仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その四
魔王が反乱分子の本拠地へ向かっているころ、シーマ十四世殿下はというと……
「みー……、みみー!」
「お、ミミ。上手くひっくり返せたじゃないか!」
「本当だ! ミミちゃん、上手だねー!」
「みみみー!」
……モロコシ宅のリビングで、とてもなごやかに、リンゴのホットケーキを作っていた。
ちなみに、使っているホットプレートは、魔王が開発した「お子様でも安心、間違って鉄板に手が触れそうになったり、ひっくり返って床に落ちたりすると防御魔法が発動する、くっつきにくい魔導ホットプレート」だ。
なので、子供たちだけで使っても、安心なのだ。
交代で綺麗にひっくり返したホットケーキが並ぶホットプレートを見て、シーマはコクリとうなずいた。
「これだけあれば、はつ江へのお土産には十分だな!」
「うん! はつ江おばあちゃん、お腹いっぱいになるね!」
「みみみー!」
三人がそう言い合っていると、リビングに向かってトットットッと足音が近づいてきた。一同が顔をむけると、バスケットを抱えたモロコシの母親、白猫のユキが姿を現わした。
「殿下、お土産を入れる用のバスケットをお持ちしました」
「ああ、ありがとうユキさん」
うやうやしく手渡されたバスケットを受け取ると、シーマはキョトンとした顔で尻尾の先をくにゃりと曲げた。
「あれ? このバスケット、中に何か入ってますか?」
「はい。はつ江さんには、いつもモロコシがお世話になっていましたので、お礼にアップルパイを。といっても、自宅用なので、ちょっと焦げてしまっていますが」
「え! そんな、おやつをいただいてしまうわけには……」
恐縮するシーマに向かって、ユキはニコリと微笑んだ。
「どうか、お気になさらないでください、殿下。アップルパイはまた焼けば、いいのですから」
ユキの言葉に、モロコシとミミもニッコリと笑った。
「うん! はつ江おばあちゃんにも、食べさせてあげたい!」
「みみみみー!」
そんな二人を見て、シーマを尻尾の先をピコピコと動かして、頬を緩めた。
「そうか……、みんな、ありがとう」
「いえいえ」
「どーいたしましてー!」
「みみみみみみみみー!」
そんなこんなで、リビングは甘い香りとほっこりとした空気に包まれた。
その後、シーマたちは粗熱の取れたホットケーキをバスケットに詰め、扉の魔術を使って魔王城へ向かうことになった。
玄関先に降り立つと、モロコシがウキウキした顔で尻尾をピンと立てた。
「はつ江おばあちゃん、喜んでくれるかな!?」
モロコシにつづき、ミミもビー玉のような金色の目をキラキラと輝かせて、短い尻尾をピコッと立てた。
「みー、みみみみー!?」
二人の言葉を受けて、シーマも尻尾を立ててニコリと笑った。
「ああ。きっと、喜んでくれるよ。じゃあ、さっそく渡しに行こう」
「うん!」
「みみー!」
三人が、ルンルンとした気分で、城の中に入ろうとした。
まさにそのそき!
「ちょっと待ってくれるかしら?」
三人の背後から、女性の声が聞こえてきた。
「え、はい、何かご用で……っ!?」
シーマはゆっくりと振り返ると、動きを止めて尻尾の毛を毛羽立たせた。
視線の先には、フードの付いた緑色のローブを着た背の低い女性が立っていた。
「あれ、お客さん、かな?」
「みみみ?」
モロコシとミミがキョトンとした表情で首を傾げると、目深にフードを被った緑ローブはニヤリと笑った。
「ええ。シーマ十四世殿下に用があって、私たちの村に来てほしいのよ……、無理矢理にでもね」
緑ローブはそう言うと、三人にジットリとした視線を送った。三人は、思わず全身の毛を逆立てた。
「たしか、シマシマの猫だって聞いたけど……、どちらが殿下なのかしら?」
問いかけられたシーマは、耳を伏せて鼻にシワを寄せた。
そして……
「シーマなら、ボク……」
「ぼくがシーマ殿下だよ!」
「わっ!?」
……答えようとしたところを、思いっきりモロコシに邪魔をされ、ピョインと跳びはねて驚いた。
「モ、モロコシ、一体なんのつもりだ!?」
「ぼくはモロコシじゃなくて、殿下だよ! ふふん!」
モロコシが胸を張って鼻を鳴らすと、シーマは尻尾を縦に大きくバンと振った。
「今はふざけてる場合じゃないだろ!? っていうか、ボクってものまねにすると、そんな感じなのか!?」
「ふざけてなんか、いないぞ! あと、けっこう『ふふんっ!』って、言ってる気がするぞ!」
「そうか……、じゃなくて! ともかく、そのクオリティが低いものまねをやめろ!」
「えー!? 別にクオリティは低くないでしょ? 殿……、じゃなくて、えーと……、ハマグリ」
「誰だよハマグリっていうのは!?」
イザコザし始めた二人を見て、ミミがコクリとうなずいて、胸の辺りで手をポンと打った。
「みみー! みみみみみみ……、みみん!」
胸を張って鼻を鳴らすミミを見て、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らした。
「話がややこしくなるから、ミミも参加しないでくれ……、あと、本当にボクってそんな感じか?」
「み!」
勢いよくうなずくミミを見て、シーマは力なく、そうか、と呟いた。
そんな面々を見て、緑ローブは足を踏み鳴らした。
「ちょっと! 私を放っておいて、イザコザしないでくれるかしら!?」
「ああ、悪かった」
「おねーさん、ごめんね。ふふん!」
「みみんみ。みみん!」
「だから二人とも、そのモノマネはやめてくれ……」
玄関前には、シーマの力ない呟きが響いた。
かくして、仔猫殿下と自称仔猫殿下たちのもとに、ちょっと雲行きが怪しい状況がおとずれたのだった。




