仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その二十一
シーマ十四世殿下を人質に取られ、魔王に絶体絶命の事態が訪れたかにみえたが……
「本当に、なんでこの状況でアメを食べるかどうかなんて話になるんだよ……、このKY兄貴!」
「シーマ、とっても残念なことなんだが……、最近だとKYは『危険予知訓練』の略語としての方が、認知度が高いみたいだぞ……」
「え!? そうなのか!? ……って、今はそのくだりもどうでもいいだろ!」
「そうか……、ごめんな……」
……わりと、いつも通りなかんじの流れになっていた。
そんな二人のやり取りを受け……、
「お前たち! こっちを無視してグダグダとした会話をするな!」
ゴルトは足を踏み鳴らして、テンプレートなかんじの憤慨をし……
「なんというか、魔界っていうわりには、全体的に緊張感が足りないよな、この世界……」
……ジルバーンは深いため息をついて首を横に振るという、テンプレートなやれやれムーブをかました。
そんなグタグタした空気をかき消すように、魔王がコホンと咳払いをした。
「……それで、シーマを人質にとったということは、それなりに本気で魔界の統治権を欲している、ということなんだな?」
急に空気をシリアスよりに戻しながら魔王が尋ねると、ゴルトは小さく舌打ちをした。
「だから、こちらは一貫してそう言ってるだろ」
「そうか。しかし、私が王位を退いてお前が新しい魔王に就任したとしても、民たちが歓迎するとは限らないぞ?」
「兄貴! なんで、あっちの要求を飲む方向で話を進めてるんだよ!?」
魔王の言葉を受け、ゴルトよりも先にシーマが声を上げた。
「だって、ほら。シーマに何かがあったら、お兄ちゃんすっごく嫌だから」
「ボクのことはどうでもいいから! そんなうさん臭いヤツらの言うことなんか聞かないでくれよ!」
困ったように笑う魔王に対して、シーマは耳を伏せて尻尾をパシパシと振りながら叫んだ。その様子を受け、ゴルトは不服そうな顔で、ふん、と鼻を鳴らした。
「うさん臭くて、悪かったな。まあいい。他のヤツらからの歓迎なんてなくても、魔界を統治する手段はあることだし」
「……ほう?」
勝ち誇った笑みを浮かべるゴルトに向かって、魔王は鋭い視線を向けた。
「手段、とは、一体なんのことだ?」
「はは! 魔王さまともあろう方が、とぼけるなよ! 『鍵』のことに決まってるだろ!」
ゴルトの言葉に、シーマが尻尾の先をクニャリとまげて首をかしげた。
「は? 『鍵』?」
「そうだ! 魔界で強大な力を持つ悪魔たちを自在に使役するための『鍵』のことだよ! 代々、魔王が持っているんだろう?」
わりと律儀にゴルトが説明すると、魔王は深くため息をついて、上着の内ポケットをガサガサと探った。そして、金色に輝く小さな鍵を一本とりだした。
「つまり、君はこの鍵が欲しいんだな?」
「そうだ! さっさと、それをよこせ!」
「これを渡せば、シーマを開放するんだな?」
「ああ、その鍵が手に入るなら、猫一匹くらいすぐにかえしてやるさ!」
「そうか。ならば受け取れ」
魔王は躊躇すること無く、鍵をゴルトに向かって放り投げた。
「バカ兄貴! なにやってるんだよ!?」
光の檻の中で、シーマが悲痛な声を上げた。それとは対照的に、魔王は穏やかに微笑んだ。
「でもさ、これでシーマに危害が加わることはないから。ほら、そこの銀色君、鍵も渡したことだしその檻を消してくれるかな?」
魔王が穏やかな表情のままで尋ねると、ジルバーンは困惑した表情で視線をゴルトに向けた。ゴルトは受け取った鍵を握りしめながら、不敵な笑みを浮かべてうなずいた。
