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仔猫殿下と、はつ江ばあさん  作者: 鯨井イルカ
第一章 シマシマな日常
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スッカリ

 ファイア(っぽい)ゴーレムを撃破したシーマ14世殿下一行は、魔王城地下迷宮最終階層にある宝物庫の扉の前に集まっていた。


「ふむ、これで魔法陣の色が、全て変わったな」


 扉のかんぬきに描かれた魔法陣を覗き込み、魔王が頷きながら呟いた。すると、その隣でシーマがフカフカの手で閂をガタガタと動かしながら、眉間にしわを寄せて尻尾の先をぐにゃりと曲げた。


「でも兄貴、この閂びくともしないぞ?」


 シーマの隣で、モロコシも背伸びをしながら閂をポフポフと叩いた。


「まだ何か仕掛けがあるのかな?」


 首を傾げるモロコシの隣で、はつ江が豪奢なレリーフが施された扉をしげしげと見て、腕を組んだ。


「うーん、只の扉にしか見えねぇだぁよ」


 唸るはつ江の隣で、五郎左衛門がフンフンと鼻を動かしてから困惑した表情を浮かべた。


「怪しげな臭いも特にしないでござるな……」


 四人の言葉を受けて、魔王は口元に手を当てて、ふぅむ、と呟いた。

 魔王はしばらく考えていたが、不意にハッとした表情を浮かべ胸の辺りで手を打った。


「そうだ、たしか今回の迷宮、入場条件が五人だったな」


「そうだけど、それがどうかしたのか?兄貴」


 シーマが尻尾の先をぐにゃりと曲げて尋ねると、魔王は、うむ、と呟いてから言葉を続けた。


「迷宮の入場条件で人数が指定されている場合、その人数でないと突破できない仕掛けが必ず出てくるものだから……」


 魔王はそう言いながら、閂に手を添えて、四人に顔を向けた。


「皆も、閂に手を添えてくれ」


 魔王が声を掛けると、四人は同時にコクリと頷いた。


「よし、分かった!」

「はーい!分かりましたー!」

「分かっただぁよ!」

「承知つかまつりましたでござる!」


 そして、四人同時に閂に手を添えた。すると、閂に描かれた魔法陣が光を放ちながら回転を始めた。魔法陣の回転は段々と早さをまし、それに併せて魔法陣の周辺から閂も光を帯び始めた。光が閂全体を包み込むと、五人はあまりの眩しさに目をギュッと閉じた。

 眩しい光が収まり五人が目を開けると、閂は綺麗さっぱり消えてなくなっていた。 


「あれまぁよ!閂がなくなっちまったね!」


 はつ江が目を丸くして驚くと、モロコシが尻尾をたててピョコピョコと跳ねながらはしゃいだ。


「わーい!これで、倉庫に入れるね!」


「無事に扉を開けることができて、何よりなのでござる」


 五郎左衛門が頷きながらしみじみとした表情で呟くと、シーマが釈然としない表情を浮かべた。


「でも、五人で協力する仕掛けが、こんな最後の最後にポンと出るだけでいいのか……?」


 シーマの疑問に、魔王が口元に手を当てて、ふぅむ、と呟いた。


「まあ、今回は難易度が『易しい』、危険度が『安全』だったから良かったが、『難しい』で『危険』以上だった場合は、そもそも全員でたどり着けるかどうかも定かではないからな……」


