが得意げな表情を浮かべて胸を張った。


「安心してよ、おばあちゃん! 午前中には必要な物を作り終わって、お昼ご飯のあとにずっと練習してたから!」


「ただ、朝にも言ったように、受けるかどうかはイチかバチかだがな」


 黒ローブに続いて、灰色ローブが念を押すようにそう言った。二人の答えを聞いたはつ江は、ニッコリと微笑んだ。


「そんなら、安心だぁよ。大丈夫、一生懸命やれば皆ちゃんと楽しんでくれるさね!」


「うん! 本番でも頑張るよ!」


「……ああ。全力を尽くそう」


 はつ江が励ますと、黒ローブは意気揚々と返事をし、灰色ローブも穏やかに微笑んだ。

 そんなこんなで、キッチンはなごやかな空気に包まれた。すると、キッチンの扉が勢いよく開いた。一同は驚いて跳びはねると、一斉に扉の方へ顔を向けた。そこには、疲れた表情の魔王と、腕を組んだ灰門の姿があった。


「あれまぁよ! 源さんも来てたのかい!?」


 はつ江が驚いて声をかけると、灰門は、おうよ、と言いながらコクリと頷いた。


「まあ、当代魔王の手伝いをしてやるのも、悪くないと思ったからな」


「ほうほう、源さんは迷路だけじゃなくてお薬も作れるなんて、すごいんだねぇ」


 灰門の言葉に、はつ江は感心しながら声を漏らした。


「うひゃひゃひゃひゃひゃ! あたぼうよ! 俺だって、すぐに飽きちまったが、魔王をやってたくらいだからな!」


 灰門が楽しそうに笑いながらそう言うと、魔王がどこか遠い目をしながら微笑んだ。


「皆、安心してくれ……灰門様が手伝って下さったおかげで、抗魔法物質の精製は完了した」


 魔王の言葉に、バステト、マロ、ウェネトは耳をピンと立てた。


「本当ですか!? 陛下!」


「じゃあ、音楽会には間に合うのね!?」


 マロとウェネトが問いかけると、魔王は微笑んだままコクリと頷いた。


「ああ。ただ、抗魔法物質を点滴するのに大体一時間半かかって、そのあとも一時間弱は安静にしてもらいたいから……」


 魔王がそこで言葉を止めると、シーマが得意げな表情を浮かべて胸を張った。


「安心しろ、兄貴! そのくらいの時間なら、充分稼げるぞ!」


 シーマが耳と尻尾をピンと立ててそう言うと、はつ江とローブの二人組がコクリと頷いた。その様子を見た魔王は安心したように微笑み、灰門は楽しげに目を細めた。


「それを聞いて安心した。では、バステトさん、お茶を中断させて申し訳ないが、医務室まで一緒に来て欲しい」


 魔王が声をかけると、バステトは席を立ち深々と頭を下げた。そして、トコトコと魔王の元に近づいた。バステトが足を止めると、灰門がポンポンと頭を撫でた。


「そんじゃ、俺はこの辺で帰らせてもらうぜ。音楽会楽しみにしてるからな、ポイントねえちゃん!」


 灰門がそう言うと、バステトは再び深々と頭を下げた。その姿を見た灰門は満足げな表情を浮かべると、白い煙となって、なぜか管弦楽の音を響かせながら、消えていった。灰門の気配が完全になくなると、マロが尻尾の先をクニャリと曲げながら挙手をした。


「陛下、医務室に僕たちもご一緒してよろしいですか?」


 マロが問いかけると、魔王はコクリと頷いた。


「ああ、バステトさんも心細いだろうから、そうしてくれると助かる。処置が終わったら、私の転移魔法で全員会場まで送ろう」


「ありがとうございます、陛下」


「魔王さま、ありがとう!」


「……!」


 魔王の言葉に、レディバステト一行はホッとした表情を浮かべ、深々と頭を下げた。三人の反応を見て、魔王はコクリと頷くと、ローブの二人に顔を向けた。


「それから、えーと、黒君と灰色君にはちょっと聞いておきたいことがあるんだが……大丈夫だろうか?」


 魔王が遠慮気味に尋ねると、黒ローブと灰色ローブは神妙な面持ちで頷いた。


「うん。大丈夫だよ、僕ら一応、反乱分子だったから、聞きたいことも色々あるよね」


 黒ローブが頷いてから返事をすると、灰色ローブもコクリと頷いた。


「答えられることは、何でも答えよう。だから、拷問は勘弁してもらえるとありがたい」


 灰色ローブが冗談めかしてそう言うと、魔王はブンブンと勢いよく首を横に振った。


「ご、拷問なんてとんでもない! なんだかんだで、君たちはウェネトさんをトビズイッカンムカデから助けようとしてくれたし、はつ江の手伝いも率先してしてくれたし、時間稼ぎにも協力してくれるんじゃないか! そんな子たちに、酷いことはしないぞ!」


 魔王が慌ててフォローすると、ローブの二人組は苦笑を浮かべた。


「ありがとう。でも、僕たち幹部クラスじゃないから、知らないことも結構あるんだけどね……」


「それでも、組織の成り立ちや近況なんかは話せるから、何かの役に立てれば幸いだ」


 黒ローブと灰色ローブがそう言うと、魔王は穏やかに微笑んだ。


「協力、感謝する。では、バステトさんの処置が終わったら呼ぶから、客室で待っていてくれ」


 魔王の言葉に、ローブの二人組は同時にコクリと頷いた。そんなやり取りを見て、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げた。


