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仔猫殿下と、はつ江ばあさん  作者: 鯨井イルカ
第二章 フカフカな日々
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なんとかなる、かな

 シーマ十四世殿下一行がカトリーヌの活躍に拍手喝采しているころ、大人たちは相変わらずお茶を飲みながら話をしていた。


「そうそう、反乱分子のリーダーについて、ちょっと厄介なことがもう一つあるのはご存知かしら?」


 クロがキャットニップティーを飲み干してから尋ねると、魔王はげんなりとした表情を浮かべた。


「まだ、何かあるのですか……ひとまず、お茶のおかわりをどうぞ」


 魔王がため息を吐きながらお茶を注ぐと、クロはニッコリと微笑んだ。


「あら、ありがとうね」


「いえいえ。それで、もう一つの厄介ごとというのは?」


 魔王が尋ねると、クロはキャットニップティーを一口飲んで、ふふふ、と声を漏らした。


「面白いことに、異界での魔法……いわゆる召喚術について、詳しいみたいなのよ」


 クロがそう言うと、魔王は眉をピクリと動かした。


「そうですか……それは、本っ当に面倒くさ……いえ、厄介ですね」


 魔王がため息を吐きながらそう言うと、クロはクスクスと笑った。


「そうね。だから、陛下が各地の王やら、貴族やら、軍団長やらを支配するための『鍵』を持っていることも、知っているみたいなのよね」


「支配と言われると、ちょっと物騒ですが……まあ、召喚術を囓っているなら、当然知ってますよね……」


 魔王はそこで言葉を止めると、再び深いため息を吐き、テーブルに突っ伏した。


「それも、これも、先代魔王が戯れに、異界の王様に期間限定で『鍵』を貸し出したりしたのが、いけなかったんだ……」


 魔王が愚痴をこぼすと、クロも耳を伏せて尻尾の先をパタパタと動かしながらため息を吐いた。


「そうよねぇ。アイツは本っ当にろくなことしなかったんだから……」


 クロはそこで言葉を止めると、ギロリとした目付きで視線を魔王に送った。


「それで、『鍵』が向こうの手に渡る、なんて馬鹿なことは起こらないのよね?」


 クロが尋ねると、魔王はテーブルから顔だけを起こして、凜々しい表情を浮かべた。


「はい。たとえ『超・魔導機☆』を使ったとしても、彼らの手には渡らない場所で保管をしています」


 魔王が答えると、クロは伏せていた耳を戻し、深くため息を吐いた。


「それなら安心したわ。なにせ、私たちは陛下も含めて、『鍵』をもっている者の言うことには逆らえないのだから」


「ええ。そのあたりは抜かりありませんので、ご安心下さい」


「そう」


 クロはキャットニップティーをまた一口飲むと、怪訝そうな表情を浮かべて尻尾の先をクニャリと曲げた。


「それで、反乱分子たちのことは、あの本に何と書いてあるの?」


 クロが尋ねると、魔王は机から身を起こし、キョトンとした表情で首を傾げた。


「あの本?」


 魔王が聞き返すと、クロは耳を後ろに反らし、尻尾を縦に大きく振った。


「何をすっとぼけているのよ! この話の流れで出てくる本といったら、『魔界全史籍』に決まっているでしょ!」


 クロが声を上げると、魔王は苦笑を浮かべて頬を掻いた。


「失礼いたしました。それもそうですよね」


 魔王はそう言うと、キャットニップティーをさらに一口飲んだ。


「あの本には、過去から未来まで、誰が魔界の王となってどんな治世を迎えるかが書いてありますからね」


「そうよ。それで、反乱分子たちのことはなんて書いてあるの?」


 クロが片耳をパタパタと動かしながら尋ねると、魔王は目を伏せて首を横に振った。


「特段、何も書いてありませんでした」


 魔王が答えると、クロは尻尾の先をピコピコと動かし、そう、と呟いた。


「ということは……」


「ええ。私の治世には、なんら影響が出ないようです。つまり、話し合いに応じて、反乱を諦めてくれるか……」


 魔王はそこで言葉を止めると、苦々しい表情を浮かべてキャットニップティーを飲み干した。


「……このまま極端な行動に出ようとして、殲滅されるかの二択です」


 どこか悲しげな声の魔王を見て、クロはティーカップを置いて頬杖をついた。


「可哀想だけど、魔王の座に就く者としては、魔界の子たちに危害を加えようとするなら、後者を選ばないといけないものね」


「……道を間違ってしまっただけの子達に、挽回の機会どころか未来そのものを奪うようなことは、したくないのですがね」


 目を伏せて力なくそう言う魔王の頭を、クロは腕を伸ばしてポフポフとなでた。


「……安心なさい。陛下が二度と『恐怖の王』なんて物騒な二つ名で呼ばれないように、アタシも協力するから」


「……ありがとう、ございます。なんとか、犠牲者なんてものが出ないように、頑張ってみようと思います」


 魔王がぎこちなく微笑みながら意気込むと、クロも穏やかな表情を浮かべた。


「そうね、その意気よ……あ、そうだ」


