パキッ
シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんが歌姫たちの仲直りに立ち会っていた頃、魔王はローブの二人組と共に実験室に移動していた。
実験室の作業台には、真っ二つになったトビズイッカンムカデの亡骸が横たわっている。その姿を見たローブの二人組は、ビクッと肩を震わせた。
「もう動かないって分かっていても、ちょっと怖いよね……」
「ああ、そうだな……また襲ってこられたらと思うと、恐ろしい」
二人組が森での出来事を思い出して身震いすると、魔王が手袋をしてトビズイッカンムカデの頭部をポンポンと叩いた。
「そんなに怖がらなくても、しっかりとトドメがさされているから大丈夫だ。さて、これからの作業だが……」
魔王はそこで言葉を止めると、パチリと指を鳴らした。すると、トビズイッカンムカデの上に、複数の化学式が浮かび上がった。
「まず、これがここにあるトビズイッカンムカデの亡骸に含まれている物質の一覧だ」
魔王はそう言いながら、化学式の一つを指さした。
「それで、今回精製したい抗魔法物質がこれ」
ローブの二人は、魔王の指を追いながら、コクコクと頷いた。魔王は二人が反応しているのを確認すると、コクリと頷いてから化学式の一覧に目を戻した。
「精製する方法はいくつかあるが、今回は遅くとも明日の夕方までというタイムリミットがある。それに、相手が『超・魔導機☆』の魔術となると、純度は百パーセントに限りなく近づけたい。そこで……」
魔王はそこで言葉を止めると、化学式の一覧から顔を上げ、ローブの二人組を見つめた。
「トビズイッカンムカデの亡骸を元素まで分解し、必要な抗魔法物質を合成する」
魔王がそう言うと、ローブの二人組はコクリと頷いた。魔王は二人の様子に安心し、トビズイッカンムカデの亡骸をパキッと三等分に分けた。
そして……
「では、さっそく魔術を使って、作業に取りかかろう。俺は頭から三分の一のところを担当するから、残りの部分を黒君と灰色君で担当してくれ」
……渾身の無茶ぶりを繰り出した。
「……え?」
「……は?」
魔王の無茶ぶりにより、二人はキョトンとした表情を浮かべて固まってしまった。
「……あれ?」
二人の反応を見た魔王も、キョトンとした表情を浮かべて固まってしまった。
実験室には、気まずい沈黙が訪れた。
「あ、え、えーと、すまない! つまりだな、その、みんなの魔法の力で、このムカデさんをものすごーく細かくしてね……」
沈黙を破ったのは、顔を赤くしながら取り乱す魔王の言葉だった。
「いやいやいや! 言いたいことは分かってるよ!」
「そんなに、子供向けの言い方をしなくても、伝わっているから安心してくれ!」
慌てる魔王に向かって、二人組がフォローを入れた。すると、魔王はハッとした表情を浮かべたあと、コホンと咳払いをした。
「そ、そうか。ふぅむ、では、何が問題なのだろうか?」
魔王が不思議そうに首を傾げると、黒ローブがおずおずと手を挙げた。
「えーと、僕たちも魔法は使えるけど、さすがにそんなに難しいのは使えないよ……」
「ああ。魔術の腕には自信があるが、そんな高等魔法まではさすがに……」
黒ローブの言葉に、灰色ローブもおずおずと続いた。すると、魔王は再びキョトンとした表情を浮かべて、首を傾げた。
「あれ? 確か学習指導要領では、分解魔術は中学二年の理科で、元素記号を習うときに合わせて授業を行うことになっていたはず……」
魔王がそう言うと、ローブの二人組は呆然とした。二人組の表情に気づいた魔王は、しまった、と言いたげな表情を浮かべた。
「す、すまない! そうだな、君たちは魔界出身ではないから、習う機会がなかったのだからしかたがない! それなら、教科書と参考書を持ってくるから、それを読んでから作業に取りかかってくれ!」
魔王は、再び慌てながらフォローのこと場を口にした。すると、ローブの二人組は安心したようにため息を吐いた。
「よかった! マニュアルがあるなら、僕たちもすぐに使えるようになるね!」
「ああ。これで、力になれるはずだ」
二人が返事をすると、魔王も安心したように微笑んだ。
しかし……
「それならよかった。分解魔術は、転移魔術の数倍程度の魔力を使用するが、魔王城に就職を希望する君たちなら、何ら問題ないはずだ」
「……え?」
「……は?」
