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仔猫殿下と、はつ江ばあさん  作者: 鯨井イルカ
第一章 シマシマな日常
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パキリ

 王立魔界大博物館の手伝いをしていたシーマ十四世殿下一行は、「怪盗・俊敏な略奪者」ことヴェロキラプトルのバービーから、今回の事件の事情を聞いていた。


「修理をしたかった、というのは、どういうことなんだ?」


 シーマが尻尾の先をクニャリと曲げながら尋ねると、バービーは拘束された体をモゾモゾと動かした。


「それはね……ミミちゃん、ちょっとポーチから、ウスベニクジャクバッタの自動人形をとってくれる?」


「みー!」


 バービーに声をかけられたミミは、手を挙げながら元気よく返事をした。そして、バービーのウエストポーチを開き、中からウスベニクジャクバッタの自動人形を取り出した。それから、トコトコとシーマに近寄り、ウスベニクジャクバッタの自動人形を差し出した。


「み!」


「ああ、ありがとう」


 シーマはミミから自動人形を受け取ると、眉間にシワを寄せながらじっと見つめた。


「うーん……ちょっとだけ、色褪せてるようにも見えるかな……」


 シーマがそう言うと、はつ江も自動人形を覗き込んだ。モロコシも、目を輝かせながら自動人形を覗き込んで、ふんふんと鼻を動かす。


「ほうほう。じゃあ、このバッタさんは元々、もっと綺麗な色をしてたんだねぇ」


「うんうん」


 二人が自動人形を見つめていると、五郎左衛門が懐から博物館のリーフレットを取り出し、表紙に掲載された写真と実物を見比べた。


「ふむ。見比べてみると、ちょっと白っぽくなっているでござるな」


 五郎左衛門の言葉に、バービーはコクリと頷いた。


「そうなの。だから、よく見てちゃんと直したくて」


 バービーはそう言うと、深いため息をついた。すると、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げながら、訝しげな表情で首を傾げた。


「でも、それなら博物館に連絡して、修理師の人に直してもらえばよかったんじゃないか?」


 シーマの問いかけに、バービーは再び深いため息を吐いた。


「それができれば、私だってそうしてるわよ」


 落胆した表情でそう言うと、シーマは訝しげな表情のまま片耳をパタパタと動かした。すると、五郎左衛門が気まずそうな表情を浮かべ、フサフサの頬を掻いた。


「殿下……お言葉ではありますが、現在魔界では、古美術品専門の修理師が人手不足なのでござるよ」


「え!そうだったのか!?」


 シーマが目を見開いて驚くと、五郎左衛門とバービーが同時にコクリと頷いた。


「古美術品専門の修理師になるは、美術史はもちろんのこと、当初の姿を正確に再現するために、物理学や薬学や民俗学やその他諸々の、膨大な知識が必要なのでござる。それゆえ、狭き門なのでござるよ」


「それに、知識だけじゃなくて、実際に再現するには修理の腕も必要だからね。学科試験が通っても、実技試験で落ちる奴も結構いて、慢性的な人手不足なのよ」


 五郎左衛門とバービーが説明すると、はつ江が、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。


「じゃあ、修理師さんになるには、うんとお勉強して、練習もたくさんしないといけないんだねぇ」


 はつ江が感慨深そうにしていると、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げてバービーに顔を向けた。


「じゃあ、バービーさんは、なんで修理師にならなかったんだ?」


 シーマが問いかけると、五郎左衛門も困惑した表情でコクコクと頷いた。


「今まで他の博物館が被害届を出さなかったのも、専門家から見ても完璧な状態で、美術品が戻って来ていたからなのでござるよ」


 二人の言葉に、バービーは軽く目を伏せた。


「……修理師になる試験を受けるには、大学か専門の学校で勉強しなきゃいけないでしょ?」


 バービーが問い返すと、シーマはコクリと頷いた。


「ああ、そうだな」


 シーマが答えると、バービーは目を伏せたまま話を続けた。


「私も専門の学校に入ってたんだけど、在学中にパパが亡くなってね……その時は、うちのお店の服やアクセサリーは全部パパが作ってたから、作り手がいなくなっちゃってさ。だから、学校を辞めて、お店を継ぐことにしたの」