「たしかに、いつだったかはリッチーが強制退場トラップにひっかかって、砂漠地帯まで飛ばされたこともあったな……」


 魔王の説明を受け、シーマは以前の迷宮探索での出来事を思い出して軽くため息を吐いた。はつ江はそんなシーマの頭を軽く撫でてから、カラカラと笑った。


「今回は、皆が無事でよかっただぁよ!」


 はつ江の言葉に、魔王もコクリと頷いた。


「ああ、全くだ。では、中に入るとしようか」


 魔王はそう言うと、ノブに手を掛けて扉を押し開け中に入った。四人も魔王の後に続き、扉の中に入って行く。

 扉の中は、昼光色の光に包まれ、壁一面がラベルの貼られた引き出となった部屋だった。


「ほうほう、随分と片付いているんだねぇ」


 はつ江が感心した様子で声を漏らすと、シーマが得意げな表情を浮かべてフフンと鼻を鳴らした。


「そうだぞ!毎年、年末にはちゃんと大掃除をして、引き出しの中身の確認をしてるからな!」


「そうかい、そうかい!それは偉いねぇ」


 はつ江がそう言ってシーマの頭を撫でていると、五郎左衛門が周囲を見渡して、ほう、とため息を漏らした。


「宝物庫というと、美術品や金銀財宝でゴッチャリしているイメージがあったでござるが、これはこれで壮観でござるな……」


 五郎左衛門の言葉に、魔王はコクリと頷いた。


「ああ、昔は柴崎君のイメージ通りの有様だったが、大型の美術品や財宝類は博物館に寄贈したし、こうしておいた方が必要な物がすぐに見つかるからな」


 魔王はそう言うと、扉の正面の壁まで脚を進めた。そして、左から数えて15番目の列の、下から数えて8段目の高さの引き出しに手を添えた。引き出しを開けると、その中には、ペンチ、ドライバー、スパナ、半田ごてのような器具、そして、赤いキャップのついた白いチューブが入っていた。

 魔王はチューブを手に取ると、うんうんと頷いた。


「よし、これで必要な物は手に入ったな。モロコシ君、柴崎君、今日は付き合ってくれて感謝する」


 魔王が振り返って頭をさげると、シーマとはつ江も二人に向かってニッコリと笑いかけた。


「ああ、本当にありがとうな二人とも!」


「モロコシちゃんもゴロちゃんも、ありがとうね!」


 三人からのお礼の言葉を受けて、モロコシと五郎左衛門もニッコリと微笑んだ。


「どういたしましてー!」


「皆様のお役に立てたのなら、何よりなのでござる!」


 二人の返事に魔王はうんうんと頷いてから、はたと何かに気がついた表情を浮かべた。


「そうだ、今日は二人に手伝って貰ったし、リンゴと芋をいただいたから……」


 そして、魔王は壁沿いに歩き出し、左から18番目の列の下から2段目の引き出しから中身を取り出した。次に更に歩みを進めて、左から27番目の列の下から9段目の引き出しから中身を取り出して、四人の元に戻ってきた。


「これは、今日の礼だ。持って帰ってくれ」


 魔王はそう言うと、モロコシにゼンマイのついたブリキのバッタを手渡し、五郎左衛門には白銀に輝く八方手裏剣を手渡した。


「わーい!魔王さま、ありがとうございまーす!」


 ブリキのバッタを手にしたモロコシは、目を輝かせながら尻尾をピンと立ててピョコピョコと飛び跳ねながら喜んだ。


「良かったな、モロコシ」


「良かっただぁね、モロコシちゃん!」


 シーマとはつ江がニッコリと笑って声を掛けると、モロコシは満面の笑みを浮かべて、うん!、と元気よく返事をした。

 一方、五郎左衛門は尻尾をダラリと垂らして、困惑した表情を浮かべていた。


「魔王陛下、まことにありがたき幸せではござりますが、拙者は本日それほど活躍できていなかった気がするのでござる……」


 恐縮する五郎左衛門に向かって、魔王は、いいや、と言いながら首をゆっくりと横に振った。


「そんなことはない。第一階層では、身を挺してシーマとはつ江を助けようとしてくれたし、第二階層ではモロコシ君を肩車してくれたし、第三階層ではおやつを作っている間に子供達と遊んでいてくれた。それに、何より第一階層の試練は、柴崎君のものまねがあったおかげで突破できたんだ」


 魔王の言葉を受けて、五郎左衛門は、ははぁ!、と言いながら深々と頭を下げた。


「まことにありがたきお言葉!」

 

