しっかりな一日・その九
シーマ十四世殿下一同が見つめる中、「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」の画面内では、緊迫した状況が繰り広げられていた。
「そんな……、自ら命を絶つなんて……」
「仕方ないんです。ほかに有効な方法は、ありませんから」
とまどう姫子に向かって、創は淡々とそう言った。まるで、他人事のように。
「ああ、そうだ。安心してください、明は連れていきませんから。ただ、私が向こうに行くことに、自責の念を感じるといけないので……」
創はそこで言葉を止めた。そして、穏やかに微笑んだ。
「一芝居打つのを手伝っていただけませんか?」
「そんなことに、協力できるわけありませんよね!?」
当然のことながら、姫子は創の提案を拒否した。すると、創は苦笑を浮かべて、ジャケットの内ポケットに手を入れた。
そして――
「なら、少し眠っていてください」
「っ!?」
――一気に姫子との距離を詰め、取り出したスタンガンを首筋に押し当てた。
ガクリと倒れ込む姫子を支えながら、創は淋しげに微笑んだ。
「手荒な真似をしてしまい、すみません。でも、眠っている間に、全てが終わるようにしますから」
「う……」
姫子の口からは、返事ともうめき声ともとれない声が漏れた。
そうしているうちに画面が切り替わり、今度は八畳間の和室で大きな座卓を囲む人々が移された。その中には、明の姿もあった。
「それで、葉河瀨、一条さんがいなくなったのは、今日の午前中なんだな?」
藍色の着流しを着た目つきの鋭い男性が問いかけると、明はコクリとうなずいた。
「ああ。日神の言うとおりだ」
そんな二人のやり取りを受けて、ゆるくウエーブのかかった明るい茶髪をひとまとめにした、袈裟を着た人物が頭を掻いた。
「姫っちがいなくなったってなると、場合によっちゃこの辺り一帯の危機だが……、かずら、なんかヤバい気配はするか?」
その言葉に、隣に座ったまとめ髪のスーツを着た女性、かずらが首を横に振った。
「いいえ、まったく感じないわ。そういう、慧はどうなのよ?」
問い返された袈裟姿の人物、慧も首を横に振った。
「ああ、全然だな」
そんな画面のやり取りを見て、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げた。
「あれ……、この二人……」
シーマがそう呟くと、はつ江はキョトンとした表情で首をかしげた。
「シマちゃんや、この二人とお友だちなのかい?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……、多分、魔界の出身なんじゃないかな?」
「あれまぁよ!? そうなのかい!?」
「ああ。変身してるみたいだけど、フワフワ髪の人がタヌキ族で、きっちり髪の人がキツネ族の人、だと思う……」
「ほうほう、化けるタヌキさんとキツネさんだったんだねぇ……。じゃあ、こっちのゴロちゃんに似てる子も、こっちの出身かね?」
はつ江はそう言うと、日神の隣に座った緑色のポロシャツを着た男性を指さした。シーマは尻尾の先をクニャリと曲げながら、画面を覗きこんだ。そして、フルフルと首を横に振った。
「ううん。この人は、魔界出身じゃないから、他人のそら似だね」
「ほうほう、そうなのかい」
「あ、でも、こっちの三つ編みの女の子は、多分カワウソ族の人だな」
「ほうほう、カワウソさんかい」
二人がそんな話をしていると、画面の中の魔のモノと人間が入り交じった面々に、また動きがあった。明のスマートフォンが、突然震えだしたのだ。
「……すみません、父からなので、出ても?」
明が尋ねると、一同は同時にうなずいた。
「ありがとうございます。では」
明は軽く頭を下げてから、通話に出た。
「はい、明です。……は? え、いきなり、何を言って……、え!? ちょっ……、ふざけないでください!! ちょっと、待っ……、くそ……っ!」
不意にスマートフォンを畳に投げつける明に、一同は肩をビクッと震わせた。
「葉河瀨部長!? 一体どうしたんすか!?」
五郎左衛門に似ていると称された男性が問いかけると、明はうつむきながらスマートフォンを拾った。
「父から……、姫子は預かったと……」
「……居場所が分かってよかった、なんて言える状況ではなさそうだな?」
日神が問い返すと、明は小さくうなずいた。
「ああ……。彼女を使った大がかりな実験をするから、お前も来いって話だった……」
明の言葉に、一同は息を飲んだ。
しばらく沈黙が続いたあと、慧が頭を掻きながらため息を吐いた。
「ったく。姫っちを利用しようなんざ、命知らずがいたもんだな」
「ええ。直近だと、二人目だったかしらね」
続いて、かずらも深いため息を吐きながらそう言った。
すると、それまで無言でいた、カワウソ族と称された三つ編みの少女が口を開いた。
「えーとね、まあハカセの家にも色々事情があるのは知ってるけど、一条ちゃんはうちの可愛い社員でもあるから……」
少女はそこで言葉を止めると、無表情で明を見つめて首をかしげた。
「……手出しをするなんて言うヤツに、容赦はできないんだけど、どうかな?」
「……ええ。その意見に、まったく異存はないですよ」
明は、少女と目を合わせずに、そう答えた。
そんな画面の中の一部始終を見て、ずっと無言でうつむいていた絵美里が、凜々しい表情を浮かべて顔を上げた。
「……殿下。今すぐに、私を向こうの世界へ送っていただけますか?」
絵美里の問いかけに、シーマとはつ江がコクリとうなずいた。
「ええ、もちろんです。ビフロン長官と兄には、ボクからあとで説明しますので」
「うんうん、ちょっとでも早く帰った方がいいだぁよ!」
「ありがとうございます」
二人の言葉に、絵美里は深々と頭を下げた。
「じゃあ、さっそく転移魔術を……」
そう言いながら、シーマがムニャムニャと呪文を唱えはじめた。
まさにそのとき!
「だ、だめだ……」
シーマはへなへなと机に突っ伏してしまった。
「縞ちゃんや!? 大丈夫かい!?」
「殿下!? 大丈夫ですか!?」
はつ江と絵美里が慌てて声をかけると、シーマは突っ伏したまま耳をペタンと伏せた。
「午前中にも転移魔をけっこう使ったから……、魔力切れみたいだ……」
「あれまぁよ!?」
「えぇ!?」
部屋の中には、はつ江と絵美里が驚く声が響いた。
かくして、シーマ十四世殿下一同は、今までで一位二位を争うピンチを迎えてしまったのだった。




