仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その八
突如として現れた銀ローブによってシーマ十四世殿下がどこかに連れ去られ、残された一同はとてもオロオロとしていた。
「はつ江、おばあちゃん……、どうしよう……」
「みー、みみみみみー……」
モロコシとミミが耳をペタっと伏せ、クラシカルなメイド服のエプロンにしがみついた。すると、はつ江は一瞬だけ意を決したような表情を浮かべ、ニッコリと微笑んだ。
「大丈夫だぁよ、二人とも。シマちゃんはとっても強い子だから」
「でも……」
「みー……」
不安がる二人の頭を、はつ江はポフポフとなでた。
「大丈夫、大丈夫。ところで、そこの緑頭巾ちゃんや」
不意に声をかけられ、緑ローブはビクッと肩を震わせた。
「な、なによ?」
「さっきの銀色頭巾ちゃんは、お友だちなのかい?」
「友だちっていうか……、まあ、仲間ではあるけど……」
「なら、どこに行ったかは分かるんだね?」
「まあ、一応は……」
「そうかい……」
はつ江は呟くようにそういった。それから、深く息を吸い込むと、真剣な表情を浮かべて緑ローブの目をまっすぐに見つめた。
「そんなら、シマちゃんのところに、つれてってくれるかい?」
「え……?」
緑ローブが戸惑うと、モロコシとミミが伏せていた耳をピンとたてた。
「うん! お願い、緑のお姉さん!」
「みー、みみみみみみー!」
二人にも真剣な目を向けられ、緑ローブはタジタジとした表情を浮かべた。
「別に……、連れていってもいいんだけど……」
「本当かい!?」
「本当!?」
「みみみー!?」
三人が目を輝かせると、緑ローブは更にタジタジとした。
「でも……、魔力を増やす薬を飲んでも、四人で転移する魔術なんて、私には使えないし……」
「そんなら、バスとか電車でなんとか行けないかい?」
「あとは、街にもどって馬車をかりるとか?」
「みーみみー?」
三人に矢継ぎ早に問われ、緑ローブは本当に本当にタジタジとしてしまった。
「その……、いつも転移魔術で移動してたから……、なんというか……、交通手段とかはよく分からなくて……」
「そうかい……」
「そうなんだ……」
「みみみ……」
一同の間に、落胆した空気が漂った。
まさに、そのとき!
「お前ら! そんなシケた面してんじゃねーよ!」
どこからともなく……、というか、ミミの服について胸ポケットあたりから、威勢のいい声が響いた。
「その声は、水玉ちゃんかい!?」
はつ江が驚いた様子で声をかけると、ポケットから縦長の緑色をした八面体と、白銀の身体に水色の水玉模様が鮮やかなバッタ……
「おう! ミズタマ様の参上だぜ!」
……『ばったりんがる!』を装備したミズタマシロガネクイバッタ、ミズタマが飛び出した。
ミズタマはミミの頭にポフリと着地すると、パサリと翅を動かした。
「バービー姐さんからミミのこと頼まれてたから、こっそりついてきたけど……、なんかややこしいことになってんじゃねーか」
ミズタマの言葉に、モロコシがコクリとうなずいた。
「うん。殿下がつれていかれちゃったんだ……」
「そうなんだぁよ……」
「みみ……」
平然と会話をする三人とは対照的に、緑ローブは目を見開いた。
「ば……、バッタがしゃべった!? え、なに!? 魔界って虫もしゃべるの!?」
緑ローブが取り乱すと、ミズタマはピョインと跳ねた。
「悪いかよ、バッタがしゃべったら! あと、今はそんなこと気にしてる場合じゃねーだろ!?」
「あ……、うん……、まあ、そうだけど……」
「よっし! じゃあ、話を進めっぞ!」
「うん……」
緑ローブが釈然としない表情でうなずくと、ミズタマが首をカクカクと動かした。
「俺なら、あの銀色がどこに行ったか、俺ならバッチリ分かるぜ!」
「え……、バッタが?」
緑ローブが首をかしげると、ミズタマはピョンピョンと跳びはねた。
「お? なんだ、バッタをバカにすんのか?」
「いや、別にバカにしてるわけじゃ……、ともかく、どうやって分かるのよ?」
「あいつのローブって、銀糸を使ってるよな?」
「そうだけど……、それがどうかした?」
首をかしげる緑ローブをよそに、はつ江たちはそろって胸のあたりで手を打った。
「ほうほう! そういうことかい!」
「さっすが、ミズタマさんだね!」
「みみみみー! みみーみ!」
「だろ! もっと褒めていいんだぜ!」
「え、ちょっと! 私をおいてみんなで納得しないでよ!」
緑ローブの声を受けて、ミズタマは得意げに翅をパサリと動かした。
「俺たちミズタマシロガネクイバッタはな、金属探知のプロなんだぜ!」
「そう……、なの? でも、ここから、ものすごく遠く離れたりしたら……」
「ミズタマシロガネクイバッタをバカにすんなよ! 魔術が得意じゃないやつが転移魔術で移動できる範囲での探知なんて、朝飯前だぜ! フン!」
ミズタマはかけ声とともに、ミミの頭の上でピョインと大きく跳びはねた。
そして、再びミミの頭にポフンと着地すると、得意げに翅をパサリと動かした。
「よーし、分かった! シーマたちがいるのは、旧カワウソ村のあたりだぜ!」
「そうなのかい! 水玉ちゃんや、教えてくれてありがとうね!」
ミズタマの言葉に、はつ江は目を輝かせてよろこんだ。しかし、モロコシとミミは、耳を伏せた。
「旧カワウソさん村かー……」
「みみー……」
「モロコシちゃんもミミちゃんも、ションボリしてどうしたんだね?」
「うん、その村ね、ちょっと前に事故があって、危ないから近づいちゃだめってなってるんだ……」
「みみみ……」
「あれまぁよ!? そんなら、近くには行けないのかい!?」
「うん……、昔は街からバスも出てたんだけどなくなっちゃって……、それに、おウマさんになにかあったらいけないからって、馬車で行くのも禁止になってるんだ……」
「みみみみ……」
「そう、だったのかい……」
「転移魔法は三年生さんで習う魔法だから、ぼくもまだ使えないし……、どうしよう……」
「みみみみー……」
一同の間には、再び落胆した空気がおとずれた。
まさにそのとき!
「おーい! はつ江ばあさまに、モロコシの坊ちゃんに、ミミの嬢ちゃんに……、えーと、なんか緑色の姐さーん!」
「皆さまー! ごきげんよーう!」
頭上から、ブゥーンという羽音ともに、二人分の声が響いた。
「あれまぁよ!? チョロちゃんに、ベベちゃんじゃないかい!」
「チョロさん、ヴィヴィアンさん! こんにちはー!」
「みみみー!」
「え……、ま、また、バッタ!? しかも、なんかでっかいんだけど!?」
一同が見上げた先には、直翅目界最強各と名高いムラサキダンダラオオイナゴのヴィヴィアンと、彼女にまたがったカナヘビ系リザードマンのチョロの姿があった。
「親方から、様子を見にいってこいって言われて、飛んできやしたー!」
「アタクシたちにお手伝いできることは、なにかありましてー!?」
チョロとヴィヴィアンは旋回しながら、一同の元に舞い降りていった。
こうして、なんとなく直翅目たちが活躍しそうな感じになりながら、はつ江ばあさんの仔猫殿下救出作戦がはじまろうとするのだった。