 そして、五郎左衛門は頭をあげ、手裏剣を大切そうに懐にしまった。魔王は、そんな五郎左衛門の頭をワシワシと撫でると、うむ、と呟いて頷いた。


「さて、皆、そろそろ地上に戻るぞ」


 そして、ブリキのバッタで遊び出していたシーマとモロコシ、その様子をニコニコと見守るはつ江に声を掛けた。

 三人は魔王の声に気づくと姿勢を正し、声をそろえて返事をした。


「ああ、分かった!」

「分かっただぁよ!」

「分かりましたー!」


 魔王は再び、うむ、と言って頷くと、左手の指をパチリと鳴らした。

 すると、床の中央に銀色に輝く魔法陣が現れた。魔王は魔法陣の中心まで進むと脚を止めて、他の四人に向かって手招きをした。


「帰りは転移魔法でも問題無く戻れるから、皆こっちへ」


 四人は同時に、はーい、と返事をすると、魔王の元へ駆け寄った。すると、魔法陣はより一層輝きを増し、部屋全体に銀色の強い光があふれた。


 光が収まると、一行はいつの間にか魔王城の玄関先に立っていた。

 日は西側に沈みかけ、空は橙色に染まっていた。


「あれまぁよ、もう夕方だったんだねぇ」


 はつ江が目を瞬かせながらそう言うと、五郎左衛門も目を擦りながら頷いた。


「そうでござるなぁ。さて、モロコシどの!拙者達は、これにて失礼することにいたしましょう」


「うん、分かったー!」


 モロコシは元気よく返事をすると、手にしていたブリキのバッタをズボンのポケットにしまうと、フカフカのローブをいそいそと脱いだ。そして、顔を洗う仕草をして癖のついた毛並みを整えてから、ローブを抱えて魔王に差し出した。


「魔王さま、今日は装備を貸してくれて、ありがとうございましたー」


 魔王はペコリとお辞儀をするモロコシの頭を撫でると、コクリと頷いた。


「気にするな。モロコシ君に怪我がなくて良かった」


 モロコシは魔王に向かって、えへへー、と笑うと、ピョコピョコと五郎左衛門に駆け寄った。五郎左衛門はモロコシの頭をポフポフと撫でると、ひょいっと抱え上げ肩車をした。


「それでは皆様!お達者ででござる!」

「殿下、はつ江おばあちゃん、魔王さま、またねー」


「ああ、二人ともまたなー!」

「また、遊びにおいで!」

「うむ、気を付けて帰るのだぞ」


 三人に見送られ、五郎左衛門はモロコシを落とさないように注意深く頭を下げてから、踵を返してスタスタと走り去っていった。シーマとはつ江と魔王は、二人の姿が小さくなるまで手を振っていたが、その姿が見えなくなるとそっと手を下ろした。


「さてと、じゃあ私は夕ご飯の支度をしようかねぇ!」


 はつ江が背伸びをしながら、そう言うと、魔王もコクリと頷いた。


「では、私はその間に全自動ぜんじどう集塵しゅうじん魔導機まどうき祝祭舞曲さんばの動力源の修理と、耐荷重の強化をしておこう」


 魔王の言葉に、シーマは首を傾げて尻尾の先をクニャリと曲げた。


「兄貴、もう夕方だけど、今から始めて大丈夫なのか?」


「ああ。そんなに難しい修理と改造ではないからな。それに、今日は久しぶりに鎧を着たから、明日だと筋肉痛で体が動かないかもしれないしな……」


 魔王の回答を聞いたシーマは、ギョッとした表情を浮かべたあと、尻尾とヒゲをダラリと垂らして脱力した。


「兄貴、それたしかオリハルコン製だから、羽のようにとまではいかなくても、かなり軽いはずだろ……」


 あきれ顔のシーマに向かって、魔王は、うむ、と頷いたあと、凜々しい表情を浮かべた。


「シーマよ、引きこもりの体力のなさを甘く見て貰っては困るぞ。なんたって、王冠ですら首が痛くなるからできるだけ被りたくないんだからな!外せることなら、この角も外したいくらいだ!」


「そんなことで威張るな、この虚弱体質兄貴!たまには体を鍛えろよ!」


 シーマが尻尾と縦に大きく振って憤慨すると、魔王はシュンとした表情を浮かべて、だって、と小さく呟いた。そんな二人のやり取りを見て、はつ江はカラカラと笑った。


「わはははは!じゃあ、腕によりを掛けて、ヤギさんが健康になるような美味しいご飯を作らないとねぇ!」


 はつ江が腕まくりをしながら気合いを入れると、シーマが目を輝かせながら尻尾を立ててはつ江の顔を覗き込んだ。

  

「美味しいご飯!?じゃあ、お魚をいっぱい使ってくれ!できれば、ピーマンはちょっとだけで……」 


 シーマの言葉に、魔王も小さく挙手をして続いた。


「では、できればニンジンも使わない方向で……」


 さりげなく苦手な物を避けようとする二人に向かって、はつ江はニッコリと笑いかけた。


「二人とも、好き嫌いはだめだぁよ」


 はつ江がぴしゃりと言い放つと、二人は同時に肩を落として、はぁい、と力なく返事をした。


 そうこうしているうちに、辺りはスッカリ日が落ちて、紺色の空には両端が渦をまいた細い月が浮かんでいた。

 こうして、全自動集塵魔導機祝祭舞曲の補修剤を探す冒険は、幕を閉じたのだった。

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