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仔猫殿下と、はつ江ばあさん  作者: 鯨井イルカ
第二章 フカフカな日々
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ビックリな一日・その一

 暗雲が立ちこめる深紅の空


 暗緑色の葉が茂る木々が鬱蒼と茂る大地


 生々しい傷口のような深紅色の大河


 ここは魔界。

 魔のモノ達が住まう禁断の地。


 そんな魔界の一角に峨峨と聳える岩山。その頂には、白亜の城が築かれていた。


 その城の中では――



「シマちゃんや、ちょっとそこのおたま取っておくれ」


「分かった! はい、これ」


「ありがとうね、シマちゃん。ヤギさんや、このなますの味はどうかね?」


「ああ、ちょうどよく使っているぞ。これなら、ニンジンも美味しく食べられる」


「それならよかっただぁよ!」



 ――わりとなごやかな、朝食の準備が繰り広げられていた。



 クラシカルなメイド服に身を包み、鍋に味噌を溶き入れる老女の名は、森山はつ江。

 ときにはしくじることもあったり、ちょっぴり悲しいときもあったりするが、明るく元気ハツラツなばあさんだ。


「はつ江、ピーマンのじゃこ和えもできたぞ!」


 そう言いながらミミと尻尾をピンと立てる、バミューダパンツ姿の仔猫は、シーマ十四世殿下。

 歩くとピコピコ音がしそうな、可愛らしいサバトラの仔猫だ。


「それじゃあ、あとは俺が盛り付けて運ぶから、シーマは先に席についててくれ」


 そう言いながら、小鉢になますを盛り付ける、角の生えた黒服の青年は、当代魔王。

 赤銅色の長髪を靡かせながら、全自動ゆで卵むき魔導機とかを作りかねない、人見知りな魔界を統べる王だ。


「分かった、兄貴。ありがとうな」


「ああ、気にするな」


 食卓に向かうシーマに向かってコクリとうなずくと、魔王はコンロの前にいるはつ江に声顔を向けた。


「はつ江も、みそ汁ができたら、席についていてくれ」


「ありがとうね、ヤギさん。なら、よそうのはお願いしようかね」


「ああ、分かりました任せてくれ」


 魔王の返事に向かってにこりと微笑み、はつ江も食卓に向かっていった。


 ほどなくして、魔王も盛り付けた朝食をワゴンに乗せて、食卓へやってきた。そして、皿を並べ終え、自分も席につこうとした。


「さて、じゃあ食事にしよ……」


 まさにそのとき!


 ピロリピロリ~ピロピロリピロリ~♪


 魔王のポケットにしまった通信機から、メロディが流れ出した。


「こんな朝から、一体誰からだ……」


 ぼやきながらも、魔王はポケットから猫型の手鏡の形をした通信機をとりだした。そして、画面を見たとたん、眉をひそめた。


「……二人ともすまない、ちょっと席を外すから先に食べててくれ」


「ああ、分かった、兄貴」


「分かっただぁよ。でも、冷めないうちに、戻っておいで」


 魔王は二人に向かってコクリとうなずき、通信機を操作しながら席を離れた。


「待たせたな。こんな朝っぱらから、なんの用だ? ……は? お前はまた、そんなことで……」


 いつになくフランクな口調で通信をしながら、魔王は台所から出ていった。はつ江とシーマは、その姿を見送ってから顔を合わせた。


「ヤギさんも、朝から忙しそうだぁね」


 はつ江の言葉に、シーマは片耳をパタパタさせながら、コクリとうなずいた。


「ああ、そうだな。携帯通信機が開発されてからは、朝早かったり、夜遅かったりする時間に連絡がくることもふえたみたいだ」


「ほうほう。そういや娘も、そんなこと言ってただぁよ。どこの世界も、おんなじなんだねぇ」


 はつ江はしみじみとそう言いながら、コクコクとうなずいた。すると、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げた。


「そういえば、はつ江の世界だと、音声を電気に変えた通信をしてるんだっけ?」


「そうだぁね、私にゃ詳しいことは分かんねぇけど、電話っていってるから、きっと電気を使ってるはずだぁよ!」


「へー、電話っていうのか。それで、はつ江の世界でも、今は携帯式のやつが主流なのか?」


 シーマがたずねると、はつ江はコクリとうなずいた。


「そうだぁよ。でも娘が若い頃くらいまでは、あってもお家に一台だけだったね」


「ふーん。そうだったのか」


「そうだぁよ……、あ」


 不意に、はつ江が何かを思いついた表情を浮かべた。


「はつ江!? どうした!? お腹痛くなっちゃったのか!?」


 シーマが慌ててたずねると、はつ江はにこりと笑って首を横にふった。


「心配かけて、ごめんねシマちゃん。ちょっと電話について、思い出したことがあるだけだぁよ」


「思い出したこと?」


「そうだぁよ! 昔は電話はお家の中にしかなかったから、相手のおうちがみんなでお出かけしてると……」


 はつ江はそこで言葉を止めて、大きく息を吸い込んだ。


 そして――



「電話に誰も()()()、なんてこともあっただぁよ!」


 

 ――渾身のダジャレを、高らかに言い放った。



「……」


「……」


 当然、二人の間には重い沈黙が訪れる。



「まったく、アイツには困ったものだ……、ん?」


 沈黙を打ち破ったのは、食卓に戻ってきた魔王だった。


「二人とも……、なんか深妙な顔だけど……、一体どうしたんだ?」


「……ワハハハハ! なんでもねぇだぁよ、ヤギさん!」


「ああ、まったくもって、なんでもないかんじだから、気にしないでくれ……」


 はつ江はカラカラと笑いながら、シーマはヒゲをだらりと垂らしながら、魔王の問いに答えた。


「そ、そうか……」


 台所には、魔王の腑に落ちないかんじの相槌が響いた。


 かくして、仔猫殿下とはつ江ばあさんの朝食には、今日もダジャレが添えられたのだった。

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