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仔猫殿下と、はつ江ばあさん  作者: 鯨井イルカ
第三章 仔猫殿下と、はつ江ばあさん
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仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その二十二

 なんやかんやありながらも、無事に一同と再開したシーマ十四世殿下は……


「シマちゃんや、ケガしてないかい?」


「ああ、大丈夫だ」


「そんなら良かっただぁよ!」


「ちょ、やめてくれよはつ江」


 ……はつ江に、思いっきり頭をなでられていた。

 シーマが耳と尻尾をピンと立てながらも、照れ臭そうに顔をそらした。すると、はつ江はにこりと微笑んで手を止めた。


「……でも、本当になんともなくて、よかっただぁよ」


 そう言った顔は、いつになく穏やかで、シーマはついさっきまで見ていた夢をほんの少しだけ思い出した。


「はつ江……、その、悪かった。ずっと……、心配させてたよな……」


 おずおずとした言葉に、はつ江はキョトンとした表情を浮かべた。それから、またすぐに穏やかな微笑みを浮かべた。


「縞ちゃんが元気に楽しく過ごせてたんなら、それでいいんだよ」


「そうか……、ありがとう」


 はつ江に向かって、シーマもニコリと微笑み返した。


 まさに、そのとき!


「あー……、なんというか、いい感じになっているところ、本当に悪いんだが……、話を先に進めても、いい、かな?」


 魔王がおずおずと挙手をしながら、発言をした。すると、モロコシとミミが片耳をパタパタと動かしてから、ぴょいんぴょいんと飛びはねた。


「ダメだよ魔王さま! 殿下とはつ江おばあちゃんの、感動の再会のジャマしちゃ!」


「みー! みみみー!」


「そうか……、ごめん……」


 仔猫ちゃんたちに叱られ、魔王はしょんぼりとした表情で肩を落とした。その様子を見て、シーマはヒゲと尻尾をダラリとたらし、はつ江はカラカラと笑い出した。


「あー……、すまない。別に気にしないで、会談を続けちゃってくれ……」


「わはははは! お話のジャマしちまって、ゴメンだぁ……、あれまぁよ?」


 シーマに続いて謝罪を口にしたはつ江だったが、ゴルトを見つけるとキョトンとした表情で首をかしげた。


「ひょっとして、ムッちゃんかい?」


 声をかけられたゴルトは眉をひそめたが、はつ江の顔をまじまじと見て表情を緩めた。


「ひょっとして……、はつ江ばあちゃん?」


 その問いに、はつ江はニッコリと笑った。


「そうだぁよ! 大きくなっただぁね!」


「うん……、まあ、最後に会ったの六年生くらいのときだし……」


「懐かしぃねぇ、元気にしてたかい?」


「あー……、まあ、そこそこ……」


 二人のやりとりを見て、シーマは尻尾の先をクニャリと曲げて首をかしげた。


「はつ江、知り合いなのか?」


「そうだぁよ! 前にお隣に住んでた、上木さんところの、ムッちゃんだぁよ!」


 はつ江が紹介すると、ムッちゃんことゴルトは、タジタジとした表情でフードを目深に引き下げた。


「あー……、えーと、今はムッちゃんじゃなくて、ゴルトって呼んで欲しくて……」


「分かっただぁよ! ムッちゃん!」


「……」


 なにが「分かっただぁよ!」なのか分からない言葉に、ゴルトは言葉を失った。すると、魔王とシーマがゴルトの肩をポフポフとたたき、目を伏せて首をゆっくりと横に振った。


 そんな様子を見て、ジルバーンが気まずそうに口を開いた。


「あー……、リーダー。会談は仕切り直し、ということでいいのか?」


「ああ……、とりあえず、人数分の麦茶を持ってきてくれ……」


 力ないゴルトの声に、ジルバーンも力なく、分かった、とうなずいた。


 そんなこんなで、一同は改めて会議の席に着いたわけだが……


「ねーねー、ムッちゃんさんたちは、なんで魔王さまたちと、ケンカになっちゃったの?」


「みみー?」


「えーと……」


 ……仔猫ちゃんたちに純真無垢な目でストレートな質問をされ、ムツキがさっそく言葉を詰まらせていた。

 

 その様子を見て、魔王が深いため息をついた。


「どうやらムツキ君たちは、色々なことが上手くいかなくて、ムシャクシャしてたみたいなんだ」


「なっ!? ちが……」


「えー、そうだったの? 大変だったんだねー」


「みー」


 反論しようとしたゴルトだったが、目を丸くしたモロコシとミミの声に、言葉をさえぎられた。


「でも、殿下を誘拐しちゃだめだよ! ぼくたちすごく心配したんだから!」


「みーみー!」


「そうだぁね、誰かが嫌がるようなことをしちゃ、だめだぁよ」


「……」


 仔猫ちゃんたちに続いて、はつ江にもやんわりと諭され、ゴルトは無言でうなだれた。


「その件に関しては……、ちょっとやり過ぎたと、思ってる……」


 ゴルトがポツリポツリと非を認めると、魔王が気まずそうに頬をかいた。


「あー、えーと……、俺もちょっとおどかし過ぎちゃったところがあるから……」


 魔王がフォローを入れると、シーマも尻尾の先をピコピコと動かしながら頬をかいた。


「まあ、簡単に人質に取られちゃったボクも、魔王一派としての自覚が足りなかったところもあるし……」


 フォローを入れたシーマだったが、はたと何かに気づいた表示で言葉を止めた。


「うん? どうしたんだ? シーマ」


 魔王が声をかけると、シーマは尻尾の先をクニャリとまげて首をかしげた。


「いや、さっきムッちゃ……、じゃなくて、ゴルトに渡した鍵って、結局なんだたんだ?」


「ああ! あれはだな……」


 シーマの質問に、魔王は得意げな表情で答えようとした。



 まさにそのとき!



  ドタドタドタ


「魔王ー! ここに居るのは分かってるのだ! 早く我輩の『一日一善日記』の鍵を返すのだ!」


「な!? なんだお前は!? 止まれ!」


「今それどころじゃないのだ! ちょっと眠っててほしいのだ銀色くん!」


  ポスッ


「う……、う~ん……」


「魔王! どこにいるのだ!?」


  ドタドタドタ



 扉の外から、足音とともに、必死なプルソンの声が聞こえてきた。



「……つまり、プルソン王がつけてる、『一日一善日記』の鍵なんだな」


「ああ! その通りだぞ、シーマ!」


 会議室には、力ないシーマの声と、得意げな魔王の声が響いた。

 

 かくして、仔猫殿下とはつ江ばあさんの元から、緊迫した状況はガラガラと崩れさり、代わりになんだかドタバタしそうな展開が訪れたのだった。

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