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仔猫殿下と、はつ江ばあさん  作者: 鯨井イルカ
第三章 仔猫殿下と、はつ江ばあさん
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仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その二十

 はつ江ばあさん一行が、潜入……というには派手な形で、屋上に乗り込んだ頃、村長宅の応接間では……


「あー、緊張てきた……、もう、帰りたい……、いっそのこと帰っちゃおうかな……、いや、さすがにそれはダメか……」


 ……ダメな方向に吹っ切れようとした魔王が、なんとか思いとどまっていた。


「あ、でも、自動的にある程度のことをこなしてくれる分身に任せれば、あるいは……」


 応接間には、現実逃避気味な魔王の独り言が響いた。


 まさにそのとき!


「失礼する」


 応接間のドアがガチャリと開き、金色のフードがついたローブを来た青年が、応接間に入ってきた。


「待たせたな」


 金ローブは不機嫌そうに席に着くと、魔王をギロリと睨みつけた。


「意気地なしの魔王様が直々に現れるなんて、いったいどんな風の吹き回しだ?」


「あー、えーと、ムツキ君とは一度ちゃんと話しておこうと……」


「ムツキではない! 私は反魔王自由同盟盟主ゴルトだ!」


「あ、うん。ゴルト君ね。それで、君と話をしたくてね」


「ふん。こちらは、お前と話すことなどないのだがな」


 ムツキ……、もとい反魔王自由同盟盟主ゴルトは、足を組みながら背もたれに身を預けた。


「まあ、少しくらいなら聞いてやろう」


「それは、どうも。それで、君たち魔界各地で俺を批判するポスター貼ったり、ビラを配ったり、演説したり、ときには盗掘や窃盗をしたり……、他にも色々としてるみたいだよね?」


「ああ。全てはお前の支配から、魔界を解放するためだ」


 得意げな表情をしたゴルトの言葉に、魔王は頭をかいた。


「えーとね、俺への批判が出てくるのは構わないし、ゴルト君なり魔界のことを考えてくれるのは、ありがたいことなんだけど……、かなりの件数の苦情が来てるんだよね……」


「苦情?」


「うん。『家に勝手に張り紙を貼られて掃除が大変だった』とか、『しつこくビラを渡そうとしてきて転びそうになった』とか、『突然、大声で演説が始まってビックリした』とか、『屋外の水道を勝手に使われて、水道料金がすごく高くなってた』とか」


「ふん。そんなこと、魔界を救うという大義から比べれば、大したことではないだろう」


「いや、結構無視できない件数になってきたし、この間なんか危うく音楽祭が中止になりかけたし、プルソンのところでは危うく怪我人も出かけたし……。そもそも、数年に一回やってる『まだ任期中だけど、ちょっと早めに引退してもいいかな? アンケート』で、『いいとも!』って回答が一件も来てくれてないのに、魔界を救うとか言われましても、ってかんじだし……」


「黙れ! そんな愚痴を言うために、ここに来たのか!?」


 ゴルトはテーブルをドンっと殴りつけた。すると、魔王は目を伏せて深いため息をついた。


「ああ、まあそれも半分くらいはあるけど……、速い話が迷惑行為を止めてくれって言いにきたんだ」


「迷惑行為だと?」


「ああ。ゴルト君は自分の家に勝手にポスターを貼られたり、しつこくビラを配られたり、水道を勝手に使われたり、楽しみにしてたお祭りを邪魔されたりしたら、迷惑だと思わないのかな?」


「それは……」


「それに、まだ大丈夫だけど、このまま君たちが迷惑行為を続ければ、同じ世界から来て真面目に暮らしてる子たちまで、白い目で見られるかもしれないんだよ?」


「う、うるさい! えこひいきされてる奴らのことなんて知るか!」


「えこひいき?」


「そうだ! 魔術の才能もないくせに、愛想だけで周りにチヤホヤされてるんだから、えこひいきに決まってるんだ!」


 反魔王自由同盟盟主というキャラも忘れ、ゴルトは顔を真っ赤にして再び机を叩いた。すると、魔王は再び頭をかいた。


「まあ、たしかに魔術の素養がきみよりある子はいないけど……、諸々の報告で高評価を貰ってる子たちは、自分のすべきことを真面目にこなしたり、分からないことがあったら聞いたり調べたりして勉強したり、愛想だけでのしあがってるわけじゃないんだけどな」


