仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その二十二
なんやかんやありながらも、無事に一同と再開したシーマ十四世殿下は……
「シマちゃんや、ケガしてないかい?」
「ああ、大丈夫だ」
「そんなら良かっただぁよ!」
「ちょ、やめてくれよはつ江」
……はつ江に、思いっきり頭をなでられていた。
シーマが耳と尻尾をピンと立てながらも、照れ臭そうに顔をそらした。すると、はつ江はにこりと微笑んで手を止めた。
「……でも、本当になんともなくて、よかっただぁよ」
そう言った顔は、いつになく穏やかで、シーマはついさっきまで見ていた夢をほんの少しだけ思い出した。
「はつ江……、その、悪かった。ずっと……、心配させてたよな……」
おずおずとした言葉に、はつ江はキョトンとした表情を浮かべた。それから、またすぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「縞ちゃんが元気に楽しく過ごせてたんなら、それでいいんだよ」
「そうか……、ありがとう」
はつ江に向かって、シーマもニコリと微笑み返した。
まさに、そのとき!
「あー……、なんというか、いい感じになっているところ、本当に悪いんだが……、話を先に進めても、いい、かな?」
魔王がおずおずと挙手をしながら、発言をした。すると、モロコシとミミが片耳をパタパタと動かしてから、ぴょいんぴょいんと飛びはねた。
「ダメだよ魔王さま! 殿下とはつ江おばあちゃんの、感動の再会のジャマしちゃ!」
「みー! みみみー!」
「そうか……、ごめん……」
仔猫ちゃんたちに叱られ、魔王はしょんぼりとした表情で肩を落とした。その様子を見て、シーマはヒゲと尻尾をダラリとたらし、はつ江はカラカラと笑い出した。
「あー……、すまない。別に気にしないで、会談を続けちゃってくれ……」
「わはははは! お話のジャマしちまって、ゴメンだぁ……、あれまぁよ?」
シーマに続いて謝罪を口にしたはつ江だったが、ゴルトを見つけるとキョトンとした表情で首をかしげた。
「ひょっとして、ムッちゃんかい?」
声をかけられたゴルトは眉をひそめたが、はつ江の顔をまじまじと見て表情を緩めた。
「ひょっとして……、はつ江ばあちゃん?」
その問いに、はつ江はニッコリと笑った。
「そうだぁよ! 大きくなっただぁね!」
「うん……、まあ、最後に会ったの六年生くらいのときだし……」
「懐かしぃねぇ、元気にしてたかい?」
「あー……、まあ、そこそこ……」
二人のやりとりを見て、シーマは尻尾の先をクニャリと曲げて首をかしげた。
「はつ江、知り合いなのか?」
「そうだぁよ! 前にお隣に住んでた、上木さんところの、ムッちゃんだぁよ!」
はつ江が紹介すると、ムッちゃんことゴルトは、タジタジとした表情でフードを目深に引き下げた。
「あー……、えーと、今はムッちゃんじゃなくて、ゴルトって呼んで欲しくて……」
「分かっただぁよ! ムッちゃん!」
「……」
なにが「分かっただぁよ!」なのか分からない言葉に、ゴルトは言葉を失った。すると、魔王とシーマがゴルトの肩をポフポフとたたき、目を伏せて首をゆっくりと横に振った。
そんな様子を見て、ジルバーンが気まずそうに口を開いた。
「あー……、リーダー。会談は仕切り直し、ということでいいのか?」
「ああ……、とりあえず、人数分の麦茶を持ってきてくれ……」
力ないゴルトの声に、ジルバーンも力なく、分かった、とうなずいた。
そんなこんなで、一同は改めて会議の席に着いたわけだが……
「ねーねー、ムッちゃんさんたちは、なんで魔王さまたちと、ケンカになっちゃったの?」
「みみー?」
「えーと……」
……仔猫ちゃんたちに純真無垢な目でストレートな質問をされ、ムツキがさっそく言葉を詰まらせていた。
その様子を見て、魔王が深いため息をついた。
「どうやらムツキ君たちは、色々なことが上手くいかなくて、ムシャクシャしてたみたいなんだ」
「なっ!? ちが……」
「えー、そうだったの? 大変だったんだねー」
「みー」
反論しようとしたゴルトだったが、目を丸くしたモロコシとミミの声に、言葉をさえぎられた。
「でも、殿下を誘拐しちゃだめだよ! ぼくたちすごく心配したんだから!」
「みーみー!」
「そうだぁね、誰かが嫌がるようなことをしちゃ、だめだぁよ」
「……」
仔猫ちゃんたちに続いて、はつ江にもやんわりと諭され、ゴルトは無言でうなだれた。
「その件に関しては……、ちょっとやり過ぎたと、思ってる……」
ゴルトがポツリポツリと非を認めると、魔王が気まずそうに頬をかいた。
「あー、えーと……、俺もちょっとおどかし過ぎちゃったところがあるから……」
魔王がフォローを入れると、シーマも尻尾の先をピコピコと動かしながら頬をかいた。
「まあ、簡単に人質に取られちゃったボクも、魔王一派としての自覚が足りなかったところもあるし……」
フォローを入れたシーマだったが、はたと何かに気づいた表示で言葉を止めた。
「うん? どうしたんだ? シーマ」
魔王が声をかけると、シーマは尻尾の先をクニャリとまげて首をかしげた。
「いや、さっきムッちゃ……、じゃなくて、ゴルトに渡した鍵って、結局なんだたんだ?」
「ああ! あれはだな……」
シーマの質問に、魔王は得意げな表情で答えようとした。
まさにそのとき!
ドタドタドタ
「魔王ー! ここに居るのは分かってるのだ! 早く我輩の『一日一善日記』の鍵を返すのだ!」
「な!? なんだお前は!? 止まれ!」
「今それどころじゃないのだ! ちょっと眠っててほしいのだ銀色くん!」
ポスッ
「う……、う~ん……」
「魔王! どこにいるのだ!?」
ドタドタドタ
扉の外から、足音とともに、必死なプルソンの声が聞こえてきた。
「……つまり、プルソン王がつけてる、『一日一善日記』の鍵なんだな」
「ああ! その通りだぞ、シーマ!」
会議室には、力ないシーマの声と、得意げな魔王の声が響いた。
かくして、仔猫殿下とはつ江ばあさんの元から、緊迫した状況はガラガラと崩れさり、代わりになんだかドタバタしそうな展開が訪れたのだった。




