ビックリな一日・その十
シーマ十四世殿下一行は、プルソンに恨みがある、という赤ローブの話を聞く羽目になっていた。
「それで、どんな恨みがあるんだよ?」
シーマが耳を後ろに反らし、尻尾をパタパタと動かしながらたずねた。すると、赤ローブはますます得意げな表情を浮かべた。
「私ね、魔界に来る前は、店舗デザイナーの仕事をしてたの」
「へー、それで?」
「でもね、入った会社が酷いところだったのよ。何も教えないくせに、面倒くさい仕事ばっかり大量に押しつけて……」
赤ローブが悲しそうな表情をすると、シーマも後ろに反らしていた耳を元に戻した。
「ああ、異界にはそういうところが、割といっぱいあるって聞くな……」
「そうなのよ! だいたい、私の仕事はデザインなのに、客の自分勝手な言い分ばっかり聞かされて……」
「……ん?」
同情しかけたシーマだったが、片耳をパタパタと動かし、尻尾の先をクニャリと曲げた。
「……何よ?」
「いや、店舗デザイナーの仕事って、取引先から要望を聞いて、満足のいく空間を設計することなんじゃないのか?」
シーマが問いかけると、赤ローブは冷笑を浮かべた。
「はっ! なんで、私がそんな下っ端みたいなことしないといけないのよ!?」
「え? でも、さっき、何も教えてくれない的なことを言ってたし、新人だったんだろ?」
シーマが困惑した表情でさらに問い返すと、赤ローブは唇を尖らせた。
「それは、その会社での仕事を教えてもらえなかったって話よ」
「ああ、じゃあ、その前は別のところで、店舗デザイナーとして勤めてたのか」
「デザイナーとして就職したのは、そこがはじめてよ!」
「……は?」
シーマの尻尾の先は、どんどん曲がりくねっていく。
「経験者募集って書いてあったけど、私のデザイン力ならどこでも通用するはずだったのよ。それなのに、つまらない仕事ばっかり押しつけて……」
「えーと、つまり……、何某かの賞とかを取れるくらいの実力があったけど……、あまり認めてもらえなかったとか?」
「賞? ああ、そうそう、聞いてよ! 審査員が見る目ないおかげで、賞を一度も取れたことがないの!」
「へー……」
「学生のときも、先生が私の才能に嫉妬して、ちゃんとした評価をくれなかったし!」
「……」
「本当に、見る目がないやつばっかりで、最悪だったんだから! 結局あの会社も、うるさい客に文句を言っただけでクビにされたのよ! それにね……」
シーマが言葉を失っても、赤ローブは元の世界で受けた理不尽(自称)をペラペラと語り続けた。
あまりの話の長さに、シーマは思わずオリバーに目を向けた。すると、オリバーは片耳をパタパタと動かしながら、小さくうなずいた。
「あの、それでプルソン様との因縁、というのはいったい?」
オリバーの問いかけに、赤ローブはハッとした表情を浮かべた。それから、また得意げな表情で胸を張った。
「そうそう! こっちにきたときにね、魔王から、『店舗デザインの仕事をしてたのなら、ちょうど頼みたい仕事がある』って言われたの。それが、この国のお城の改装案だったのよ」
大体の話が読めたシーマとオリバーは、ヒゲと尻尾をダラリと垂らした。
「えーと、それで、どうなったのですか?」
オリバーが脱力しながらも律儀に尋ねると、赤ローブはムッとした表情を浮かべた。
「どうもこうも無いわよ! アイツ、私の改装案を見るなり、頭から否定したのよ! 頼んだことが少しも反映されてないって!」
赤ローブはそう言い放つと、親指の伸びた爪を噛んだ。
「大体、せっかくファンタジーなお城の改装なのに、バリアフリーなんて気にしてたらしたいことの半分も出来ないじゃない。まったく、客だからって好き勝手言ってくれて……」
赤ローブは再びブツブツと今までの恨言を吐きだした。シーマとオリバーは脱力したまま、顔を見合わせてため息を吐いた。
そんな中、今まで黙って話を聞いていたはつ江が、ツカツカと赤ローブに歩みよった。
「ほうほう、赤頭巾ちゃんは、今まで大変な思いをいっぱいしてきたんだね」
はつ江が声をかけると、赤ローブは目を輝かせた。
「そうなのよ! 分かってくれる!?」
「うんうん、私もお仕事が大変だったこと、あったからねえ。でも……」
不意に、はつ江からいつものニコニコとした笑顔が消えた。
「……自分が大変だったからって、人に向けて包丁を振り回してもいいのかい?」
「う……」
真剣な表情のはつ江に、赤ローブの言葉が詰まる。それでも、はつ江の表情は崩れない。
「しかも、オリバーちゃんのお友達にも、酷いことしたみたいじゃないか」
「そ……、れは……」
「そんなことしていいと、本当に思ってるのかい?」
「……」
はつ江の言葉に、赤ローブは口をつぐんでうつむいた。そんな様子をシーマとオリバーは固唾を飲んで見守る。
一同の元に、重苦しい沈黙が訪れた。
かくして、宝石博物館の休憩室には、八十話ぶりくらいに、はつ江ばあさんによさる本気のお叱りが始まりそうな感じの空気が立ち込めたのだった。




