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仔猫殿下と、はつ江ばあさん  作者: 鯨井イルカ
第二章 フカフカな日々
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ビックリな一日・その八

 シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、プルソンの婚約者セクメトとともに、博物館の休憩スペースに移動していた。


「ほうほう。それじゃあ、せくめとさんは、ぷるそんさんの気取ってないところを見たいから、突然遊びに来たんだね?」


 はつ江が紙コップに入った緑茶を冷ましながら尋ねると、セクメトがアイスティーを一口飲んでコクリとうなずいた。


「はい。あの方は、ありのままでも、とても勇気のある素晴らしい方なのに、私と会うときはいつも無理をしてしまっているので」


 苦笑混じりのセクメトの言葉に、シーマが紙コップに入ったホットミルクを冷ましながら、尻尾の先をピコピコと動かした。


「セクメトさんと会うときだけじゃなく、いつも無理をしているような気もしますが……」


 シーマの言葉に、セクメトも尻尾の先をパサパサと動かした。


「ええ、たしかにそうですね。今のあの方は、人から強く見られたいと思うあまり、無理して尊大な態度をとっていますから。でも……」


 セクメトはそこで言葉を止めて、アイスティーをまた一口飲んだ。


「……その原因の一端は、私にもあるんです」


「セクメトさんに、原因の一端がある?」


「いったい、ぜんたい、どうしてなんだい?」


 シーマとはつ江がそろって首をかしげると、セクメトは何かを懐かしむような表情を浮かべた。


「先代魔王軍の前にあの方が一人で立ち向かったとき、私もあの人のように強くありたいと思ったんです。だから……」


「誰か、その不審者を止めてください!」


 不意に、セクメトの言葉を遮るように、あたりに大声が響いた。


 三人が顔を向けると、フードつきの赤いローブを身にまとった女性が、猛スピードで休憩室に入り込んできた。


「うそ!? 行き止まり!? なら、仕方ない!」


 赤フードはそう言うや否や、懐からナイフを取り出し、はつ江に向かって突進をする。


「悪いけど、ちょっと人質になってちょうだい!」


「ほうほう、物騒なお嬢ちゃんだぁね」


「なにをのんきにしているんはつ江! こうなったら、仕方ない……」


 赤フードは走り寄り、はつ江はコクコクとうなずき、シーマは全身の毛を逆立たせて攻撃魔術を唱え始めた。


 まさにそのとき!


「お嬢さん、少し落ち着いてください」


「……え? キャッ!!?」


 いつのまにか赤フードの真横にいたセクメトが、ナイフを持つ手首に手刀を落とした。

 セクメトはそのまま手首を掴んで捻った。すると、赤フードは身体ごとぐるりと回転し、混乱した表情で床に組み敷かれた。


「一本! それまで!」


 はつ江が何某かの審判のように、腕と声をあげると、シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らした。


「はつ江、これまでにして手を離したら、逃げられちゃうだろ……」


 休憩室には、シーマの力ない呟きが響いた。



 一方そのころ、プルソン城の中では……


「お前らには分からないのだ。守るべきはずの婚約者が、自分より強くなっちゃったやつの気持ちなんて……」


「いや、まあ、たしかにセクメトさんは『魔界ギリギリぶっちぎりですごいヤツ大会』でたびたび優勝するほどの、武道の達人ではあるけれど……、そんなに気にすることないんじゃないか?」


「そうですよ。それに、セクメト様が武道を極めようとこころざしたのは、プルソン様の勇姿に感銘を受けたからじゃないですか」


 ……玉座に体育座りをするプルソンを、魔王とシトリーが必死になだめていた。


「きっと感銘を受けたなんて、建前なのだ。本当は、旧魔王軍を前にして声がうわずったり震えが止まらなかったりした我が輩を、情けないと思ったからなのだ……」


 そう言うと、プルソンは耳をぺたんと伏せて、膝に顔を埋めた。


「だから、堂々として威厳に満ちあふれた姿を見せ続けていないと、きっと今度こそ見限られてしまうのだ……」


 プルソンの弱音を聞き、魔王は深くため息をついた。


「そんな『情けない婚約者なんてこっちから願い下げです! これからは武を極めんと修羅の道を歩んでいくんですからね!』的なことを言うタイプの方じゃないだろ、セクメトさんは」


「そうですよ。どちらかと言えば、『婚約者が素顔を見せてくれなくて淋しいから修行で気を紛らわせてたら、いつのまにかフィジカルで魔界最強になってました!? でも、婚約破棄なんて絶対にしませんからね!』というタイプだと思いますよ?」


 二人からのフォローを受け、プルソンはますます膝に顔を埋めた。


「異界で流行してる小説の題名みたいなセリフでフォローされても、ダメなのだ。だいたい我が輩、得意な魔術からして、秘密にしてることを暴くっていう、あんまり堂々としてるやつじゃないし……」


 顔をあげずに弱音を吐くプルソンを見て、魔王は当惑した表情で頭をかいた。


「俺が言うのもなんだけど、あんまり塞ぎ込みすぎるのはよくないぞ? お前だって、いい所がたくさんあるんだから」


「そうですよプルソン様! セクメト様は貴方の魅力をとてもよくごぞんじで……」


 魔王に続き、シトリーもフォローの言葉を口にした。


 まさに、そのとき!


  ピリリリリリ


 プルソンのポケットから、通信機の着信音が鳴り響いた。プルソンはようやく膝から顔をあげ、ポケットから手鏡型の通信機を取り出した。


「えーと、すまない。ちょっと、通信に出るのだ」


「ああ、構わないぞ」


「どうぞ、出てください」


「かたじけないのだ」


 プルソンは魔王とシトリーに軽く頭を下げ、手鏡を顔の前で持った。


「……待たせたな。いったい、なんの用なのだ? ……え!? な、なんだって!!?」


 プルソンは目を見開き大きな声をあげて、玉座から立ち上がった。


「宝石博物館に、刃物を持った不審者が押し入っただと!?」


 その言葉に、今度は魔王が目を見開いた。


「なん……、だと? あそこには今、シーマとはつ江が……」


 魔王の表情は、たちまちに険しくなっていく。プルソンはチラリと視線を送ると、耳を伏せて軽く咳払いをした。


「それで、怪我人は……え? ……あ、ああそうか。それなら、問題はないな。我が輩たちも今から行くから、待っていて欲しいのだ。それじゃ」


 プルソンは深くため息をつき、通信を切った。そして、険しい表情を浮かべる魔王に顔を向け、尻尾の先をパサパサ動かした。


「安心するのだ魔王。不審者はすぐに捕まったのだ」


 プルソンの言葉に、魔王は表情を少し和らげた。


「本当、か?」


「本当なのだ。セクメトが、一撃で無力化して取り押さえたそうなのだ……」


 プルソンがヒゲと尻尾をダラリと垂らしてそう言うと、魔王は気まずそうな表情を浮かべて、あー、と声を漏らした。


「それは……、えーと……、どうもありがとう……」


「どういたしましてなのだ……」


 玉座の間には、プルソンの力ない声が響いた。


 かくして、婚約者同士のギクシャクが繰り広げられそうなかんじになりながらも、シーマ殿下一行と魔王一行は合流することになったのだった。 

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