仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その二十六
暴走した「超・魔導機☆」を止めるために、予定調和な手段をとることになったシーマ十四世殿下一行だったが……
「それじゃあ、俺がバッタ仮面を呼んでくるから、みんなはここで待っていてくれ」
……ひとまず魔王が、変身……、もとい、バッタ仮面を呼ぶために、席を外すことになった。
そんな魔王に向かって、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら、パタパタと手を振った。
「ああ……、頼んだぞ……」
力ないシーマに続いて、はつ江たちも魔王に声をかけた。
「お願いするだぁよ!」
「魔王さま、お願いしまーす!」
「みみみーみ!」
「うむ! 頼んだのだ!」
「あ、はい、いってらっしゃい……」
全員からの熱かったり、力無かったり、怪訝だったりする声援を受けて、魔王はコクリとうなずいた。
「うむ。行ってくる」
そう言うやいなや、魔王は指をパチリと鳴らし、赤い霧に姿を変えて消えていった。
そして……
「とう!」
聞き覚えのある掛け声とともに……
「正義の使者、バッタ仮面参上!」
バッタの仮面をつけて、漆黒の乗馬服に赤いマフラーを巻いた、魔王……、もとい、バッタ仮面と……
「正義の使者、バッタ仮面ウイング! 推して参りますわ!」
バッタのラバーマスクを被り、灰色の作業着を着て、背中の翼をはためかせるハーゲンティ……、もとい、バッタ仮面ウイングと……
「正義の使者!」
「バッタ仮面デルタ!」
「ここに見参だよ!」
三つの頭にバッタの覆面を被り、黒ビロードの服を着たナベリウス……、もとい、バッタ仮面デルタと……
「正義のマスコット、ロカスト・オ・ランタン! ここに馳せ参じました!」
可愛らしくデフォルメされたバッタの張りぼてをまとった、ビフロン……、もとい、ロカスト・オ・ランタンと……
「バッタ仮面ブラック! ここに参上よ!」
黒い蟻のようなバッタの仮面を被り、バッタ屋さんのユニフォームを着込んだ、クロ……、もとい、バッタ仮面ブラックと……
「えー、正義の使者バッタ仮面メイズ、現場から直行してきたぜ」
……バッタの顔が描かれた紙袋を被り、水色のつなぎを着た、灰門……、もとい、バッタ仮面メイズが、部屋に降り立った。
そんな、バッタ仮面シリーズ大集合を受け……
「あれまぁよ! バッタ仮面さんがたくさんだねぇ!」
はつ江は目を丸くして驚き……
「わー! みんなカッコいい!」
「みー! みみみみー!」
モロコシとミミは、興奮気味にピョコピョコと飛びはね……
「まさか……、全員集合の場に立ち会えるとは……、感無量なのだ……!」
プルソンは目を輝かせながら、感動に震え……
「バッタ仮面って……、え……、あれ? ま、魔王……?」
ゴルトは混乱し……
「まあ……、こんな感じになるかとは、思ってたけどさ……」
……シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らしたまま、力なく声をこぼした。
それから、シーマはコホンと咳払いをして、肉球のついたフカフカの手をポフポフと叩いた。
「あー、皆さん、ちょっとこっちに来てください……」
「分かったぞ、シーマ!」
「承知いたしましたわ」
「はっ! 仰せのままに! 殿下!」
「かしこまりました! 殿下!」
「了解だよ! 殿下!」
「かしこまりました! 殿下!」
「ふふふふ、いいわよ、殿下」
「おう。分かった、サバトラ坊主」
シーマの召集に応じて、バッタ仮面シリーズは部屋の隅に集合した。その姿を見て、はつ江がキョトンとした表情で首をかしげた。
「シマちゃんや、私もそっちにいったほうがいいかね?」
「あー、うん、じゃあこっちに来てくれ」
シーマが力なく手招きすると、はつ江はニッコリと微笑んだ。
「分かっただぁよ!」
そんなこんなで、一同が部屋の隅に集合したところで、シーマはコクリとうなずいた。
そして……
「全員、なにやってるんですか……?」
……力なく魔界の重鎮たち、もといバッタ仮面シリーズに、質問を投げかけた。
「シーマ君! 強大な敵に対して、歴代正義の使者が集合するのは、昔っから定番の胸熱展開なのだ!」
胸を張ってバッタ仮面が説明すると、シーマは耳を後ろに反らして、尻尾を縦に大きく振った。
「なにが強大な敵だ! また、適当な敵を自分で用意したんだろ……、っていうか、マッチポンプは昨日やったばっかりだろ!?」
シーマが小声で憤慨すると、バッタ仮面は得意げに親指を立てた。
「心配無用なのだ。きっとうぇぶ小説に喩えたら、きっと二十五、六話くらい前の話なのだ」
「一体、なんに喩えてるんだよ!? あと、その口調だとプルソン王と同じで、状況がややくこしくなるから、少し考えてくれよ!」
「え……、でも……、バッタ仮面ってこういうキャラづけだし……」
バッタ仮面が素に戻りながらションボリすると、バッタ仮面メイズがシーマの頭をポンポンとなでた。
「まあまあ、サバトラ坊主。コイツはコイツなりに頑張ってんだから、大目に見てやれよ」
バッタ仮面メイズの言葉に、シーマは小さくため息をついた。
「そうかもしれませんが……、それよりも、灰門様、その変身後のフォルム、もうちょっとどうにかならなかったんですか?」
シーマの言葉に、バッタ仮面ブラックがコクリとうなずいた。
「本当に、殿下のおっしゃる通りだわ。アンタは昔っから、興味があること以外は、雑なんだから。アタシがそれで、どんだけ苦労したか……」
友愛王……、もとい、マダム……、もとい、バッタ仮面ブラックの言葉に、迷宮王……、もとい、灰門源太郎……、もとい、バッタ仮面メイズはギクリと身じろいだ。
「し、しゃーねーだろ! 現場で変身に使えそうなもんが、これしかなかったんだからよ!」
バッタ仮面メイズが反論すると、シーマは再び小さくため息をついた。
「まあ……、そう言った事情があるのも分かりますが、子供たちの夢が壊れていないか……」
シーマは不安げに呟きながら、モロコシたちに目を向けた。
しかし……
「バッタ仮面メイズさん、すっごく強そうだね!」
「みーみー!」
「きっと、悪の組織に裏切られ、復讐を誓って変身することを決めた、元幹部だったりするのだ……」
「あー! プルソンさま! それ、カッコいい!」
「みみー!」
「もしくは……、無実の罪を着せられて、素顔を隠してさすらいながら生きていくことを心に決めた、天才医師とか天才科学者……、あたりか……?」
「ムッちゃんさん! それもカッコいいね!」
「みー!」
「金色もなかなか分かっているのだ!」
「あ、いや……、どうも……」
……シーマの心配に反して、モロコシたちには、わりと大好評だった。
「ほら見ろ、坊主たちには、ちゃんと良さが伝わってるじゃねぇか!」
バッタ仮面メイズが紙袋の下で得意げな表情を浮かべると、はつ江がこくこくとうなずいた。
「ほうほう。つまり、源さんはバッタ仮面マンさん的な立ち位置なんだねぇ」
しみじみとした言葉に、シーマはまたしてもヒゲと尻尾をダラリと垂らした。
「なんなんだよそれは……、まあ、モロコシたちの夢が壊れてないなら、いいんだけどさ……」
部屋の中には、今回もシーマの力ない呟きが響いた。
かくして、仔猫殿下とはつ江ばあさん一行は、バッタ仮面シリーズ対暴走「超・魔導機☆」という世紀の対決を観戦することになったのだった。