 クロはそう言うと、何かを思い出した表情を浮かべて、胸の辺りで手を打った。


「リーダーの子の意見は漠然としてたけど、魔界でどんなことをしたいかハッキリとした要望を持ってる子たちもいたわよ」


 クロの言葉に、魔王は目を見開いてテーブルの上に身を乗り出した。


「本当ですか!? それなら、交渉の材料にしたいので、是非とも教えてください!」


 必死になる魔王に向かって、クロはニコリと微笑んだ。


「うふふ、いいわよ。まずは、元の世界で血を吐くぐらい働いたのでこちらの世界では自分の好きなことだけして暮らしていきたい、これが一番多かったわね」


「ふぅむ、この間の黒君がこのタイプだったかな。その、好きなこと、に該当する職業が魔界にあれば、斡旋は可能か……しかし、本当に適性があるかどうかは精査してみないと、本人にとってもつらいことになるしなぁ……」


「ええ、そうね。次は、元の世界では不当に低い評価しか受けてこなかったのでこちらの世界では自分の力が適正に評価されて皆から認められたい、これもかなり多かったわ」


「これは、この間の灰色君タイプだな……魔力がなくても、本人の努力次第で活躍できる職業はいくらでもあるから、本人がその気になりさえすれば、まあ、なんとかなる、かな……」


「何事も、最終的には本人次第だものね。それでその次は、自分の価値が分からず疎外してきた周りの奴らが自分がいなくなってから後悔する姿を見て笑いたい、ね」


「ふぅむ……まあ、気持ちは分からないでもないが、魔界にまできてそんなこと言われてもなぁ……まあ、本当に不当な扱いを受けてきたなら、ナベリウス館長に協力してもらって、元の世界で正当に評価されるようにはできるかもしれないが……」


「まあ、事情を知らないアタシたちからすれば、さっさと見切りをつけて次に行け、としか言えないわよね、残酷なようだけど。それで次にチラホラいたのは、自分の好きな仕事をしてるだけなのにいつの間にか周りの美形たちが言い寄ってくるけど仕事の方が大切ですというていをしたい、だけど、どう?」


「え? いや、まあ、じゃあ斡旋するから仕事を頑張ればいいんじゃないかな、以外に俺が言えることもできることもないですよね……?」


「まあ、そうよね。最終的に誰かとくっつきたい、という望みならアタシがお手伝いもできるけど……なんか、そう言うわけでもないみたいなのよね……」


「それは、複雑怪奇ですね……」


「そうよね……と、まあこんなところだけど、何か参考になったかしら?」


 黒がニッコリと笑いながら首を傾げると、魔王はため息を吐きながら再びテーブルに上半身を預けた。


「まあ、大体の参考にはなりましたが……こんな願望を持って思わず魔界に転移してしまうなんて……あの子らは本当に大丈夫なんですかね?」


「まあ、やっぱり望みを叶える云々の前に、身の上相談ができる相手が必要だと思うわね……」


 心配そうに尋ねる魔王に向かって、クロも苦々しい表情を浮かべて片耳をパタパタ動かした。しかし、クロは不意に、キョトンとした表情を浮かべて首を傾げた。


「そういえば、はつ江さんは陛下が従業員として正式に召喚した方だけど……彼女が望んだ報酬とかも、反乱分子たちとの交渉材料の参考にならないかしら?」


 クロが尋ねると、魔王は身を起こして、気まずそうな表情で頬を掻いた。


「あー、いや、それがですねー……」


 魔王は煮え切らない言葉を口にしながら、キャットニップティーのおかわりを自分のカップに注いだ。




 一方そのそのころ、魔王城の中庭ではシーマ十四世殿下一行が、次の勝負の内容を検討していた。


「さて、次が最後のお手伝いか……はつ江、何かあるか?」


「そうだねぇ……」


「ほら、何か望んでいることとか、そういうのでも、お手伝いのヒントになるかもしれないから」


 シーマそう言うと、はつ江は腕を組みながら、梅干しを頬張ったような表情を浮かべて首を傾げた。


「望むことかい……うーん、特にないだぁね……」


「いや、何かはあるだろ……」


 シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らしながらそう言うと、はつ江はカラカラと笑い出した。


「わはははは! そんなことねぇだあよ! 毎日、シマちゃんと一緒にいられるんだから、これ以上の幸せはないだぁね!」


 はつ江がそう言うと、シーマは耳と尻尾をピンと立てて黒目を大きくした。しかし、すぐにハッとした表情を浮かべて、コホンと咳払いをした。


「ふ、ふん! はつ江は一々大げさだなぁ!」


 シーマが耳と尻尾をピンと立てたまま腕を組みそっぽを向くと、はつ江はニッコリと笑い……


「殿下がツンデレたー!」

「殿下がツンデレたぁ!」


 ……忠一と忠二ははやし立てた。


「べ、べつにツンデレてなんかないんだからな!」


 一同がニコニコと見守る中、魔王城の中庭にはシーマのテンプレートっぽい叫び声が響いた。

 かくして、魔界の仕組みやら、昨今の流行やらが垣間見えつつも、本題の「お手伝い三番勝負」は進んでいくのだった。

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