「兄貴、ボクも何か手伝おうか?」


 シーマが問いかけると、続いてはつ江も首を傾げた。


「私も何かお手伝いするかね?」


 二人に問いかけられた魔王は、口元に手を当てて、ふぅむ、と呟いた。


「申し出はありがたいが、今のところは大丈夫だ……あ」


 魔王は不意にハッとした表情を浮かべると、そうだ、と言いながら、胸の辺りでポンと手を打った。


「音楽会に併せて、噴水広場に出店が並んでいるはずだから、少し気分転換してくると良い。二人も、昨日から色々と立て込んでいて大変だったろう?」


 魔王がそう提案すると、シーマは耳と尻尾をピンと立てた。しかし、すぐにハッとした表情を浮かべると、コホンと咳払いをして尻尾の先をピコピコと動かした。


「あー、兄貴、そう言ってくれるのはありがたいけど、ボクだって……」


「出店がでるなんて楽しそうだねぇ!」


 シーマが強がりを言おうとすると、はつ江のウキウキとした言葉がそれを遮った。シーマが驚いて目を見開くと、はつ江は軽く首を傾げてニッコリと笑った。


「でも、私一人だと迷子になっちまうから、この間みたいに、シマちゃんが案内してくれると嬉しいだぁよ」


 はつ江がそう言うと、シーマは耳と尻尾をピンと立てた。そして、コホンと咳払いをすると、腕を組んでそっぽを向いた。


「ふ、ふん! はつ江がどうしてもと言うなら、一緒に行くことにしよう。従業員が迷子になったりしたら、魔王一派の沽券に関わるからな!」


 シーマが分かりやすく照れ隠しをすると、はつ江はカラカラと笑い出した。 

 

「わはははは! それはありがたいだぁよ! 頼りにしてるよ、シマちゃん!」


「ああ! ボクに任せておけ!」


 二人がそんなやり取りをすると、キッチンは再びなごやかな空気に包まれた。

 そんなこんなで、シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、他の面々とは会場で集合することにして、噴水広場に赴くことになった。

 

 二人がシーマの魔法のドアをくぐり噴水広場にでると……



「いらっしゃいませー! おいしいりんごアメはいかがですかー!」



 ……りんごアメの出店の前で、呼び込みをするモロコシの姿が目に入った。

 今日のモロコシは、緑色のチュニックに、バッタのアップリケがついた黒い長ズボン、そして……



「モロコシ……その被り物、本物のりんごなのか?」

 

 

 ……シーマが思わず挨拶も忘れて尋ねてしまうほど精巧な、ツヤッとしたりんごの被り物を被っていた。シーマの声に気づいたモロコシは瞬時に振り返り、耳と尻尾をピンと立てた。


「あ、殿下とはつ江おばあちゃん! こんにちはー」


 モロコシはそう言うと被り物のせいで少しよろめきながらも、二人に向かってペコリとお辞儀をした。そんなモロコシを見て、シーマとはつ江はニッコリと笑った。


「やあ、モロコシ!」


「こんにちは、モロコシちゃん!」


 シーマとはつ江が挨拶を返すと、モロコシもニッコリと笑った。


「殿下とはつ江おばあちゃんも、遊びに来たの?」


 モロコシが尋ねると、はつ江がコクリと頷いた。


「そうだぁよ! 音楽会が始まるまで、この辺を見て回ろうと思ってねぇ」


「そうなんだ! 今日も、いろんなお店が出てるから、楽しいと思うよ!」


「あれまぁよ!そうなのかね!」


「うん!」


 モロコシとはつ江が盛り上がっていると、りんごアメの出店から、緑色のワンピースにベージュのエプロンをつた真っ白な猫、モロコシの母親のユキがやってきた。ユキの手には、りんごアメが三本握られている。


「殿下、はつ江様、モロコシが、お世話になっております」


 ユキはそう言うと、二人に対して深々と頭を下げた。そして、頭を上げると、持っていたりんごアメを差し出した。


「こちら、つまらない物ですが、いつも遊んでいただいているお礼に」


「ああ、すみません。ご丁寧にありがとうございます」


「ユキちゃんや、ありがとうね!」


 シーマとはつ江はユキに対してお辞儀を返すと、りんごアメを受け取った。


「はい、モロコシも。今日お手伝いしてくれたから、おやつにどうぞ」


 ユキはそう言いながら、モロコシにもりんごアメを差し出した。すると、モロコシは耳と尻尾をピンと立てて、嬉しそうに目を細めて笑った。


「ありがとう、お母さん!」


 ユキは穏やかに微笑むと、モロコシの頭をポフポフと撫でた。それから、ユキは再びシーマとはつ江に顔を向け、ペコリと頭を下げた。


「今、椅子を用意いたしますので、おかけになってゆっくりお召し上がり下さい」


「重ね重ねありがとうございます、ユキさん」


「ありがとうね!」


 シーマとはつ江も、再びペコリと頭を下げた。ユキが椅子をとりに出店に戻っていくと、モロコシがりんごアメを握りしめてピョコピョコと跳びはねた。


「わーい! 殿下とはつ江おばあちゃんといっしょにおやつだー!」


 昨日から緊迫した話題が続いていたシーマとはつ江は、ピョコピョコするモロコシの姿を見て、穏やかな笑顔を浮かべた。


 こうして、いつものメンバーが揃ったところで、おやつの時間が訪れたのだった。

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