 魔王はそう言うと、深くため息をついた。


「まあ、コミュニケーションがツラいって気持ちは、ものすごくよく分かるけどな。俺も、基本的には引きこもってたいし」


「引きこもりに同情なんて、されたくない!」


 キーキーと喚き立てるムツキの言葉に、魔王はションボリとした表情をうかべた。しかし、小さく咳払いをすると、すぐに真剣な表情になった。


「……ともかく、君たちにこれ以上好き勝手にされてはこまるから、交渉をしたいんだよ。どうすれば、迷惑行為を止めてくれるんだ?」


「なにを分かりきったことを! 我ら反魔王自由同盟に、魔界の統治権を渡せばいいに決まってるだろ!」


「うーん……、君らがマトモな組織なら、政務を引き継いで隠居するってのもありなんだけど……、諸々の調査結果を見るとちょっとね……」


 魔王が呆れた様子でそういうと、ゴルトはやや落ち着きを取り戻し、ふん、と鼻を鳴らした。


「それなら仕方ない、シュバルツとグラウからは、まだ安定はしないと報告を受けてはいるが……」


 ゴルトはそう言いながら、ローブの懐から「超・魔導機・改」の入力装置を取り出した。

 その途端、魔王は大袈裟過ぎるくらいに、ビックリ仰天した表情を浮かべた。


「そ、その素敵なステッキはまさか!? バカなことは止めるんだゴルト君!」


「今さら焦ってももう遅い! 『超・魔導機・改』よ! 私を魔界の支配者にするのだ!」


 魔王の駄洒落やら制止やらを無視して、ゴルトは「超・魔導機・改」の入力装置に向かって願いを叫んだ。


 まさにそのとき!




  ピンポンパンポーン


「ごめんね! そのお願いは叶えられないよ!」




 気の抜けるチャイムとともに、やたららと可愛らしい声が響き……



「かわりに、この『超・美味しいキャンディー』をあげるね!」



 ……虹色の紙に包まれた小さなキャンディが、テーブルにポトリと落ちた。


「お、レインボー味か。いいなー、俺、結構好きなんだよねー」


 魔王が心底羨ましそうにそう言うと、ゴルトはまたしても、テーブルを殴りつけた。


「なんで、アメが出てくるんだよ!? 願いが叶いやすく改良したんじゃなかったのか!?」


 激昂するゴルトに向かって、魔王は苦笑いを浮かべた。


「いやあ、ごめん、ごめん。さすがに、民たちを傷つける可能性のあるものは放置できなくてね。優秀な別働隊に、修理してもらったんだ」


「ふざけるのも大概にしろ!!」


 ゴルトはついに椅子から立ち上がり、地団駄を踏み出した。すると、魔王は深くため息をついた。


「ふざけるのも大概にしろ、か」


 魔王はどこかつまらなそうにそう言うや否や、鋭い目つきをゴルトにむけた。


「それは、こちら側の台詞なのだがな」


「え……、っうわぁ!?」


 魔王の険しい表情に驚いていたゴルトは、さらに驚愕して叫んだ。

 いつのまにか、周囲を無数の魔法陣が取り囲んでいる。


「今までは元の世界で大変な目に遭ったのだから、と大目に見ていたが……」


 トーンの低くなった魔王の声とともに、魔法陣がジリジリと熱を帯びていく。


「……さすがに、これ以上の好き勝手を許せば、民たちを傷つけることになりかねん」


「ひっ……」


 魔法陣から伝わる熱に、ゴルトは顔を引き攣らせて声を漏らした。


「抵抗もする気も起きなくなる方法で頭を処理すれば、憐れな末端たちの目も覚めるだろう」


「あ……、う……」


「さて、この状況でもまだ、魔界を支配したいだのと戯言を……」


 戯言をぬかすか?

 と、魔王は尋ねようとした。


 まさにそのとき!


「ちょっと待ったぁ!」


 大声とともに扉が蹴破られ、焦った表情の銀色ローブが現れた。


 そして、銀色ローブの腕には……


「ゴルトに危害を加えるなら、コイツがどうなっても知らんぞ!」


「え……、シーマ!?」


 


 ……グッタリとしたシーマ十四世殿下が入った光の檻が抱えられていた。




 かくして、旧村長宅には波乱の展開が訪れたのだった。

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