ヒシッ
シーマ十四世殿下一行は、「おしゃれ泥棒・ウェロックス」の店内にて、魔王から魔界の反乱分子について説明を受けることになった。
シーマは会計カウンターに手鏡を置くと、他の五人と共にその前に横一列に並んだ。総勢六人に見つめられた魔王は、鏡の中で頬を赤くして、目を泳がせた。そんな魔王の様子を見て、シーマは不安げな表情で尻尾の先をクニャリと曲げた。
「兄貴、大丈夫か?」
「あ、ああ。なん、とか、大丈夫、多分」
シーマの問いかけに、魔王は途切れ途切れになりながら答えた。すると、はつ江が鏡を覗き込みながら、ニッコリと微笑んだ。
「ヤギさんや、緊張したんなら深呼吸するといいだぁよ!」
「そう、だな……あり、がとう。やって、みよう」
魔王は途切れ途切れのままで判事をすると、大きく息を吸い込んでから吐き出した。そして、先ほどよりも幾分か落ち着いた表情を浮かべて、一同に顔を向けた。
「えー、皆様、大変長らくお待たせいたしました」
手鏡の中の魔王が発した言葉に、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らした。
「何かがまだ間違っている気がするんだけど……まあ、いいや。それで、兄貴、不満分子って言うのは一体どんなヤツらなんだ?」
シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて尋ねると、はつ江もキョトンとした表情で首を傾げた。
「私と同じところから来たってことは、みんな徒野さんに呼ばれたのかね?」
はつ江に続いて、バステトも首を傾げた。
「それとも、私たちのようにトビウオの夜に生まれた者たちなのですか?」
バステトが質問をすると、マロが腕を組んで首を傾げた。
「しかし、お言葉ですがレディ、トビウオの夜に生まれた者が徒党を組んで不満分子になる、なんて話、聞いたことありませんよ?」
マロの言葉を聞いたバービーが、ミミに向かって首を傾げた。
「ミミちゃん、魔王さまに不満があったりする?」
バービーに問いかけられたミミは、フルフルと首を横に振った。
「みーみ」
一同の反応を受けて、魔王はコホンと咳払いをした。
「その辺の説明をするために、まずはこの魔界と、はつ江たちが住んでいる世界……ひとまず人間界という呼び方をしようか、その二つの世界間の移動方法について話すことにしよう」
魔王がそう言うと、六人は同時にコクリと頷いた。
そんな中、シーマがフカフカの手を挙げながら、尻尾の先をクニャリと曲げた。
「生きている者が二つの世界を行き来する方法は二つ、魂だけになった者が転生する方法は一つであってるよな?」
シーマが質問すると、魔王はコクリと頷いた。
「ああ、その通りだシーマ。まず、生きている者が二つの世界を行き来する方法の一つ目だ。一番一般的なのは、強力な魔力を持った術者が、滞在期間と滞在目的をしていた魔法陣を描き、最適任者を召喚するという方法だ」
魔王が説明すると、はつ江がコクコクと頷いた。
「私がこっちにお呼ばれしたときの方法だぁね」
はつ江の言葉に、魔王がコクリと頷いた。
「そうだな。この方法は、呼び出した者が呼び出された者に対して、手伝って欲しいこと報酬を説明し、合意が取れたところで始めて成立する。人間界にいる者が魔界にいる者を呼び出す場合にも、この方法が一般的だな。ちなみに、魔界でこの方法を行う場合は、魔術庁に申請書を提出して、承認される必要があるんだ」
魔王の説明に、バステトがコクコクと頷いた。
「たしかに、熱砂の国の音楽院でも、人間界の音楽家の方を召喚する際には申請書を必ず書いていましたわね」
「ときおり先生の手伝いで、申請書のチェックをしたこともありましたよね、レディ」
バステトとマロが懐かしがっていると、魔王がコクリと頷いた。
「この方法をとった場合、誰が、いつ、なんのために、どのくらいの期間、どんな者を召喚したかが管理できるし、期限が来たら確実に帰ってもらうことになるから、魔界としてはこの方法をとってもらうのが一番ありがたい。次に一般的なのは、魔界と人間界をつなぐ扉を使って行き来する方法だ」
魔王が次の方法を口にすると、シーマがコクリと頷いた。
「こっちは、魔界から人間界に行くときに使われることが多い方法だな。河童族の人が治水技術についての交流会に行ったり、アメ屋さんがアメ作りの修行に行ったりしたときに使われた方法だ」
シーマが説明すると、バービーがコクコクと頷いた。
「それ、私も知ってる! たしか、扉を管理してる門番さんに申請して、オーケーが出たら行けるんだよね! でも、向こうで迷子になって、帰って来るのにすごく時間がかかったって話も聞いたことがあるなー」
「み、みー……」
バービーが不穏なことを口にしたためか、ミミは耳をペタンと伏せてプルプルと震えた。
「大丈夫だぁよミミちゃん、迷子になっても、ばーびーさんがすぐに見つけてくれるんだから!」
「そうだよミミちゃん! ママにまっかせなさい!」
「み、みー!」