……魔王の無茶ぶりにより、再び二人はキョトンとした表情を浮かべて固まってしまった。
「えーと……え? あ、あれ?」
魔王も、再びキョトンとした表情を浮かべて固まってしまった。
「えーと……僕たち今日は何回も魔法を使ってるから、ちょっと難しいかも……」
「その、魔王城で働くためには、そんなに膨大な魔力が必要なのか?」
黒ローブと灰色ローブが気まずそうに声をかけると、魔王も気まずそうな表情を浮かべた。
「あー……えーと……魔王城というか、国家公務員ならびに地方公務員の魔術職として採用するときの基準が、一日に数十回程度の転移魔法を使っても魔力に余力があること、なんだが……」
「……」
「……」
実験室には、再び気まずい沈黙が訪れた。
「そ、そうだ! 何も、魔術にこだわることはないな! たとえば、ほら、君たちが元いた世界の技術や知識を使って精製する、という方法もあるのだし!」
沈黙を打ち破ったのは、魔王が発したフォローの言葉だった。その言葉を受けて、ローブの二人組は、表情を明るくした。
「うん、そうだね! 僕たちだって、学校で一通りのことを学んで来たんだから!」
「ああ、そうだな! それに、化学は得意分野だから、任せてくれ!」
自信を取り戻した二人を見て、魔王は安心したように微笑んだ。
そして……
「それは助かる! ちなみに、トビズイッカンムカデの身体は溶媒に溶けるのに2日はかかるし、加熱して溶かすとなると更に時間がかかるから、液体や気体から精製する方法は使えないが……きっとそちらの世界の最新技術なら、固体のまま精製を行うこともできるんだろう!?」
「……え?」
「……は?」
……目を輝かせた魔王の無茶ぶりにより、二人組はまたしてもキョトンとした表情で固まってしまった。
「あ、えーと……そちらの世界の教科書や参考書や学術論文に載っていない知識や、交流でもたらされた技術よりも最新の技術を持っているから、魔王城に就職したいと思ってくれたんだよね?」
「……」
「……」
魔王がゆっくりと問いかけると、二人組は無言で首を横に振った。
実験室には、またしても気まずい沈黙が訪れた。
「あー……えーと……うん! ほら、誰しも向き不向きはあるからな! よし! では、分解作業は私が一人で引き受けるから、君たちには他の仕事を頼もう!」
沈黙を打ち破ったのは、またしても魔王の言葉だった。
「今材料を用意するから、少し待っていてくれ!」
魔王はそう言うと、呆然とする二人組を余所に、実験室の壁際に置かれた戸棚から茶色の瓶を取り出した。それから、魔王は茶色の瓶を二人に差し出すと、ニコリと微笑んだ。
「これをはつ江に届けて、彼女のサポートをしてきて欲しい」
「あ、う、うん。分かったよ」
黒ローブは戸惑いながらも、魔王から瓶を受け取った。すると、灰色ローブが怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「この瓶は、一体何なんだ?」
灰色ローブが問いかけると、魔王は凜々しい表情を浮かべた。
「昨日、なんとなく眠れなかったから夜中にためしに作ってみた美味しいみりん風調味料だ!」
魔王は胸元で手を握り目ながら、高らかにそう言い放った。
「つまり、こっちにいても邪魔になっちゃうから、おばあちゃんの手伝いをしてこいってことだよね……」
「そういうことだよな……」
二人が落胆すると、魔王はハッとした表情を浮かべた。
「いやいやいや! そういうわけじゃないぞ! さっきも言った通り、何事も、何というか、えーと……適材適所だからな!」
魔王が慌ててフォローを入れると、ローブの二人組は更に肩を落とした。
「……まあ、そうだよね」
「……ああ、そうだな。ひとまず、ばあさんのところに、行くとするか」
二人の反応を見て、魔王はバツの悪そうな表情を浮かべた。
「あの……その……何というか、手伝いに名乗りをあげてくれたことは、ちょっと緊張したけど、本当にありがたいと思ったんだ……えーと……すまない」
魔王はしどろもどろになりながら、二人に向かって頭を下げた。
「あ……うん、僕たちこそなんかごめんね……」
「ああ……なんか、悪かったな……」
魔王が頭を下げると、二人も脱力しながら頭を下げた。
かくして、歌姫たちが仲直りをしている影で、反乱分子の一端と魔王もなんとなく和解した感じになったのだった。




