ピコッ
シーマ十四世殿下一行は、バステトたちの衣装を受け取るため、「おしゃれ泥棒・ウェロックス♪」に訪れていた。そして、バービーから、フード姿の一味がまたしてもポスターを貼りにやってきていたことを知らされた。
「あいつら、どうしても今度の音楽会にケチをつけたいみたいだな」
シーマが耳を後ろに反らせて尻尾を左右に振りながら呟くと、はつ江が淋しげにため息を吐いた。
「そんなイジワルなことをして、何がしたいんだろうねぇ?」
はつ江がそう声を漏らすと、バービーが不機嫌そうに、ふん、と鼻を鳴らした。
「皆が楽しんでるところにケチをつける奴なんて、ほっとけば良いじゃん!」
バービーの言葉を受けて、バステトが真剣な面持ちでコクリと頷いた。
「そうですわね……放っておく、と言うわけにはいきませんが、納得がいかない、とおっしゃる方々を黙らせるほどの公演をすれば良いだけの話ですわね」
バステトの言葉に、マロもコクリと頷いた。
「そうですね、レディ。僕たちは、全力で公演を成功させるまでです」
二人の決意に満ちた言葉を聞いて、バービーはニッコリと笑って頷いた。
「そうそう!その意気だよ!じゃあ衣装を渡すから、皆、入って、入って♪」
バービーに案内され、一行は声を合わせて、お邪魔します、と言いながら店内に入った。店内に入ると、頭に水玉模様のバッタを乗せた仔猫が、マネキンやハンガーラックの間を縫ってモップ掛をしていた。
尖った三角形の耳。
ビー玉のような金色の目。
薄茶と黒と白の毛並み。
丸く短い尻尾。
そして、水色のワンピースを着て白いフリルのエプロンを着けた彼女の名は、ミミ。バービーの娘にして、「おしゃれ泥棒・ウェロックス♪」の看板娘だ。
ミミはシーマとはつ江に気づくと、短い尻尾をピコッと立てた。
「みみー!」
ミミが嬉しそうに声を上げると、頭の上のミズタマシロガネクイバッタもピョコンと跳びはねた。その様子を見て、シーマとはつ江はニコリと微笑んだ。
「やあ、ミミ!あと、ミズタマも!」
「こんにちは、ミミちゃんにミズタマちゃん!」
二人が挨拶をすると、ミミはピョコピョコと跳びはねた。
「みーみみー!」
嬉しそうに跳びはねるミミを見て、はつ江は満足げにコクコクと頷いた。
「ミミちゃんは今日も元気いっぱいだぁね!それに、お店のお手伝いをしてるなんて、偉いねぇ!」
「みみぃ」
はつ江に褒められたミミは、照れくさそうに視線を反らした。
そんなミミを見て、バステトとマロも顔を綻ばせた。
「よくできたお嬢さんですわね」
「ええ、本当ですね」
バステトとマロの言葉を受けて、バービーは得意げな表情を浮かべた。
「でしょー!自慢の娘なんだから!」
バービーがそう言うと、ミミがキョトンとした表情を浮かべた。そして、バステトとマロの顔をジッと見つめてから、首を傾げた。
「みーみ?」
ミミが問いかけると、バービーはニコリと笑った。
「ミミちゃん。この二人はお客さんだよ!」
「みー!」
バービーが答えると、ミミは目を丸くして声を上げた。そして、ミミはモップを引きずりながら壁際に移動して、モップを壁に立てかけた。それから、会計カウンターに立ち寄り、ミズタマシロガネクイバッタを頭から降ろし、再び一同の元に戻ってきた。
一同の元に戻ったミミは、姿勢を正すとヘソのあたりで手を重ねた。
「みみー」
そして、みみーという声と共に、ペコリとお辞儀をした。
「あらあら、これはご丁寧にどうも」
「ありがとうございます」
バステトとマロもミミに向かってペコリと頭を下げた。三人のやり取りを見て、バービーはニッコリと笑うと、店の奥へ足を進めた。
「じゃあ、衣装をとってくるから、ちょっと待っててね」
バステトとマロはバービーに向かって声を揃え、ありがとうございます、と口にした。