はつ江とバービーが宥めると、ミミは気を取り直したように、耳と尻尾をピンと立てて返事をした。その様子を見て、鏡の中の魔王は穏やかに微笑んだ。しかし、すぐにハッとした表情を浮かべると、コホンと咳払いをした。
「ともかく、この方法で行き来した者も、用が済んだら自分の世界に帰るというのがルールになっている。最後に、魂だけになった者が魔界に生まれる場合……ちょうど明日の夜に起きる、トビウオの夜についての説明だ」
魔王の言葉に一同は、再びほぼ同時にコクリと頷いた。
「トビウオの夜に魔界に生まれた者の場合、他の新生児の場合と同じように、保護者となる者が出生時に必要な手続きをする必要がある」
魔王がそう言うと、バービーがコクコクと頷いた。
「そうそう。出生届けを提出したり、保険の手続きしたり、助成金の申請したり、他のママさんと同じ手続きが必要なんだよね」
バービーの言葉に、魔王はコクリと頷いた。
「バービーさんの言う通りだ。そして、生を受けた本人は、元の世界での寿命はつきているわけだから、魔界の住人として一生をすごすことになる。その場合は、当然、他の魔界の住人と同じように、魔界のルールに従って暮らしていくことになる」
魔王がそう言うと、バービーはミミをヒシッと抱きしめた
「生まれ方が他の子と違っても、大事な家族で魔界の仲間だもんね!」
「みー!」
バービーの言葉に、ミミは目を細めて元気よく返事をした。その姿を見て、他の五人も穏やかに微笑んだ。しかし、魔王だけはすぐに、悲しげに目を伏せてしまった。
「……こんな感じで、正式な方法で行き来した者たちが大きな問題になることはまずない。ただし、近年、これ以外の方法で、魔界にやって来る者が増えているんだ」
魔王の言葉に、はつ江はキョトンとした表情で首を傾げた。
「それは、どんな子たちなんだい?」
はつ江が問いかけると、魔王はコクリと頷いた。
「人間界に暮らしている者で、自分でも気づかないうちにそこそこ強力な魔力を持った者だ。そう言った者が、自分の世界に辟易したときに無意識のうちに転移魔術を使ってしまい、魔界にやって来る。そんな例が、近年急激に増えているんだ」
魔王が答えると、シーマは目を丸くした。
「そうだったのか……兄貴、そう言う人には、どんな対応をしてるんだ?」
「基本的には、魔術庁召喚部の者たちで対応して、元の世界に帰ってもらっている。ただ、どうしても戻りたくないという者たちもいるから、そう言った者には魔界の住人として生きていく上でのルールを説明してるんだが……」
魔王はそこで言葉を止めると、どこか遠くを見つめた。
「法律が細かい、だとか、税金なんてあるのか、だとか、職業にファンタジーみがない、だとか、どうせなら魔王の側近として働かせろ、だとか色々とクレームが多くてな……お兄ちゃん、ちょっと困っちゃってるんだ」
魔王はそう言うと、遠くを眺めたまま力なく微笑んだ。すると、シーマが気まずそうな表情を浮かべて、尻尾の先をピコピコと動かした。
「あー……つまり、そいつらが不満分子ってことなんだな?」
シーマが問いかけると、魔王は力なく頷いた。
「ああ、そうだ。まあ、自分の世界に絶望してこの魔界にやってきたんだから、知らずに法律違反をしてしまった者には猶予を設けたり、減税や免税の対応をしたり、職業紹介をしたりとかの対応をしてるんだが……限界もあるからな。不満を持ったままの者も、結構多いんだよ」
魔王は、深いため息を吐きながら答えた。すると、はつ江は会計カウンターに近づき、手鏡をそっとなでた。
「ヤギさんは頑張ってるんだねぇ。きっと、いつかその子らにもヤギさんの頑張りは伝わるから、何言われても気にしちゃダメだぁよ!」
はつ江が励ますと、魔王はどこか悲しげながらも、ニコリと微笑んだ。
「ああ、そうだな。魔界を統べる者が、弱音を吐いてばかりもいられないからな」
はつ江と魔王のやり取りを見て、シーマは安心したように微笑んだ。しかし、すぐに真剣な表情を浮かべると、フカフカの手を口元に当てて、うーん、と呟いた。
「でも、そんなヤツらが『超・魔導機☆』を手にしてると思うと、油断できな……」
シーマがそう呟いた、まさにそのそき!
店の入り口の扉が、バタッと大きな音を立てて開いた。
一同が驚いて振り返ると、そこには不機嫌な表情を浮かべたウェネトが立っていた。
「ちょっと、お邪魔してもいいかしら?」
そう言うウェネトの手には、先端に星のついた緑と白の縞模様のステッキが握られている。それを見たバステトとマロは、目を見開いて全身の毛を逆立てた。
「ウェネト!? なんで、そんな物を持っているのよ!?」
「ウェネトさん! 何があったのですか!?」
驚く二人に向かって、ウェネトは不機嫌そうに、ふん、と鼻を鳴らした。
「別に、何があったっていいでしょ。それよりも……」
ウェネトはそこで言葉を止めると、口角を上げてニッと笑った。
「ちょっと、相談があるんだけど、いいかしら?」
ウェネトの言葉を受けて、店内には緊張が走った。
かくして、シーマ十四世殿下一行は、またしても不穏な空気に巻き込まれることになったのだった。




