カレーライスは中辛を
ある日のこと。
「なぁ、今日の昼はカレーにしないか?」
「カレー? それはつまりカレーライスのことか?」
「え? まぁそうだけど。それで、カレーライスで良いか?」
「それは構わないが………いや、ちょっと待ってほしい」
「なんだよ、嫌に深刻な顔をして」
「お前たしか、カレーはいつも中辛を注文していたよな?」
「そうだけど、それがどうしたんだ?」
「この店のカレーはそれなりに辛い……。ということはつまり、その中辛のカレーライスを完食するまでにおよそコップ一杯程度の水を飲むことになるわけだよな……?」
「そりゃまぁ、そうだろうな」
「そ、それはつまり店員にコップ一杯程度の水を要求することになるわけで、そうすると当然、店員はコップ一杯程度の水を提供するということにならないか!?」
「は? お前何言ってんだ?」
「いや待てッ、それだけじゃあない!! 店員がお前にコップ一杯程度の水を提供するということはつまり、お前がみんなの大切な貯水ダムからコップ一杯程度の水を消費してしまうということだよな!?」
「だからお前何を言って――」
「お前の『昼飯に中辛のカレーライスを食べたい』というしょうもない欲望の為に7,597,175,534人(2018年現在)もの人間が暮らすこの地球上に存在する貴重な水がコップ一杯程度分も消費されてしまってもいいと言うのかッ!?」
「いやそれは大袈裟な言い方をしてるだけで――」
「お前のッ!! お前というちっぽけな人間の、たった一人のエゴの為にッ!! たかが中辛のカレーライス一皿を食べる為だけにッ!! 地球上の限りある水源からほんの僅かにもたらされる貴重な恵みををッッ!!」
「なんだよ、そんなに腹を立てることか?」
「おっ………お前という奴はァーーーッッッ!!!!」
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
「………………なんなんだよ……」
またある日のこと。
「なぁ、今夜飲みに行かないか?」
「飲みに? それは構わないが………いや、ちょっと待ってほしい」
「なんだよ、また深刻な顔をして」
「お前たしか、最初はいつもとりあえずビールを注文していたよな?」
「……そうだけど、それがどうしたんだ?」
「とりあえずビールを注文していた、それに間違いは無いんだな?」
「だからそうだって言ってんだろ」
「つまりお前はとりあえずビール………を、注文していたと認めるんだなッ!?」
「なんだよそのニュアンス……何が言いたいんだよ」
「いいからさっさと答えろよッ!! お前はとりあえずビール、を注文していたと認めるんだよなッ!? 男に二言は無いだルオオォオォォォ!?」
「はぁ……いいよ認めるよ、俺はとりあえずビール、を注文してました」
「おっ………お前という奴はァーーーッッッ!!!!」
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
「………………だからなんなんだよ……」
そしてまた、とある日のこと。
「なぁ、今日は………いや」
「ん? なんだどうした? 何があった?」
「いや、やっぱなんでもない」
「なんだよ、まるで奥歯に何か物の詰まったような物言いだな」
「すまん、なんでもないんだ。忘れてくれ」
「おいおい気になるだろう? そんな風にまるで奥歯に何か物の詰まったような物言いをされてはさ」
「ごめんって。でも、もう良いから」
「はぁ………お前はそれで良いかもしれないがな、まるで奥歯に何か物の詰まったような物言いをされた側の気持ちを考えてみたことはあるか?」
「いや本当にごめん、ごめん」
「待てよ、俺はお前に謝って欲しいわけじゃあない。ただ、まるで奥歯に何か物の詰まったような物言いをされたことにより、お前が俺に何を伝えたかったのかということが気になっているだけなんだ」
「だからもう良いんだって、奥歯に何か物の詰まったような物言いをしてすまなかった」
「そういう事じゃあないだろ! 俺はまるで奥歯に何か物の詰まったような物言いをされてしまった事そのものを気にしているわけじゃあないと、そう言っているだろう!!」
「だからさぁ!! 俺だってもう良いって、何度もそう言ってるだろうが!!」
「なんだと!? お前というヤツは、他人をまるで奥歯に何か物の詰まったような物言いをされてしまいモヤモヤする感じにするだけしておいて、その説明責任を果たさないつもりなのかッ?!」
「さっきからうるせぇんだよ!! っていうかこの間から何なんだよお前、わけのわからん話をこれでもかと並べ立てやがって!!」
「なっ………お前は予てより俺のことをそんなわけのわからん話をこれでもかと並べ立てる人間だと思っていたのかァッ!?」
「そういうとこだよ!! なんでいちいちウンザリするような説明口調でしか会話が出来ねぇんだよお前はッ!!」
「おっ………お前という奴はァーーーッッッ!!!!」
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
「…………なッ!? 避けただとオォォォッ!?」
「フンッ……俺がそう何度も同じ手を喰らうと思うなよッ!!」
「何ッ!? お前はそう何度も同じ手を喰らうような人間では無いのだと、今そう言ったのか!?」
「てめぇそれがしつこいんだって言ってんだろうがァーーーー!!!!」
「なんということだッ!! お前がそう何度も同じ手を喰らうような人間では無いとなると、俺はもう何度も同じ手を使えないということになるじゃあないかッ!!」
「だからそれが――」
「もうダメだアァァァァアァァァァ!! 俺にはそう何度も同じ手を喰らうような人間では無いお前を倒す術が何一つ無いということに、そういうことになるじゃあないかーーーーッ!!!!」
「うるせぇってんだよオォオオォォォ!!!!!!」
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
おわり。
後味はスパイシー