バービーが店の奥に入ると、シーマはコホンと咳払いをした。
「じゃあ、衣装を受け取ったら、今度はどこに行こうか?」
シーマは尻尾の先をクニャリと曲げながら、バステトとマロに問いかけた。すると、バステトは口元に手を当て、マロは腕組みをして首を傾げた。
「そうですわね……もう少し、観光をしたいところではあるのですが……」
「ウェネトさんが、オススメの観光スポットを集めた旅のしおりを作ってくれていたんです。でも、出発直前に、しおりとともに失踪してしまいましたからね……」
バステトとマロはそう言うと、示し合わせたように同時にため息を吐いた。すると、はつ江が何かを思い着いたように、胸のあたりでポンと手を打った。
「そんじゃあよ、ゴロちゃんがいるナベさんの博物館に行ってみるかい?」
はつ江が提案すると、シーマが、ふぅむ、と呟きながら腕を組んだ。
「そうだな。あそこなら、ご飯を食べるところもあるし、みどころも沢山あるから丁度いいかも」
シーマはそこで言葉を止めると、尻尾の先をピコピコと動かした。
「でも、ここからだとちょっと遠いから、移動は魔法になるかな」
シーマがそう呟くと、はつ江がキョトンとした表情を浮かべた。はつ江の表情を見たシーマも、同じようにキョトンとした表情を浮かべて、尻尾の先をクニャリと曲げた。
「ん?どうしたんだ?はつ江」
「シマちゃんや、ナベさんの博物館は、そんなにここから遠いのかね?」
はつ江が問いかけると、シーマはコクリと頷いた。
「ああ。徒歩だと一時間以上はかかると思うぞ。公共交通機関を使っても良いけど、バステトさんたちの安全も守らないといけないから」
「ほうほう、そうだったのかい。私はてっきり、ミミちゃんが一人で来られるくらいだから、ここからうんんと近いのかと思っただぁよ」
はつ江の言葉を受けて、シーマはハッとした表情を浮かべた。そして、尻尾の先をクニャリと曲げながら首を傾げた。
「そういえば、ミミは一人で博物館まで来てたんだよな……公共交通機関は、未就学児童が一人で使えないようになってるのに」
シーマがそう呟いて、ミミの顔をジッと見つめた。すると、ミミはキョトンとした表情で首を傾げた。
「み?」
「ミミちゃんや、この間はどうやって博物館まで行ったんだい?」
はつ江が尋ねると、ミミは尻尾をピコピコと動かしながら、口元に手を当てた。
「みー……み!」
ミミはそう呟くと、あたりをキョロキョロと見渡した。
「みみーみーみ」
そして、何かを説明するように声を出した。
「みー、みみー……」
次に、不安げな表情を浮かべて、泣きまねを始めた。
「みみみ!」
今度は、急に驚いた表情を浮かべて声を上げた。それから、数歩移動して、ワンピースの後ろ襟を引き上げて、頭に被った。
「みーみみみみー」
そして、どこか厳かな口調で声を出しながら、何かを差し出す仕草をした。それから、後ろ襟を元に戻し、元いた場所に戻った。
「みみー!みみみみー!」
そして、嬉しそうな表情を浮かべてピョコピョコと跳びはねた。
一連の動作を終えたミミは、一同の方へ顔を向けて、コクリと頷いた。
「み」
それから、これで分かっただろ、と念を押すように、一同に声をかけた。すると、はつ江が、ほうほう、と声を漏らしながら、コクコクと頷いた。
「あれまぁよ。そうだったのかい」
「み!」
はつ江が感心したように声を漏らすと、ミミは嬉しそうに尻尾を立てた。二人の様子を見て、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら、ため息を吐いた。
「はつ江、前にもこんなやり取りをしたことがあるけど、念のため聞くぞ……ミミがなんて言ったのか、分かるのか?」
シーマが尋ねると、はつ江は満面の笑みを浮かべた。
「サッパリ分からねぇだぁよ!」