「鍵も手に入ったことだし、放してやれ」
「かしこまりました」
ジルバーンは頭を下げてそう言うと、ブツブツと呪文を唱えた。すると、光の檻はさらさらと消え去り、シーマはポスッと床に着地した。そして、魔王に向かって一目散に突進した。
魔王はそんなシーマを抱きしめるため、笑顔で両手を広げながら待ち構え……
「よーし、怖かったな、シーマ。でも、お兄ちゃんがきたから、もう大丈……」
「こんの、バカ兄貴ぃ!」
「ぶっ!?」
……鳩尾のあたりに、渾身の突進頭突きをくらった。
「魔界の存亡に関わる物を、やすやすと反乱分子に渡したりするなよ!!」
耳を後ろに反らし尻尾をバシバシと縦にふるシーマに、魔王は苦笑を向けた。
「ははは、シーマは心配性さんだな。大丈夫、大したことにはならないから」
魔王の言葉が耳に入ると、鍵を眺めていたゴルトは満足げな笑顔を引きつらせた。
「貴様……、この後に及んでまだ、愚弄する気か!?」
「え? あ、うん。愚弄といえば、愚弄になる……のかな?」
魔王がキョトンとした表情で首をかしげると、ゴルトは再び足を踏み鳴らした。
「この……、まあいい。いつまでもふざけた態度をとるなら、思い知らせてやるまでだ!」
ゴルトは声を張り上げて叫ぶと、鍵を魔王に向けて振りかざした。
そして……
「この世界から跡形も無く消え去れ!」
ゴルトは勝ち誇った笑みを浮かべながら命令を下し……
「兄貴!」
シーマは目をギュッとつむりながら魔王の手にしがみつき……
「……」
ジルバーンは目を伏せて一同から視線を外し……
「え? 嫌だけど?」
魔王はキョトンとした表情で首をかしげ……
「……え?」
「……え?」
「……え?」
……当然、他の三人も声をそろえて、キョトンとした表情で首をかしげた。
「……」
「……」
「……」
「……」
一同の間には、なんともいえない沈黙が訪れた。
「兄貴、ひょっとして、さっきの鍵って……?」
沈黙を打ち破ったのは、尻尾の先をクニャリと曲げたシーマの疑問の声だった。
その声を受け、魔王はいつになくすがすがしく爽やかな笑みを浮かべ、親指を立てた。
「ああ! だって、お兄ちゃん一言も、『この鍵は魔界の重鎮たちを使役するための鍵だ』とは、言ってないだろ? あの金色君が、勝手に勘違いしちゃっただけさ!」
「まあ、たしかにそうだったけど……」
魔王の回答を聞き、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らした。
そんな中、ゴルトはプルプルと肩を震わせた。
「この……、ふざけやがっ……」
ゴルトが、ふざけやがって、と叫ぼうとした。
まさにそのとき!
「みみー、みみみみみーみ」
「ミミちゃん、違うよー。ぼくたちはお酒屋さんじゃなくて、水道屋さんだよー」
「あれまぁよ! ミミちゃんとモロコシちゃんも、三郎ちゃんを知ってるのかね!?」
「うん! 魔王さまがちょっと前にね、名作アニメだからって、こっちでも見られるようにしてくれたんだよ!」
「みみー!」
「ほうほう、そうだったのかい!」
扉の外から、はつ江、モロコシ、ミミによる、なんともいつも通りなかんじの会話が聞こえてきた。
「あれ? はつ江と、モロコシ君と、ミミちゃんも来てたのか」
「三人とも……、反乱分子の本拠地で無事なのはいいんだけど……、なんというか……、緊張感的なやつをもっとさぁ……」
部屋の中には、魔王のキョトンとした声と、シーマの力無いながらも安堵感あふれる呟きが響いた。
かくして、けっこう久しぶりに、仔猫殿下とはつ江ばあさんは、タイトル通り再会したのだった。