 バービーがそう言うと、五郎左衛門が耳を伏せて悲しげな表情を浮かべた。


「そうだったのでござるか……」

 

 五郎左衛門の表情を見て、バービーは苦笑いを浮かべた。


「ちょっと、ござる、そんなしんみりした顔しないでよ」


 不意にあだ名をつけられた五郎左衛門は、困惑した表情を浮かべた。


「ご、ござる、とは、拙者のことでござるか?」


「そうよ、アンタ以外誰がいるって言うの」


「みー」


 バービーが五郎左衛門の問いかけに答えると、ミミもコクコクと頷いた。二人の反応に、五郎左衛門は釈然としないといった表情を浮かべながらも、そうでござるか、と呟いた。


「まあ、そんな感じで、お店を継ぐことになってね。ママは、気にせずに自分の好きなことをしなさい、って言ってくれたけど、服とかアクセサリーとか作るのも元々好きだったから」


 バービーはそう言うと、軽くため息を吐いてから天井を見上げた。


「でも、どっかで諦めきれなかったみたいでね。お店を継いでからも修理師になるための勉強は続けてたし、お休みの日に博物館に行ったりすると、修復が必要なのにずっとそのままになってる美術品が、気になってしかたなかった」

 

 その言葉と共に、バービーの顔に悔しそうな表情が浮かぶ。


「ママが生きてた頃は、迷惑がかかっちゃいけないから我慢してたけど、ママが亡くなってからは、なんか、歯止めが利かなくなっちゃってね。修理が必要な美術品を放置してる博物館に、腹が立って仕方なかった」


「……それで、博物館にドロボウに入って、修理をして返してたんだぁね?」


 はつ江が穏やかな声で問いかけると、バービーは顔を降ろした。


「そう。でも、ミミちゃんが来てから、怪盗稼業はお休みしてたの。ただ、この間久しぶりにここに来たら、一番目玉のはずのウスベニクジャクバッタの自動人形がこんな様子だったから、血が騒いじゃってね。ミミちゃんにはバレないようにしてたはずなんだけど、準備してるときに見つかっちゃってたみたい」


 バービーがそう言うと、ミミは耳を伏せながらバービーの腕にしがみついた。


「みー……」


「ごめんね、ミミちゃん。止めようとしてくれたのに、結局突入しちゃったし、捕まっちゃって」


 バービーは穏やかな表情をミミに向けた後、苦笑いをシーマに向けた。


「ま、事情はこんなところよ。でも、悪いことをしたのには違いないから、早いとこ警官隊のところに連れてってちょうだい」


「みー!みみー!」


 バービーの言葉に、ミミが目に涙を浮かべながら、みーみー、と声を上げる。その様子を見て、五郎左衛門は切なそうな表情を浮かべて、シーマに顔を向けた。


「殿下、バービー殿にも事情があったゆえ、なんとかならないでござるか?」


 五郎左衛門に続いて、はつ江も心配そうな表情を浮かべてシーマの顔を覗き込む。


「ナベさん達に、事情を話してみるわけにはいかないかい?」


 二人の問いかけに、シーマは困惑した表情を浮かべて、片耳をパタパタ動かした。


「そうだなぁ、はつ江の言うように、ひとまずナベリウス館長に事情を説明したほうがよさそうだけど……」


 シーマはそこで言葉を止めると、モロコシに視線を向けた。


「……ところで、モロコシはいつまでボクの手を見てるんだよ?」


 その言葉通り、モロコシはバービーの説明の最中も、耳だけを声のする方に向けながらシーマの掌に載ったウスベニクジャクバッタの自動人形を凝視していた。シーマに声をかけられたモロコシは、真剣な表情で自動人形を見つめたまま、片耳をパタパタ動かした。




