ザクッ
時間はちょっとだけさかのぼり、シーマ十四世殿下が街の出入り口に向かって走っていた頃。ウェネトはトボトボとした足取りで、森の中を歩いていた。
「私、そんなつもりじゃなかったのに……」
独り言をこぼすウェネトの目は、いまにも涙があふれそうになっていた。泣き出しそうなウェネトのもとに、二人分の足音が近づいてくる。
「……誰よ?」
ウェネトが涙を拭いて振り返ると、黒ローブと灰色ローブの二人組が立っていた。
「やあ! 様子を見に来たよ、真の歌姫さん」
「願いは叶ったのか?」
二人が声をかけると、ウェネトは眉間にシワを寄せて、足をダンっと踏みならした。
「願いは叶ったのか、じゃないわよ! アンタたちのせいで、バステトの声が出なくなっちゃったじゃない!」
ウェネトが激昂すると、ローブの二人組は困惑した表情を浮かべた。
「え? えーと、僕たち、別になにもしてないけど……どうしたの?」
「一体、何があったと言うんだ?」
二人の問いかけに、ウェネトはやや落ち着きを取り戻した様子で、ふん、と鼻を鳴らした。
「アンタたちに貸してもらったコレに、歌姫にして欲しい、って言ったら、バステトの声が出なくなっちゃったのよ!」
ウェネトはそう言いながら、「超・魔導機・改」の入力端末を二人に見せつけた。すると、灰色ローブが困惑した表情を浮かべながら、そうか、と声を漏らした。
「たしかに、今の改造の仕方なら、そういうことが起こっても、おかしくないか……」
灰色ローブの言葉を受けて、ウェネトは再び足を踏みならした。
「ちょっと、どういうことなの!? しかも、さっきの願い事をなかったことにして、って言ったのに、アメが出てくるばっかりなんだけど!」
声を張り上げるウェネトの姿を見て、黒ローブが頭を掻いた。
「えーとね、ウサちゃん。『超・魔導機・改』なんだけど……改造の結果、人を傷つける可能性が少ない願い事は、叶いにくくなってるみたいなんだ」
黒ローブがバツの悪そうな表情を浮かべて答えると、ウェネトは目を見開いた。
「そんな……」
ウェネトはそう呟くと、俯いて手を握りしめた。
「バステトが、二度と歌えなくなっちゃったら、どうしよう……」
そして、カタカタと震えながら、ポロポロと涙をこぼし始めた。
ウェネトの姿を見た二人組は、困惑した表情を浮かべて、ほぼ同時に深いため息を吐いた。
「うーん、僕たちとしては、音楽会が失敗して魔王の評価が下がるのは、願ったり叶ったりなんだけど……ちょっと、可哀想になってきちゃったね……」
「別に、俺たちが腹を立てているのは魔王に対してであって、他の住民たちに恨みはないからな……それに、俺個人としては、明日の音楽会というのは成功して欲しいところではあるし……」
二人組がそろって頭を抱えた。
まさにそのとき!
森の奥から、ガサガサと音を立てながら、何かがものすごい早さで近づいて来た。
予想外の事態に、泣いていたウェネトも顔を上げ、音のする方に目を向けた。
「え? な、なに……きゃぁぁぁぁぁ!?」
音を立てていたものの正体を目にしたウェネトは、目を見開いて悲鳴を上げた。
そこにいたものは、巨大なムカデだった。
ムカデは黒く長い体の半分を持ち上げながら、赤い頭についた光の宿らない黒一色の複眼で三人を見つめた。
そして、ガチガチと顎肢を鳴らしながら、橙色をしたその他の脚もガシャガシャと動かした。
「うわぁぁ!? む、ムカデだぁ!? ど、ど、どうしよう!?」
臨戦態勢の巨大ムカデを前に、黒ローブは慌てふためいた。
「落ち着け! 気持ち悪いが、巨大な蟲というだけだろ!」
灰色ローブは黒ローブを一喝すると、巨大なムカデを睨みつけた。それから、灰色ローブは胸の辺りに手を構えて、ブツブツと呪文を口にした。呪文が進むにつれ、灰色ローブの手が青白い炎に包まれていく。
「……炎よ! 焼き尽くせ!」
灰色ローブはかけ声と共に、青白い炎を巨大なムカデに放った。
しかし、その炎はムカデに触れるか触れないかの距離で、プシュッと音を立てて消えてしまった。
「なん……だと……?」
灰色ローブがテンプレートな驚き方をしていると、ウェネトがダンッと足を鳴らした。
「なに驚いてるのよ!? トビズイッカンムカデに魔法が効かないなんて、常識でしょ!? こういうのがいるから、魔獣よけの魔導機をもってたのに、なんで……」
ウェネトはそう言いながら、服のポケットをガサガサと探った。すると、ポケットからは、目の形をした灰色のキーホルダーが発見された。ウェネトは、そのキーホルダーを見て、愕然とした。
「魔獣よけ魔導機の魔力が……切れてる……」
「うそ!? 僕たち、剣術とか弓術とかは使えないから……あ、あのムカデに食べられちゃうの!?」
ウェネトが落胆すると、黒ローブが再び慌てふためいた。
青ざめる三人をよそに、トビズイッカンムカデは、顎肢をガチガチと鳴らしながら、身を低くした。
「まずい! 飛びかかるつもりだ! お前らは、先に逃げろ!」
その言葉と共に、灰色ローブが両手を広げて、他の二人とトビズイッカンムカデの間に割って入った。
「ちょっと!? なに無茶なことしてるのよ!?」
「そうだよ!! 一人で格好つけてないで、一緒に逃げようよ!!」
灰色ローブに対して、ウェネトと黒ローブは抗議の声を上げた。まさにそのとき!