そして、キッパリとそう言い放った。すると、ミミは耳を反らし鼻の下を膨らませて、短い尻尾をピコッと動かした。
「みみぃー!」
そして、はつ江に向かって抗議の声を上げた。
「わはははは、悪かっただぁよ、ミミちゃん」
はつ江は苦笑いを浮かべると、ミミの頭をポフポフとなでた。シーマは二人のやり取りを見て、脱力した表情でため息を吐いた。
「まあ、お約束のやり取りはともかく……ミミは、なんて言ってたんだろう?」
シーマはそう言うと、尻尾の先をクニャリと曲げた。すると、バステトとマロも、腕を組み尻尾の先をクニャリと曲げて、うーん、と唸った。
「マロ、あんた無言劇の授業も受けてたでしょ?ミミさんが何を言っていたのか、分からないかしら?」
バステトが声をかけると、マロは困惑した表情で、えーと、と呟いた。
「そうですね……ミミさんが困っていて、二人目の登場人物が現れて、その人物から何かをもらって、ミミさんの困ったことが解決した、というように見えましたが」
マロがそう言うと、ミミは耳と尻尾を立てて、ピョコンと跳びはねた。
「みーみみみー!」
そして、正解、と言わんばかりに声を張り上げながら、コクコクと頷いた。
「ほうほう。じゃあ、星に棲む親切な怪獣さんが、ミミちゃんを博物館まで連れてきてくれたんだぁね」
はつ江が感心したように呟くと、シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らした。
「はつ江、今の話でなんで、そんな限定的な設定の登場人物が出てくるんだよ……」
シーマは力なく呟いてから、コホン、と咳払いをした。
「ともかく、交通機関の乗車券をもらったのかもしれないけど……さっきも言ったように、ミミみたいに小さい子供が一人で乗ろうとしても、運転手さんとか車掌さんが止めてくれるはずなんだけどなぁ」
シーマが不思議そうに呟くと、ミミは再び鼻の下を膨らませて、尻尾をピコッと振った。
「みみー!みーみみー!」
「わっ!?な、何を急に怒ってるんだよ……」
急にプリプリと怒り出したミミに対して、シーマは耳を伏せてオロオロとした表情を浮かべた。すると、マロが尻尾の先をクニャリと曲げながら挙手をした。
「えーと、殿下。ミミさんは、子供扱いされたことを怒ってるのではないでしょうか?」
マロが発言すると、ミミは再び耳と尻尾をピンと立てて、ピョコンと跳びはねた。
「みみーみ!」
それから、再び、正解、と言わんばかりに声を張り上げながら、コクコクと頷いた。ミミの仕草を見て、はつ江は、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。
「マロちゃんは、人の気持ちが分かる優しい子なんだねぇ」
はつ江が感心したように声をかけると、マロは照れくさそうに苦笑を浮かべた。
「いえいえ。幼い頃から、強烈なレディたちに囲まれていたので、何となく察しがついただけですよ」
マロが謙遜の言葉を口にすると、バステトがギロリと目を向けた。
「あら?マロ、その『強烈なレディたち』に、私は含まれているのかしら?」
バステトが手に力を入れながらドスの利いた声で尋ねると、マロは耳をペタンと伏せた。そして、尻尾を毛羽立てながら、ふいっとソッポを向いた。
「そ、そ、それと、このくらいの歳の女の子は、周りが思っているより大人びていることが多いですから!ね、レディ!」
マロがソッポを向いたまま裏返った声をかけると、バステトは深くため息を吐いた。
「まあ、それはそうね」
バステトはどこか諦めたようにそう言うと、手に入れていた力を抜いた。
すると店内には、安心したマロが吐いたため息の音が響いた。
こうして、乙女心の難しさを痛感しながらも、シーマ十四世殿下一行は、歌姫たちの衣装を受け取ることになったのだった。