「殿下、もうちょっとだけ待って。あと少しで、ウスベニクジャクバッタさんの脱皮が終わるから」




 モロコシの言葉に、一同は一斉に目を丸くした。


「だ、脱皮!?じゃあ、そのウスベニクジャクバッタは本物なのか!?」


「あれまぁよ!本物のバッタさんだったのかい!?」


「あの伝説のウスベニクジャクバッタの、本物でござるか!?」


「マジ!?本物のウスベニクジャクバッタだったの!?」


「みみみみー!?」


 モロコシ以外の全員が驚いていると、ウスベニクジャクバッタの顔面の中央に、パキリという小さな音を立てながらヒビが入った。ヒビは徐々に広がっていき、ウスベニクジャクバッタは左右対称にパカリと割れた。そして、中から、艶やかな光沢のある鮮やかな紅色のバッタが現れた。

 その途端に、モロコシは黒目を大きくして、尻尾を目一杯ピンと立てた。


「ウスベニクジャクバッタさんの本物を見られただけでもすごいのに、脱皮してるところが見られるなんて!みんなも見て見て!脱皮したばっかりのウスベニクジャクバッタさん、すっごく綺麗だよね!」


 モロコシはそう言いながら、嬉しそうな表情を浮かべてピョコピョコと跳びはねた。モロコシが興奮し、他の一同が呆然とする中、ウスベニクジャクバッタは前肢で顔を拭う仕草をしてから、勢いよくぴょんと跳んだ。そして、モロコシのフカフカの頭に着地すると、再び前肢で顔を拭う仕草をした。

 その様子を見たシーマは、ヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら口を開いた。


「本当に、本物のウスベニクジャクバッタみたいだな……」


 脱力するシーマの隣で、はつ江が感心した様子で、ほうほう、と呟いた。


「随分と綺麗なバッタさんだねぇ」


 はつ江がそう言うと、モロコシは得意げな表情を浮かべて胸を張った。


「そうでしょ!すっごく綺麗なんだよ!」


 その言葉と共に、モロコシの頭の上で、ウスベニクジャクバッタは前肢で顔を拭う仕草をした。その様子を見たバービーが、訝しげな表情で首を傾げる。


「でも、なんでウスベニクジャクバッタの本物が博物館にいるのよ?」


「みー?」


 バービーに続いて、ミミもキョトンとした表情で首を傾げる。続いて、五郎左衛門も困惑した表情で首を傾げた。


「それに、拙者が幼い頃からあの場所で展示されていたのでござるが、食事をしているところはおろか、僅かに動くところすら、見たことなかったでござるよ?」


 三人が続けざまに首を傾げると、シーマが困惑した表情でフカフカの頬を掻いてから、モロコシに顔を向けた。


「モロコシ、またちょっと通訳をたのめるか?」


「うん!分かったー!」


 シーマの依頼に、モロコシはニッコリと笑いながら手を挙げて応えた。そして、耳をパタパタと動かしながら、時折、うんうん、と相槌を打った。モロコシの様子を見たバービーは、口を窄めて、ヒュー、と短く口笛を吹いた。


「モロコシ、バッタの言葉が分かるなんてすごいじゃん♪」


「みー!」


 ミミも感心したように、コクコクと頷く。二人の様子を見て、シーマは気まずそうな表情を浮かべて、尻尾の先をピコピコ動かした。


「ああ、すごい特技なんだ。ただ、口調がちょっと独特だったりするけど、あまり驚かな……」




「皆の物、麻呂は誉れ高きウスベニクジャクバッタの姫でおじゃる」




「……その発想は、正直なかった」


 モロコシの通訳に、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら肩を落とした。はつ江は脱力するシーマの頭をポフポフと撫でると、カラカラと笑った。


「わはははは!バッタさんの言葉は、個性が強くて楽しいだぁね!」


 はつ江の言葉に、五郎左衛門が神妙な面持ちで腕を組みながら、ふむ、と呟いた。


「しからば、魔界中を探せば、ござる口調のバッタも、見つかるのでござろうか……そうなれば、柴崎家のれーぞんでーとるの危機でござる……」


「ござる、そんなに真剣に悩まなくてもよくない?別に、口調が被ったくらいで、存在理由がなくなるわけないじゃん」


「みーみー」


 真剣な表情で悩む五郎左衛門に向かって、バービーとミミが心配そうな表情でフォローの言葉を投げた。


 ともあれ、一同はウスベニクジャクバッタの姫が、王立魔界大博物館に飾られることになった経緯の説明を受けることになったのだった。

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