「全員、その場に伏せてください!」
どこからか、誰かの叫び声が聞こえた。三人はその声にけおされて、言うとおり頭を抑えながら、地面に伏せた。
「うにゃー!!!」
三人が地に伏せると、どこか緊張感に欠けるかけ声と共に、ザクッと言う音が森の中に響いた。
それから、ドサリ、と何かが倒れる音が聞こえ、三人は恐る恐る立ち上がった。すると、そこには縦に真っ二つになったトビズイッカンムカデと、刀を手にしたマロの姿があった。マロは三人に顔を向けると、安心したように微笑んだ。
「良かった、間に合ったみたいですね、ウェネトさん」
マロはそう言いながら、刀を鞘に戻した。
「あ……ありがとう、マロ」
ウェネトは戸惑いながらも、マロに向かってペコリと頭を下げた。
「助かったよ猫ちゃん! ありがとー!」
「……恩に着る」
ウェネトに続き、黒フードと灰色フードもマロに対して、お礼の言葉を口にした。すると、マロは苦笑を浮かべながら、軽く会釈した。
「いえいえ、無事なら何よりです」
マロがそう言うと、一同のもとにトコトコという足音が近づいて来た。
「おーい! マロさん! ウェネトさんは見つかったかー!?」
「マロちゃんやー! ゑねとちゃんはいたかねー!?」
足音と共に、シーマとはつ江の声も一同のもとに近づいて来る。
「はーい! 全員ご無事でしたよー!」
マロは口元に手を当てながら、声を張り上げて返事をした。
「え、全員っていうのは……」
「他に誰かいるのかねぇ……」
それから、訝しげな声と共に、シーマとはつ江が現れた。シーマとはつ江は、ウェネトの他に黒ローブと灰色ローブがいることを見つけると、目を見開いた。
「あ! お前たちは!!」
「あれまぁよ! ルンルン商店街にいた頭巾の子たちだぁね!」
二人の姿を見て、ローブの二人組は、失敗した、と言いたげな表情を浮かべた。
「おい、逃げるから転移魔法を使え!」
「えー!? 無理だよー今日はもう一回使って疲れてるんだから、君が使ってよ!」
「俺だって、さっき炎の魔法を使ったから、疲れてるんだ……うわっ!?」
「わぁっ!?」
二人組がイザコザしていると、頭上から光の檻が降ってきた。二人組は、戸惑いながらもシーマに顔を向けた。すると、シーマは腕を組みながら、ふん、と鼻を鳴らした。そして、耳を後ろに反らしながら、ギロリとした目付きを二人組に向けた。
「君たちまで見つかったのは、幸いだった。色々と聞かせてもらいたいことがあるから……」
「頭巾ちゃんたち、あの、なんとかなんとか、っていうのを、どうにかできないかい?」
二人組に対してすごむシーマの声を遮るように、はつ江があいまいな質問を口にした。
「えーと、なんとかなんとか、っていうのは、何のこと?」
「それと、どうこうっていうのは、何をどうすれば良いんだ……?」
ローブの二人組が戸惑っていると、シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らした。
「あー、えーと、ボクの方から詳しく説明するから、ちょっと待ってくれ。あと、はつ江、折角すごみを出してたのに、水を差さないでくれよ……」
「わはははは! 悪かっただぁよ!」
森の中には、シーマの力ない声と、はつ江のカラカラとした笑い声が響いた。
かくして、かなりショッキングな魔獣が登場しながらも、シーマ殿下一行は無事にウェネトとその他二人を見つけたのだった。




